椿と紫音 その5

集団登校の集合場所で吐いた子の母親は、その子に対して、


「このくらいで吐くとか、根性なさすぎ! そんなんでこの先、やってけると思うの!? そのくらい我慢しろ!! 気合い入れろよ!」


とも、言ってたな。


自分は不貞行為を我慢できないのにね。


それで子供には、


『我慢しろ』


とは、よく言えたものだと思う。




そして翌日、あの子が集合場所に来てた。やっぱり休ませないつもりなんだ。


しかも母親は今日は姿を見せない。自分がいると何か言われると思ってるのかもしれないな。


「大丈夫……?」


椿つばきがその子に声を掛ける。


するとその子も、昨日よりはずっと顔色もよくて体調も悪くはなさそうだったからか、


「大丈夫……」


と、目は合わせずに応えた。


他人に怯えている子供の仕草だと思った。危害を加えられるかもしれないと、常に警戒をしてるんだ。


無理もないか。本来ならこの世で一番、自分を守ってくれるはずの両親に、日頃からあんな態度を取られてたらね。


だけどそれはたぶん、今だけだ。


その子は体も小さく細く、いかにも力がなさそうな子だった。今はまだ両親には決して勝てないだろうけど、それでも成長して今よりも体が大きくなって、自分に力がついてきたと自覚できるようになってきたら、彼の中で認識が変わってくるかもしれない。


相手を、力で屈服させて自分の思い通りに操れると考えられるようになるかもしれない。


両親は無理でも、自分よりも小さい子供なら……


そうやって、自分より非力な相手を虐げることで精神の安定を保とうとする人間は、実際にいる。


彼にも、十分にその可能性はある。一見、非力で気の弱そうな人間でも、自分より弱い相手なら暴君のように振る舞うタイプは現にいるんだ。


それが両親に向かえば、<家庭内暴力>という形にもなるだろうね。


ただ、今回の彼の場合は、椿に気遣ってもらえたことで、他人を怖がりながらも、彼女に懐いてしまったみたいだ。集団登校の間も、椿の傍を離れようとしなかった。




こうしてその子は、自分を気遣ってくれた椿を頼るようになった。


しかも、家に遊びに来るようにまで。


けれど、ガレージを改装した<遊び部屋>に通してあげると、


「お姉ちゃんとこ、ゲームないの? スイッチは? プレステは?」


部屋を見渡すなりそう訊いてくる。


「あ、紫音しおんくんちは、TVゲームで遊ぶんだ?」


訊き返した椿の言葉に、


「え? 他に遊びなんてあんの……?」


逆に驚いたように問い返した。


これは、<子守り>そのものをTVゲームにやらせていた感じだろうなって、ガレージの隣の部屋で様子を窺っていて察してしまった。


ゲームに子守りをやらせて、親は親で自分の楽しみに没頭してたという。


家庭ではほとんど触れ合いどころか会話もなかったということか。


そして口を開けば威嚇とかか……


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