椿と紫音 その8

『親に甘やかされてる』


こういう話の時に必ずと言っていいほど出る<常套句>。でも、<智香ともか>と<来未くみ>は知らないんだ。彼は『甘やかされてる』んじゃなく、『抑圧されてる』んだってことを。


家ではずっと抑圧されてきたから、自分の感情が上手く制御できない。制御の仕方を学んできてないんだ。


むしろ、


『自分の思う通りにならない時には声を荒げるもの』


『感情的になって乱暴な態度を取るのが普通』


と、自分の両親の姿を見て学んできたんだよ。


両親がいくら口先だけで、


『他人には優しくするべき』


と言ってても、実際に両親は、


『自分以外に対しては優しくない』


から。子供の目から見たって説得力があるはずがない。


それでも、相手が自分に都合よく振る舞ってくれてるうちは愛想良くもできるけど、そうじゃなくなると途端に声を荒げて罵るんだ。


僕の耳には、彼の両親が些細なことで罵り合ってる様子も聞こえてきている。


そして母親は、父親のそういう態度を<理由>にして、夫じゃない男性と関係を持ってる。


しかも、父親の方も実は同じことをしてるだろうな。


たまに帰宅時にすれ違ったりすると、明らかに他の女性の匂いと、<そういう行為をした時の匂い>を漂わせてたこともあったし。


そうやって不貞行為も我慢できない両親が、子供に口先だけで道徳を説いて、それで納得してもらえると本当に思うの?


僕にはまったくそうは思えないんだよ。


実際に、紫音しおんは、他人に対して攻撃的な一面を着実に育ててきている。


自分より弱い立場の相手や自分に対して高圧的に出ない相手に対しては暴力を匂わせる部分が明らかに育ってるんだ。


だけど椿つばきは、


紫音しおんくん、上手くいかなくて残念だったね」


と言って彼を労わるだけで、叱責はしなかった。


彼が自分の家でどういう扱いを受けているのかを、僕が伝えたからというのもあると思う。母親から日常的に罵倒されてる彼を叱責しても、<母親からの罵倒>に比べれば怖くないだろうし、効果は見込めないと椿も察してくれてるんだ。


代わりに、僕やアオがいつも、悠里ユーリ安和アンナや椿に対してしてることを、真似してくれてる。


『相手を自分とは別の人格を持つ存在として敬う』


というのをね。


だけどもちろん、椿自身もまだまだ子供だから、それをするのは大変な負担だ。その負担を、僕とアオが労うんだ。


そうすることで、椿も、精神の安定が保たれる。


これが重要なんだよ。


誰かがただ一方的に負担を負って我慢するだけじゃ、上手くはいかない。そういうのはいずれ破綻する。その無数の実例も、僕は実際に見てきた。


椿が紫音しおんに対して鷹揚でいられるのは、僕とアオが彼女を労うことでストレスを解消してるから。


これが、人間関係においてとても大事なことのはずなんだ。


他人にストレスを転嫁することで解消しようとするのと、原理は同じ。ただ、そこに<被害者>は生まれないというだけ。


僕とアオも、お互いに労い合うことでそれぞれ癒してるからね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る