心配には及びません。姫様
そんな諸々を背景として持つアララト山を、正確には<大アララト山>を見上げる。
標高五千メートルを超えるそれは、隣にそびえる標高四千メートル弱の<小アララト山>と共に、堂々とそこに存在した。
途中からは雪に覆われ、とても美しく見えるけれど、植物が繁茂しているのは麓付近だけで、登るにつれて岩と砂の不毛の地へと変わる。今は目立った活動を見せていないそうだけれど、本来は火山だからね。
「これを登るのかあ……」
あまりの大きさに、
「では、姫様は私が」
そう言ってセルゲイが抱き上げる。大アララト山に登ることを考えたのは僕達だから、こうしてついてきてくれただけでも安和には感謝だよ。別に無理に登る義務もない。
「
僕が尋ねると、彼は、
「うん。大丈夫だよ。僕は自分の足で登ってみたい」
頼もしいことを口にしてくれる。けれど、だからって安和が頼りないというわけじゃない。今回のことは彼女の感性には響かないというだけのことだからね。
「さて、それじゃ行こうか」
人間ならしっかりした準備と装備が必要なこれも、僕達吸血鬼にとってはただの<ハイキング>と変わらない。さすがにハイヒールやサンダルじゃ厳しいとしても、中にはそれで平然と登る者もいるだろうね。
人間が利用する登山ルートじゃなく、斜面を真っ直ぐ上を目指して走った。そして少し登るとすぐに高い木はなくなって、低木とやや背の高い草が生い茂る光景へと変わり、さらに登ると、背の低い草がまばらに生えているだけの景色になった。
登り始めてから十分で標高三千メートルを超え、明らかに酸素濃度が下がってきているのが分かる。僕達吸血鬼にとってはこの程度ならまったく影響はない。人間よりもずっと効率がいいから。
さすがに五千メートルを超える山頂付近まで行くと、激しい運動をするには辛いだろうけど。
この辺りでももう、草は部分部分にまとまって生えているだけだ。ここから先はさらに不毛の荒野へと変わっていく。それでも、生えているところには生えているけどね。
「大丈夫? セルゲイ。もし辛かったら私も自分で登るよ」
セルゲイに抱かれた安和がそう声を掛ける。表情や声のトーンから、本気で彼を心配してるのが分かる。けれど、安和はまだまだ彼のすべてを知らない。
「いえいえ、心配には及びません。姫様」
と、セルゲイは穏やかな表情で応えた。まったく疲れさえも見せずに。
そうだ。彼にとってはこの程度、本当に何ともないんだよ。
その一方で、
「悠里はどう? まだ行けるかな?」
僕の問い掛けに、悠里は、
「行ける行ける! 大丈夫!」
と応えたけど、さすがに少し疲れが見えていたかな。
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