秋生の日常 その10
こうして、一見すれば、
『ハーレムとか羨ましい! なんだこのリア充共!!』
と思われるような関係でも、裏を返せばこのようにそれぞれ決して軽いとはいえない事情が隠されていたりする。
いわゆる<ラブコメ物>であればそこまで踏み込んだ描写はされないだろう。ラブコメ物を読みたい読者は、そんな重い部分を見たいとは思っていないだろうから。
しかし人間関係というものは、非常に複雑で難解で、時に深い闇もはらんでいるものだというのはまぎれもない事実。
『誰が選ばれるか』
とか、
『誰が滑り台に行くか』
とか、そんなものはあくまで無責任な第三者による<野次馬根性>でしかない。
それでも、
<ラブコメ物>であれば誰か一人が選ばれたり、はたまた全員と関係を続ける、
<ハーレムエンド>
といった形で何らかの結末を迎えるのだろうが、現実はそんな風にぶつ切りで終わったりはしない。一応の決着を見たとしても、当事者達の人生は当然のように続く。
『脚本の都合でキャラクターが動かされる』
ことを嫌いつつ、
『読み手の都合でキャラクターの人生を決める』
のは当然だと考える。
そこに生きているキャラクター達の想いや葛藤や懊悩や悔恨といったものは『見たくない』と切り捨てようとする。それぞれのキャラクター達が<結末>の後に行う人生の選択を、
『蛇足だ!』
と吐き捨てる。
一体、何様だというのだろうか。
秋生は、彼女達の想いを負担にも感じつつ、けれど、自分と同じく血の通った人間として、見捨てようとは思わなかった。
彼女達のしていることが<ごっこ遊び>でしかないことも承知している。
だから、<ラブコメ物>のように明確な結末が出ることを望んでいるわけでないことも承知していた。
ただひたすらだらだらと今の関係が続くのを望んでいることも。
多くの人は何らかの結果を出すことを良しと考えるかもしれない。けれどそんなものは<ラブコメ物の読者>と同じく、無責任な第三者の欲求に過ぎない。
いずれ解消されるのは確かだとしても、他人の都合で決められることではないはずだ。
そしてそれは、彼女達が今の関係に依存せずに済むようになれば自然と解消される。
そこまでの成り行きは、秋生にも彼女達にも様々な経験をもたらすだろう。
それでいい。
取り合えず秋生には、
『他者の想いを受け止める』
という経験を、そして彼女達には、
『自分の想いだけでなく存在そのものを受け止めてもらえた』
という経験を。
いずれそれらが役に立つこともあるかもしれないし、ないかもしれない。
けれど、『経験を積む』というのは、人間にとってはとても大切なもののはずであることは間違いないと思われる。
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