椿の日常 その5

アオが悲しそうに言葉を途切れさせると、重苦しい空気が流れる。皆、エンディミオンのことを思い出しているのだ。


吸血鬼である父親にただの実験動物のように生み出され、その存在そのものを根源から蔑ろにされてきたエンディミオンの境遇には同情しながらも、彼がしたことは許されるべきじゃないと誰もが思う。だからこそ、吸血鬼への復讐のためだけに生きた彼の人生は、今、その全てを否定されている。否定された中で彼は生きなければいけない。


それがどれほどのことであるのか、この場にいる誰も、真に理解することはできない。


アオが言う『事件が起こってから言っても駄目』の意味が、まさにそこにある。


そして改めて言う。


「自分のやったことを正当化するために親を持ち出すのは、卑怯だと思う。


でも同時に、『自分がどうしてこんな人間になったのか?』ってことを客観的に分析するには、親の影響も無視しちゃいけないんだよ。


そして、親の立場で、自分が子供に与えた影響を無視するのは、これも<逃げ>だと私は思う。自分が親だからこそそう思う。自分が子供に影響を与えてないって考える親がいるなら、それは子供を見てない証拠だとしか思わない。


私は、悠里ユーリ安和アンナ椿つばきのことを見てるからこそ、私の態度一つでみんなの様子が変わっちゃうのが分かるんだ。怯えてたり、不満そうにしてたり、納得できないって表情をしてることがあるのが分かるんだ。


この世の全てが納得のいくことだけでできてるわけじゃないのは事実でも、丁寧に説明したりすれば、納得までは無理でも理解まではしてもらえることだって多いと思う。なのに<丁寧に説明する手間>がメンドクサイってだけでやらないんなら、それが<甘え>じゃなくて何なの? って話だよね。


そして、親がそうやって甘えるのなら、子供にそれを許さないのはおかしいじゃん?


私はさ、自分がだらしなくて<主婦>としてはポンコツ以下のダメ人間なのを分かってるから、そういう部分じゃみんなにも完璧を求めないんだ。


ただ、他人を攻撃するようなのにはなってほしくない。それは認められない。だからその部分については厳しくさせてもらうよ。ってか、私自身に厳しくしなきゃって思ってる。


さくら相手なら厳しいことも言うけど、これは『さくらだから』っていうのもあるんだっていうのは分かってくれてるよね?」


その問い掛けに子供達が頷くのを確認して、アオは続ける。


「これは、相手がさくらだからっていうのと同時に、さくらを責めるためじゃないっていうのもある。だからさくらも平気なんだよね。


私は、<特定の誰か>を責めるつもりはないんだ。『罪を憎んで人を憎まず』って言葉があるじゃん? 要するにそれなんだよ。私が批判するのは<行為>についてであって、<誰か>じゃない。さくらはそれを分かってくれてるから彼女の前ではあんな言い方もできる。


それをちゃんと分かっててほしいから、何度もこうやって説明する。『いちいち言わなくても分かれ!』なんて言わない。それを言うのは<甘え>だから。


親ならそれこそ、子供に対して、ちゃんと分かってもらえるまで丁寧に説明しなきゃいけないんだよ。親がそれをサボってて、どうして子供がちゃんと丁寧に説明ができる人になってくれると思えるの? そんなムシのいい話が現実にあるとでも思ってるの? 親が教えなくてもそうなってくれたのなら、それは<親以外の誰か>が教えてくれたからだよ。私の場合は、<小説>だった。私の親が教えてくれなかったことを、<小説>が教えてくれた。


でも、それで全部済んじゃうんじゃ、<親>がいる意味がないじゃん?」


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