第10話


「ここに居たんだ」


 美術館からすぐの草原に座る彼を見つけて、僕は駆け寄りながら言った。


 彼は何も言わずに夜空を見上げている。


 僕は彼の隣に座った。


「綺麗だなあ」


 彼はぼそりと呟いた。


「綺麗だね」


 その夜空はドイツの夜空は日本とは違う、格別さがあった。


「日本で見るより綺麗だな」


 僕は口を開けて空をじっと見つめる。


 彼は何も言わず目を瞑った。弧を描く彼の睫毛は少し濡れていて、僕は彼の背中にそっと触れた。


「きっとこの無数の星くずは、誰かの叶わなかった夢の残骸なんだね」


 目を開いた彼の瞳の奥がきらりと光る。


「だってほら、僕の絵も僕の心の中で、この星くずみたいにこの世の物とは思えないほど美しく、きらきらしているんだもの」


 彼の瞳から一つ、流れ星がつたった。


 僕は星々のあまりの美しさに耐えることが出来ず、思わず目を瞑ったのだった。


「ああ、そうさ。君も君の絵も、誰の夢も、みんなみんな美しい」


 吸った酸素の冷たさが肺に染みたあの感覚を、僕はきっと一生忘れることが出来ないだろう。


「一つ聞いてもいいかい?」


 僕らはお互いを見つめる。


「ああ、いいよ」


「君は芸術を愛しているかい?」


 ふっと口角が上がる。


「もちろんだとも」


 僕らは笑顔を交わすと、また星空を見上げた。


 彼の夢も、たった今あの夜空へ飛びたった。


 僕にはやはり星屑は眩しすぎた。


 僕はもう一度そっと目を閉じたのだった。

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僕はこの世界の何なんだ。 狐火 @loglog

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