山頂

そして一時間。ついに頂上に辿り着いた。


「わあ……!」


真っ直ぐ立って周囲をぐるりと見渡した安和アンナが声を上げる。風は冷たいけど、むしろ気持ちいい。彼女の髪がさらさらとなびく。


空を見上げると、まるで落ちていきそうなほどどこまでも高い。自分がこの世界に生きてるんだと改めて実感する。


悠里ユーリも、真っ直ぐな視線で自分の前に広がる光景を見詰めた。その時、遠くの方で小さく何かが光る。


「今のは…?」


呟くようにそう言った悠里に、セルゲイが、


「アゼルバイジャンとアルメニアの国境の辺りだね。正確には、<ナヒチェヴァン自治共和国>という名の、アゼルバイジャンの一部だけど」


と、非常に複雑なこの地域を象徴するその名を口にした。


「たぶん、武力衝突があったんだろうな」


「……」


そして、数十秒後、


「ゴオオオオン……」


という感じの音が、僕達の耳には捉えられた。人間にはさすがに聞こえないかもしれないけど。


「爆発音か……テロの可能性もあるね」


おそらく日本に住んでいたらなかなか実感もできないような話だろうな。だけど、今まさに現在進行形で起こってることなんだ。


「また、人が死んだのかな……」


悲し気な悠里の言葉。


「ホント、いい加減にしたらいいのに……」


安和もそう漏らす。眉をしかめつつもそこには悲しさも見える。悠里も安和も本当に優しいな。


「そうだね。でも同時に、譲れない想いを抱えているからこそものだというのも忘れちゃいけないと僕は思う。たとえそれが、妄執であっても……」


「……」


「……」


<国境線>なんて見えない景色の中、人間は争いをやめることができない。その事実は、僕にとっても悲しいものだ。


だからこそ僕達は、自分から争いを起こすことは望まない。たとえそれが、相手からの挑発があってのことだとしても。


『向こうが挑発してきたから!!』


と、『相手の所為』にして自身の行いを正当化するのは簡単だ。だけどそれは、<心の弱さ>も意味してる。<イジメ>もそれ以外の<犯罪>も、結局は心が弱いから誰かの所為にしてそんなことをする。その事実から目を逸らさないようにしたい。


「まったく。せっかくの景色が台無しじゃん」


安和が吐き捨てるように言った。


「あはは……」


悠里が苦笑いを浮かべる。


でも僕としては、これも、<世界の現実>を知るいい機会にはなったと感じた。この陰で命を落とした人間もいるとしても、それはあくまで人間同士の問題だ。僕達には直接は関係ない。


けれど安和の言葉には、


『せっかくの景色を台無しにするようなことをしなければ、それで命を落とす人間もいない』


という意味も含まれているのを、僕は知っている。


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