父子のドリームランド

東海ドリームランド

 八月の盆休み。

 フリーのルポライターで、祖母の実家に帰省して雑誌のルポルタージュ原稿を書いて過ごしていた僕の携帯電話に、その日の昼三時ごろ、唐突に電話が入った。

 警察庁の仕事に出ている兄さんか、狸面をしているくせにやり口は狐みたいな雑誌の出版社の編集長か、どちらだろうと思いながら電話に出る。

「もしもし」

「やあ、溜口くんかね?」

 出版社の編集長である柳葉は、空調の利いた冷たい部屋の中でかけてきているのだろう、

夏の暑さを感じさせない気楽な口調だった。

「なんですか、こんな暑い日に?」

 岐阜県の山麓部の村にある祖母の実家では、丁度空調は故障していて、うだるような暑さに嫌気が差し、携帯の通話切ボタンに指を伸ばした。

「ちょっと待て。電話を切るなよ」

 なぜ僕が通話を切ろうとしているのかわかった?

「君にとってはいい話だ。聞きたくないか?」

「聞く気もありません。原稿書いてるんで切りますよ」

「だから切るな、と言っているだろう」

 話を聞かないと、仕事に戻らしてくれないらしい。

 仕方なく、柳葉の話に耳を傾ける。

「それで、話ってなんですか?」

「うむ。仕事のことなんだが……」

「どうせ、また心霊スポットに行って取材してこいって言うんでしょう? あれ以来僕が体調崩したのご存知でしょう、心霊はもうこりごりです」

 思い出すだけで、身震いがする。

 関東地方の心霊スポットを取材してルポを書く仕事だったのだが、取材から帰ってきてから異常な全身の倦怠感に襲われた。

 医者に診てもらっても原因はわからず、除霊してやっと復帰できたのが二週間前だ。

「大丈夫、今回は心霊じゃないから」

「ほんとですね?」

「ほんとだ。保証する」

 僕を安心させるための作ったように張りのある声だ。

 半分、信用できないながらも話を進める。

「それで、何を取材すればいいんですか。内容次第ではお断りします」

「廃墟についてだ」

「お断りします」

 電話を切ろうと指をボタンに伸ばそうとしたところで、電話口から待って待って、と柳葉の請願が聞こえて切るのをやめた。

「大人がみっともないですよ。待って待って、なんて叫んで」

「みっともないとはなんだ。失礼な。これから仕事をやらんぞ」

「はい、わかりました」

 交渉決裂ということで、耳から携帯電話を離した。

 廃墟といっても幽霊なんて出ない所だ、と電話口で柳葉は主張している。

 しつこいので、耳に携帯電話を当て直す。

「なんですか。うるさいですね、断ると言ったでしょう?」

「話を最後まで聞きたまえ。今回の仕事は、廃園した遊園地について調べるだけでいいんだ」

「廃園した遊園地?」

「ほら、十年ちょっと前まで『東海ドリームランド』っていうのがあっただろう?」

「十年ちょっと前ですか」

 僕は記憶を探る。

 十年ちょっと前といえば、自分が丁度小学生か中学生ぐらいのことだ。

 名前ぐらい聞いたことがあってもおかしくはなかったが、ピンとくる記憶は見つからなかった。

「すみません、覚えてませんね」

「そうか。なら丁度いい、溜口君は自身の少年時代を思い返すとともに、『東海ドリームランド』について、調べてくるといいよ」

 どこが丁度いいのだろう。

「報酬は弾むからね。それでは取材よろしく」

 僕に仕事を任せきったような声を最後に、電話を切られた。

 引き受けますと言った覚えはないが、そのうち一方的に原稿催促の電話がかかってることだろう。原稿なんてない、と言えばほんとにクビを切られるかもしれない。

 それに『東海ドリームランド』という名に、言い知れない興味と、心の奥で何かが引っかかっていた。

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