洸の日常 その7
大学時代に人間関係の難しさも知り、
詳しい内容としては、契約している医院や病院を巡回し、血液、便、喀痰、組織片等の<検体>を回収、会社内の検査ラボに届けて検査を行い、その結果を各医院や病院に届けるという仕事だった。
もっとも、現在では情報ネットワーク設備が導入されている医院や病院が多いので、わざわざプリントアウトされた検査データを届けなくても、医院や病院の画面上で確認できるようになっているけれど。
洸が就職した時点ではまだそこまで整備されていなかったので、検体の回収の際に検査データを届けるという形だったのだという。
今では考えられないが。
とは言え、データは画面で確認できるようになっても実際の検体は回収しなければならないので、毎日、担当する医院や病院を回って検体を回収すると同時に新しい検査方法についての案内や料金の交渉等の営業活動も行っていた。
で、そうなると当然のように、女性の看護師や事務職員らは洸が来るのを楽しみにしてたりもする。
「こんにちは」
検体を入れるためのクーラーボックスを手に、ある医院を訪れると、
「こんにちは♡」
受付の女性職員が明らかにテンション高く応えた。すると他の女性職員も「あ!」と小さく声を上げながら窓口に出てきて、
「ごくろうさまです♡」
と出迎える。
そして、ベテランと思しき女性職員が、
「院長が中でお待ちです」
と声を掛けると、
「はい」
洸も爽やかに微笑んで応えた。
すると、職員の女性だけでなく、待合室にいた女性患者までうっとりした表情で洸を見る。
なるべく地味な印象になるような恰好をしていてもこれなので、いかにもな洒落た格好をするようにしたらそれこそどうなってしまうのか。
しかしそんな女性の視線を受け流しつつ、洸は院長室へと向かった。この時間、ここの医院は他の医師が診察を担当しているので、院長は部屋で洸を待っていた状態だった。
「失礼します」
声を掛けながら部屋に入ると、そこには、やや厳めしい顔をした、歳の頃は六十代といった感じの白衣の男性が待っていた。
この医院の院長である。
院長は、やや不機嫌そうにちらりと洸に視線を向けて、
「まったく。君が来るといつもこうだ。今時の若い娘はもうちょっと節度というものをわきまえるべきだな」
苦々しく言う。女性職員らの上ずった声が聞こえていたのだろう。すると、
「いえ、院長。ここの職員の方は皆さん勤勉で、能力のある方ばかりです。これも院長のお人柄によるものですよ」
洸は笑顔でそう返す。
「む……んんっ、まあいい、掛けたまえ」
院長は少し気まずそうに咳払いをして、椅子を勧めたのだった。
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