椿と紫音 その6

彼、<紫音しおん>が、椿つばきに懐いて毎日のように遊びに来るようになったことについては、僕はそれでも構わない。


そのために用意した<遊び部屋>でもあるからね。どんなに無茶をしても、失敗しても、いざとなれば部屋ごと丸洗いできるように、ガレージ内にユニットバス用のモジュールを流用して作った部屋だから、家そのものの躯体にはなんの影響もない。


そしてすぐ隣で僕が様子を窺っていられるように僕用の<書斎>も設けてある。


紫音しおんは、よほど自宅の居心地が悪いんだろう。夕方になってもなかなか帰ろうとせず、いよいよ帰らないといけない時間を過ぎても腰を上げず、


「帰る時間じゃないの?」


椿がそう声を掛けると、


「う…えう…っ、うぅ……」


と嗚咽を漏らし始めたのが伝わってきた。帰りたくなくて泣いてるんだ。


「寂しいんだね。よしよし……」


椿が彼を抱き締めて頭をそっと撫でている気配が伝わってくる。


そうして十分ほどして、ようやく紫音しおんは、


「帰る……」


と口にした。声の調子が落ち着いてるのが分かる。椿に抱き締められて、自分の感情を受け止めてもらえて、冷静になれたんだろうな。


帰り際になるとこういう感じのやり取りが一週間ほど続いて、ようやく、泣かずに帰れるようになった。


遊んでる時も、椿が用意したボードゲームやカードゲームを、ルールを教わりながら始めて、ようやく普通に遊べるようになってきたみたいだ。


TVゲームを用意してもよかったんだけど、椿自身が敢えてそれ以外の遊び方を教えたかったみたいだね。


しかも、以前からよく遊びに来てた椿の友達、<智香ともか>と<来未くみ>も、最初は、紫音しおんがいることに戸惑って、


「なんであの子いつもいんの……?」


椿に耳打ちしたりもしてたのが、椿が間に入って取り持って、一緒にボードゲームなどをしている間に、自然と仲良くなっていけた。


でも、その代わり、間に入ってる椿の負担は大きくて、紫音しおん達が帰ると、彼女は僕やアオにすごく甘えてくるようになった。だから僕とアオが、椿のストレスを受け止める。


それがあるから、椿は、紫音しおんに対して鷹揚でいられるんだ。そうじゃなかったら、きっと、自分に一方的に甘えてくる彼に苛立ってしまっただろうな。


椿はすごくいい子だ。だけどそれは、<いい子でいられる環境>を確保できているからというのが大きい。彼女だって人間だ。嫌なことがあれば、面倒なことがあれば、平穏なだけではいられない。


紫音しおんに懐かれたことだって、決して彼女が望んでたことじゃない。


必ずしも嬉しいことでもないんだ。


だけど同時に、自分を頼ってくる相手を邪険にはできないのも、椿という子なんだ。


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