洸の日常 その6

そういうミハエルの助けもあり、あきらの学校生活は、洸のまったく預かり知らないところでファン同士のいざこざもありつつも、概ね無事に過ごすことができた。


大学時代には、少しだけ精神的にも成長した洸自身が誰に対しても愛想を振りまくことを控え、格好も、元々決して派手ないでたちではなかったものの、より一層地味なそれにして、注目されないように心掛けるようにもなった。


これにより大学生活の方は、高校時代よりも落ち着いた……


と言いたいところだけれど、いくらかはマシになったものの、それでも高校時代から彼を追っかけていた女性を中心にやはり彼の周りには常に女性の姿があった。


となれば当然、やっかみも受ける。


それらを一身に浴び、洸は言った。


「どうしてみんな仲良くできないんだろう……」


それは、まだ精神年齢そのものは小学生と大差ない彼の素朴な疑問だっただろう。


家に帰ると、さくらがそんな彼を抱き締めて、


「そうね……洸の疑問も当然だと思う。だけど世の中っていうのは、自分の思い通りにはいかないのが普通なの……


私は、洸の望みのすべてを叶えてあげることはできない。できないけど、嫌なこと、辛いこと、悲しいことがあれば私がこうやって受け止める。


だから洸……辛い時は『辛い』って言って……


悲しい時には『悲しい』って言って……


あの日、あなたと出逢った時に、私はあなたの感情のすべてを受け止めることを決めたの……


あなたの存在のすべてを受け止めることを決めたの……


この思い通りにならない世界で、私達だけはあなたの味方……


あなたは私の子供なんだから……


愛してる、洸……」


さくらの言葉は、口先だけのものじゃなかった。


子供が思春期に差し掛かって不安定になったのを見計らって帳尻を合わせようとするかのように<物分りのいい親>を演じるのではなく、彼がまだ言葉も喋れなかった時からずっと、彼の声に耳を傾け、視線を受け止め、気持ちを受け止めてきた彼女だからこそ、その言葉が口先だけのものじゃないことが、嘘がないことが、洸にも分かった。


大人にだってあるはずだ。それまではロクに話も聞かなかった相手が突然<物分りのいい人>なったところで、とても信じられないということが。


その言葉の裏に何があるのかを勘繰ってしまうということが。


『子供は無条件に親を信頼する』


など、それこそ、


『異世界に転生すれば必ずチート能力をもらえて無双できる』


というくらいの、空想の産物でしかない。


親子関係といえど<人間関係>なのだ。まともに人間関係を築こうとしない相手を信頼してくれるような都合のいい相手は滅多にいない。


さくらやアオはその辺りを丁寧に真摯に築いてきた。


その結果が洸を癒してくれている。


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