回想録 その7 「吉祥宗十郎」
「俺の名前は、
「残念ながら、他は全員、私が駆け付けた時にはすでに亡くなっていました。あなたの心臓だけが辛うじて動いていたんです」
「そうですか……無理もないでしょうね。事故が起こって俺も意識が朦朧としててたものの、三十分くらいは周りの音も聞こえてて、呻き声も……それも、次々と聞こえなくなっていきましたから……」
彼は、宗十郎は、ベッドに横たわったまま母にスープを口に含ませてもらいつつ、自身の状況を確認するために様々なことを口にした。ただ、「俺は、日本陸軍の兵士です」と語った以外は、身分については一切話さなかったけど。
母も、彼の身分とかについては詮索しなかった。その必要もなかったからね。ソ連領内のタイガに住んではいても、僕達は<ソ連の市民>というわけじゃなかったし、ソ連に何か協力しなくちゃいけない理由もなかったから。
それから宗十郎は、少し離れたところから様子を窺っていた僕に気付いて、
「小さなお子さんがいるのに、俺みたいなのを家に上げてよかったんですか? いくら降伏した身とはいえ、捕虜になるくらいならどんな手を使ってでも脱して日本に帰還しようと考える者も、中にはいるかもしれないのに……」
本来なら<敵>であるはずの母や僕を案じるような彼の言葉に、母は、
「その点ならご心配なく。私も多少の心得はありますし、用心は怠っていませんから。あなたが危険だと判断した時には、これを使います」
そう言った母の手には、いつの間にかスプーンと一緒に拳銃が握られていた。戦場を移動している時に拾ったものだった。
僕達は吸血鬼だから拳銃なんか本当は必要ないけど、人間相手には拳銃やナイフの方が、『心理的な影響を与える』という意味では効果的だからね。しかも、まるで手品のように一瞬で拳銃を取り出し、手慣れた様子で構える母に、
「なるほど。女性だからといって侮れないということですね……」
宗十郎は、納得がいったように微笑んで頷いて見せた。拳銃を向けられてるのに、彼は少しも怯えていなかった。<覚悟>が決まっていたからだろうな。
『ここで死ぬなら、それもよし』
って。
そう。彼の胆力は、一般的な普通の兵士のそれじゃなかったと思う。母が曾祖母から聞いたという<侍>そのものという感じだったんだ。
僕だって、日本に<侍>がいたのはそこそこ昔のことだというのは聞いてたから、さすがに一般的な兵士までそれほどじゃないと思ってたし。
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