椿の日常 その4

『でも、だからって事件を起こしていいわけじゃないじゃん』


安和アンナが、『納得できない』とばかりに不満そうにそう言っても、アオは平然としていた。


『親の言うことには素直に従っとけ!』


とは言わない。子供を、


<自分とは別の人格を有した存在>


として敬うからこそ、その言葉には耳を傾ける。決して蔑ろにはしない。


「そうだね。安和の言うとおりだよ。親に原因があるからって事件を起こしていいわけじゃない。だから、実際の事件でもそういう場合、<情状酌量>には繋がらないんじゃないかな。もしそういう判断が下るとしたら、よっぽどのことがあったんだと思う。それこそ、とんでもない虐待があったとかね。だけどそれくらいのことでもない限り、いや、そんなことがあっても、結局は『やった奴が悪い』で揺らぐことはないよね」


アオは決して、


『親に原因があれば何をやってもいい』


とは言わない。


『何をやらかしたって子供に責任はない』


とは言うつもりもない。


『やった者に責任がある』


という大前提の上で、


『その結果に至る過程において親が与えた影響を無視していては、同じような事件を防ぐための参考にするには不足である』


そう考えているだけなのだ。


その一方で、


「もう一度言うけど、『やった奴が悪い』というのはまぎれもない事実。これは、エンディミオンの例でも同じ。エンディミオンがどんな酷い目に遭ってきたからって、彼のしたことは正当化されちゃいけないんだよ。


でもね、同時に、彼がああなった原因の一つが彼の父親にあることもまぎれもない事実。エンディミオンだってね、私とミハエルの子供として生まれてきてたら、悠里ユーリ安和アンナと同じになれてたと思う。


まあ、これも『たられば』だから意味はないんだけど、そういう実感はある。


だけどまた他方では、『何の関係もない赤の他人が、加害者の親や親族を攻撃していい』っていう理屈もないんだ。だから私は、何か事件があっても、その事件のことで加害者のことも加害者の親や親族のことも罵ったりしないようにしてるじゃん? 


別に私が加害者を罵ったりしなくても、みんなは、悪意で誰かを傷付けるのはよくないって知ってるよね?」


アオの言葉に子供達が揃って頷くのを確認して、


「だから私は事件が起こったからって加害者を罵ったりはしないようにしてる。そんなことする必要もないからね。


世の中には、『それが悪いことだって思い知らせるために罵倒する必要がある』みたいなことを言う人もいるんだけど、わざわざそんなことしなくたって大体誰でも知ってるじゃん。


それとも、そういうのが悪いことだって教えない親でもいるっての? それで事件を起こすのでもいるっての? だったらやっぱりそれは親が教えなかったのが悪いんだよね?


だけど、事件が起こってから言っても駄目なんだよ。事件が起こればそこでもう傷付く人がいて、そしてそれは何をどうしたってなかったことにはならない。


ならないんだ……」


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