ミハエルの日常 その1

蒼井家も月城家も、家庭内は平穏そのものだというのに、どうして世の中はこんなにも世知辛いのだろう。


誰もが幸せになりたいと思っていはずなのに、どうして自分からわざわざトラブルを招くようなことをするのだろう。


他人を傷付けておいて自分だけは幸せになれると考えられるのは何故なのだろう。


もちろん、意図せず他人を傷付けてしまうことは誰にでもある。


けれど、だからこそ、意図せず傷付けてしまうことがあるのに加え、意図して他人を傷付けるような真似をすれば、当然、それだけ他人との軋轢を生む確率が上がり、幸せになれる可能性が下がるとは思わないか?


吸血鬼達はそれに気付いた。


元々、吸血鬼は生物として人間より遥かに強靭で長い寿命を持ち、ゆえに多くの経験を積むことができ、結果として多くの知識を貯え、知能の点でも人間より優れていることが多い。


そんな吸血鬼でさえ予期せぬトラブルに巻き込まれ嫌な思いをすることもある。


加えて、椿つばきや、恵莉花えりかや、あきらの例を見ても、あれだけ他人と折り合いをつけて接しようと心掛けているのにトラブルの方が勝手に押し掛けてくる。


となれば、この上に、椿や恵莉花や洸がわざと他人を傷付けようとするようなタイプだったら、どうだろう?


果たしてこの程度で済んでいただろうか?


漫画やアニメやドラマや映画などで出てくる、意図的に他人を傷付けようとするキャラクターに対して、読者や視聴者はどういう目を向けているだろうか?


憎しみさえ向けてはいないだろうか?


<意図的に他人を傷付けようとするキャラクター>が不快だと思うなら、どうして自分も意図的に他人を傷付けようとするのか? そんなことをしていて他人の目にはどう映るのか、考えられないのだろうか?


ミハエルにはそれが分かるから、


『あいつが他人を傷付けようとしてるのに自分だけが我慢するのはおかしい!』


みたいなことは考えない。


他人がそういうことをしてるからといって自分も真似をしようとは思わない。


『自分だけが我慢をするのは不公平だ!』


とは思わない。


だから平穏でいられる。


それは、エンディミオンに対してもそう。


エンディミオンが吸血鬼を狩るのは、結局は吸血鬼であった彼の父親の仕打ちが招いたことでもある。


『ダンピールは元々吸血鬼に対する憎しみを持って生まれてくる』


とされていたのはただの<迷信>に過ぎなかったこともすでに立証された。


だから自分から彼に対して敵意を向けることはしない。彼に敵意を向けることが、害意を向けることが、結果として彼の敵意や害意を刺激することになるから。


彼の吸血鬼に対する憎しみは消えていない。そんな簡単に憎しみを忘れてしまえるほど、彼が受けた苦痛は軽いものではない。


ゆえに備えは怠らない。


彼と完全に分かり合えるとは考えない。


ただ、緊張感はありつつも、無駄に衝突する必要はないと考えているだけなのだった。


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