第6話
次の日、僕は彼に話しかけた。
「昨日のデートどうだった?」
「最高だったよ」
「美術館のほかにはどこかにいったのかい?」
「美術館行った後、夜ご飯を食べに行ったよ」
何気なく僕は彼と彼女のことを探った。
「美術館で僕は自分の絵に対する気持ちを彼女に話したんだ」
僕は彼の話を黙って聞いていた。
「そしたら彼女は、僕に絵を描いてほしいと言ったんだ」
彼は嬉しそうに言った。
「描くのかい?」
「勿論、彼女を描くよ」
俺の頭には少し不安がよぎった。確かに彼の美術に対する気持ちはとても素晴らしい。彼は自分の描く絵の醜さを知っているにも関わらず、自分の芸術を信じている。
「頑張ってね」
俺はそう言って彼を励ました。きっと彼女に恋をしている彼は、自分の絵を受け入れてもらえない未来なんて想定したくもないだろう。
過去にも彼は恋人に絵を見て落胆された経験は数多い。そのたびに彼は平気な顔をしながらも傷ついていただろう。もしかしたら、彼の中で自分の絵を受け入れてもらうと言うのは、一緒に生きていきたいと願う相手に求める最大の条件なのかもしれない。
「ありがとう、頑張るよ」
彼は嬉しそうに言った。そんな彼の笑顔を見て、僕はいつの間にか彼に彼女のどこを好きなのか聞くことを忘れた。
彼はそれから数日間彼女を自分のアトリエに呼び、彼女を絵のモデルにしていた。
彼女の絵を描くと張り切る彼はとても幸せそうで、彼は彼女の絵を完成させるべく一生懸命になっていた。
ある日、彼のアトリエから帰ろうとしている彼女に会った。
「僕のことおぼえてる?」
「はい」
「良かった、彼の絵はどうだい?」
「見せてくれないので分かりません」
「そっか、出口まで送るよ」
俺は彼女の隣を歩いた。彼女は沈黙を怖がらないらしい。口を無駄には開かなかった。
「彼とはどうだい?順調かい?」
「彼と以外、付き合ったことがないので分かりません」
「そうなんだ、彼のどんなところが好きなの?」
彼女からは返答はなかった。僕は彼女の方を見た。僕より10センチほど身長が低い彼女の顔は僕からは見えない。
「す、好きじゃないのかい?」
僕は不安になってもう一度聞いた。彼女は少しめんどくさいと言うかのようにハアとため息をついた。
「私のことを好きになる見る目のない人なんて、好きになるわけないじゃないですか」
僕は自分の耳を疑った。
「す、好きじゃないのに付き合っているの?」
僕はしつこく彼女に聞いた。
「ええ、そうです」
「なんでそんなことするんだ?」
「別に一緒に居るだけじゃない、暇つぶしには丁度いいわ」
「じゃあなんで自分の絵を描いてくれなんて言ったんだよ」
僕は彼女に怒りすら覚えた。彼の気持ちを持て遊ぶ彼女が許せなかった。彼が筆をとると言う事の意味深さを、彼女は何も分かっていない。
「彼がそう言って欲しそうにしてたからよ。見た目がいい彼に私は惚れられることで優越感を得たいだけ」
僕は彼女の言葉に失望した。
――彼が彼女のどこを好きなのか、本当に理解に苦しむ。
彼女は歩くスピードを速めて僕から距離をとった。僕はもう彼女と話もしたくなく、彼女を追いかける気にはならなかった。
彼にこのことを話すべきか、僕はかなり悩んだ。しかし彼を目の前にして、彼女の最低さを語る気にはならなかった。願うのは彼が傷つく前に彼女の心中に気づき、彼女と別れることだった。
彼のことを気にかけながら数日が経った。ほとんどアトリエにこもっていた彼をある日アトリエの外でみかけた。
「よう」
彼は気さくに俺に話しかけた。機嫌がいいらしい。
「よう、久しぶりだな」
「そうだな」
「絵は完成したか?」
「ああ、これから彼女に見せるんだ」
俺はあの時の彼女の言葉を思い出した。
――見た目がいい彼に私は惚れられることで優越感を得たいだけ。
じゃあもし、彼の欠点を見つけたら、彼女はどんな対応を彼に見せるのだろう。
「どうした?」
彼は僕の顔を覗き込む。
「いや、別に、何にもないよ」
僕は笑顔を作って彼に向けた。
「入り口で待ち合わせなんだ。じゃあな」
そう言って彼は駆け出した。
(嗚呼、どうか傷つかないでくれ)
僕は何も出来ない自分を棚に上げて、彼の背中を見送りながらそんなことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます