仮説
『私の勝手でこの世に送り出すんだから、どんな子だって受け止めるよ』
それがアオの覚悟だった。
もし、子供達が吸血鬼に対して憎悪を向けるなら、危害を加えようとするのなら、自身の身を投げ出してでも止めるつもりだった。
でも、おそらくその心配はないだろうというのも分かっている。
その研究を、今、彼女の目の前にいるセルゲイは、続けてきたのだ。彼は数十年に亘って、
『ダンピールは本当に吸血鬼を憎んで生まれてくるのか?』
について研究を行ってきて、一つの仮説を立てるに至っていた。
『遺伝子的な面において、ダンピールが生まれつき吸血鬼を憎悪しているという説を裏付けるものは何一つ見付からない。
ゆえに、『ダンピールが生まれつき吸血鬼を憎悪している』と考えるのは、非科学的、非論理的、非合理的である』
と。
この仮説が立てられたのは、一人のダンピールの存在が大きく影響している。
アオの担当編集である<
<エンディミオン>
というダンピールの存在が。
エンディミオンは本来、吸血鬼であるミハエルを抹殺するために現れた。
けれど、ミハエルが、アオが、なにより月城さくらが、その悲劇を回避するために不断の努力を続けたことにより、現在までのところ、決定的な衝突には至っていない。
ただし、それは、
『問題が解決された』
という意味ではない。問題そのものは今なお現在進行中であるのが事実だ。フィクションのように、
<円満解決>
などというのは現実には滅多にない。そんな都合よく解消されてしまうほど、エンディミオンというダンピールの、
<吸血鬼に対する憎悪>
は浅くない。
薬物中毒患者が、『薬物をやめる』と心に誓いながらも再び薬物に手を染めてしまうことがあるのと同じで、それを避けるためには生涯に亘って『薬物をやめ続けなければいけない』のと同じで、
<憎悪に身を委ねる悦楽>
は、エンディミオンがこの世を去るまで彼を蝕み続けるだろう。
それに抗い続けるには、周囲の理解と協力が欠かせない。
そして、今現在まで、実際にそれは果たされている。
この中でエンディミオンから提供された血液や細胞片を、セルゲイがゲノム解析し、
<ダンピールが、生来、吸血鬼に対して憎悪を抱いていることを裏付ける情報>
は見付けられなかったのだ。
<強い攻撃性>をもたらす遺伝子の存在は確かに確認されているものの、それはあくまで吸血鬼自身も元々持っているものなので、必ずしもダンピール特有の資質でないことも事実。
もちろんそれが<見落とし>である可能性は否定できないので、他の研究者の協力も仰ぎ、再度検証を行っている最中でもある。
けれど、万が一、<ダンピールが、生来、吸血鬼に対して憎悪を抱いていることを裏付ける情報>が発見されたとしても、決してそれが全てを決めてしまうわけでないことも、他でもない<エンディミオンの事例>が物語っているのだった。
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