人間と吸血鬼の感覚の差

「しかし、ジョージアは反ロシア感情がすごく強い国と聞いたけど、ダヴィトとケテヴァンは親切だね」


僕は、<子供らしい無遠慮さ>を演じ、そう尋ねてみた。するとダヴィトは、


「ああ、俺達は元々ジョージアの人間じゃないからな。親がトルコ出身なんだ。俺の名前<ダヴィト>も彼女の名前の<ケテヴァン>も、元々の名前じゃない。もちろんロシアに対してはあまりいい感情は持ってないが、ジョージアの政府ほどロシアを毛嫌いもしてないよ」


セルゲイも僕達も、一見しただけでロシア系と分かる外見をしているから、ジョージアでは白眼視されるかもしれないという覚悟は持っていたけれど、ダヴィトとケテヴァンが僕達を見てもまったく気にしてる様子がなかったから、ちょっと探ってみたんだ。


「ミハエルが失礼なことを。すいません」


セルゲイが<親>として<我が子>の失礼を詫びた。もっとも、これもいつものやり口なので、いわば<茶番>だ。


そんな僕達に、ケテヴァンが、


「いいのいいの、子供が大人の事情に敏感すぎるのは不健康よ。子供が思ったことを口にできない社会は、大人にとっても息苦しいものだから」


前を向いたままそう言った。しみじみとした実感が込められた声だった。そして、


「私達はね、ちょうど君くらいの歳にソ連崩壊を迎えて、『これでやっと言いたいことが言える!』って思ったのよ。でも、グルジアがジョージアに変わっても、それまでの習慣がいきなり変わることはなくて、政府のすることに対して言いたいことが言えるような空気にはならなかった。建前としては共和制に変わったけど、実質的には独裁みたいなものよ」


ケテヴァンのその言葉に続けて、ダヴィトも、


「そうだな。大人ってのは、自分がやってきたことを否定されるのを嫌うんだ。たとえそれが間違っててもな。なんて言いながらも、俺もケテヴァンもすっかり<大人>になっちまって、あの頃の大人達の気持ちがなんとなく分かるようになっちまったけどな」


そう言って、苦笑いを浮かべた。大変な人生を送ってきた人間のかおだと思った。


もっとも、今の話から察するに四十になったばかりという年齢だと分かったし、セルゲイはおろか僕よりずっと若いのも改めて確認できたけどね。そんな彼らが<大人>を語ることには、正直、滑稽さも感じないわけじゃない。


ただ、これは、人間と吸血鬼の感覚の差だから、それを哂うのも違うのは分かってる。


すると今度はルドルフが、


「ダヴィトとケテヴァンは、ジョージアの環境問題について警鐘を鳴らし続けてる環境活動家なんだ。と言っても、いわゆる<エコテロリスト>とは違うよ。ただ実際の環境破壊の現場を調べて記録して、現状を知ってもらおうとしてるだけなんだ」


と紹介してくれたのだった。


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