実効性のある対策

「ほう…?」


「さすがね」」


すごく手慣れた様子で魚の死骸を解剖するセルゲイに、ダヴィトとケテヴァンが感心したように声を上げた。


僕と悠里ユーリ安和アンナはおとなしく、その様子を見守ってるだけだ。


「エラがすごく汚れてる。しかも、消化器の中には、細かいプラスティックやゴムの破片がいっぱいだ。これ自体は他の地域でも見られることだけど、量が明らかに多い。もちろん、他の死骸も調べてみないと断定はできないにしても、やはりこの魚の生息域の汚染が深刻な状態であることを推測する材料にはなるだろうね」


さらに、解剖を進めると、


「骨に変形が見られる……」


とも。


「かつて、重金属による汚染が深刻だった水域で見られた<奇形>を彷彿とさせる異常だね。これはまだマシな方かもしれないけれど、かつて、生物濃縮という形で高濃度の重金属を取り込んでいた魚を食べたことにより、人間にも重大な中毒症状が発生したという事例もある」


セルゲイの言葉に、


「ミナマタ……ね?」


ケテヴァンが返す。


「ああ……日本の奇跡的な高度成長の負の一面と言えるだろう。その時の教訓を活かすべきだと僕は思うけれど、なかなか活かしてはくれないね……」


「確かに。しかもジョージアの場合は、経済成長さえ失敗した。いや、むしろ失敗したからこそ、まだこの程度で済んでると言えるのかもしれない。日本の場合は、大変な成功を収めてしまったことで歯止めがかからず、大きな被害に至ってしまった気がする」


「そうね。現状ではミナマタほど大変な状況には至っていないけど、だからといって当時の日本よりも環境対策が進んでるとは到底言えないという実感しかない。ミナマタにまで至っていないのは、経済成長に失敗した皮肉な恩恵でしかないわ」


セルゲイとダヴィトとケテヴァンの会話は、厳しいものではあったけど、だからといって特定の誰かを<悪者>に仕立て上げてそれを吊るし上げるためのものでないことは、感じられた。セルゲイは当然だけれど、ダヴィトとケテヴァンも、過激な思想に囚われて極端な行動に走るタイプじゃないことが改めて察せられたんだ。


「私達の息子の一人は、今、企業が導入しやすい、コストを抑えつつ環境対策に役立つ技術の研究に力を注いでくれてるの。私の自慢の息子よ」


そうだ。極端なスローガンを掲げて理念を掲げて強引な手法に訴えても、人間はついてはきてくれない。自分が得た便利な暮らしを捨ててはくれない。<実効性のある対策>というのは、結局、<無理>を強いるものじゃないんだろうな。


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