後編

 うーん。いや、どうしよう。困ったぞ。これ。


 あれから一か月、先輩をギャフンと言わせるような小説を書いてやろうと家でも教室でも四六時中ずっと考えているが、全くと言っていいほどアイデアが思い浮かばない。


 で、今は六畳一間の自室の勉強机で何か思いつかないかと頭を抱えて考えている。俺としてはやっぱりラノベっぽいファンタジー……を書きたかったんだけど、設定についてあれだけ批判されちゃったら書く気力も無くすってもんだ。そして今から叩かれないレベルで設定を練って考えて書いて……ってやってたら完成するのがいつになることやら。書き切る前に先輩が卒業してしまうぞ。


 だから、すぐに書けて設定にもムラが無く……となると短編か? 短編だとファンタジーはやっぱりキツいと思う。だったら現代ものか。


 現代ものっていっても俺みたいな薄っぺらい人生経験の男子高校生が無理して深いテーマを取り扱って書いても不快な作品しか生まれないしな。いっそ開き直ってペラペラなものを書いてもいいかもしれない。たとえば高校生のカップルがイチャイチャするだけのやつとか。


 あ、そうだ。それにしよう。いや、ダメか? 失笑される? しかしだからと言って他に書けるものがあるのか?


 ……やっぱり、俺は作家にはなれないかもしれない。だが、あんな大見得切ってしまった以上、やっぱり書けませんでしたぁ☆って先輩に報告する訳にもいかない。


 ……とにかく、今俺が書ける全てを書いてみよう。俺は、ノートパソコンを引き出しから取り出し、電源を入れた。







 俺は猛スピードで執筆を進めていった。そしてカップルがひたすらイチャイチャするだけの小説を一晩で書き終わり、夜明け前の不気味な程静かなコンビニでうるさくプリンターを動かし原稿を印刷した。やっぱり薄っぺらいと作る側も楽だった。色々と。それじゃダメなのかもしれないが。いや、ダメなんだろうな間違いなく。







 翌日、俺は午後5:40分ぴったりにいつものように図書館の入り口を開けた。


「エルミリー先輩ー。あれ、いない?」


 いつものように受付に行ったが、受付には誰もいなかった。……という事はどこかの本棚で蔵書整理をしているんだろう。


「あ、いた」


 先輩はちょっと探しただけで見つかった。脚立に乗って高い場所にある本を整理している最中だった。


「一か月振りでーす。先輩」

「うひゃい!?」


 俺が先輩に声を掛けたら、先輩はめちゃくちゃ驚いてバランスを一気に崩した。そして――


「うわあああ!」

「うわあああ!」


 先輩は脚立から落っこち、俺に見事にダイビングプレスをかましてきた。





「い、いきなりなんだったんですか。山崎さん」


 それから、俺と先輩は怪我はなさそうだったけど痛みは感じたので一応保健室で休憩を取っている。保健室の先生は今は不在で、俺と先輩の二人きりだった。図書室の受付にも誰もいないけど、大丈夫だろう。多分。先輩はベッドに横たわりながら珍しくオドオドして近くに座っている俺に何しに来たんだというように尋ねてきた。


「あの……小説、書いてきたんですけど」

「あ、そうですか。すっかり忘れてました。」

「相変わらずひどいですね!」

「まあ、とにかく見せて下さい」


 先輩に促されたので俺は鞄から原稿を取り出し、先輩に手渡した。先輩は仰向けでも胸が大きいとはっきりわかった。顔も何でかはわからないが紅潮していて、なんだかすごく艶めかしい。


「薄いですね。まるであなたの人生みたいです」

「俺も気にしてるから言わないで下さい……」


 先輩は俺の原稿を見るや否やすぐにそう言った。自覚していても人に言われたくないのは誰にだってあるのに……。


「まあいいでしょう。読ませていただきます」


 先輩はそう言うといつもよりも少し遅い速さ(それでも十分すぎるほど速いが)で原稿を捲り始めた。そして先輩は原稿を読み終わると、そのまま原稿を顔の上に

落っことした。


「せ、先輩……?」


 先輩は顔に原稿を乗っけたまま動かなくなったので思わず声を掛けた。先輩は俺の呼びかけにも無反応でいたが、しばらくして原稿を顔からよけた。


「なんなんですか、これは」

「す、すみません。今の僕にはこれくらいのものしか書けません……」


 少しむっとした顔になっている先輩に聞かれたので瞬間的に謝ってしまった。


「学校で浮いている男子と女子がひょんなことをきっかけに出会って……ってモロに私と山崎さんじゃないですか」

「え、あ、そうですね……。言われてみれば……」

「気づかなかったんですか……まあ、あなたらしいと言えばそうですが」

「まあ、あなたと私では浮いている理由が全く違うんですけどね。残念ながらこの小説では同じ扱いになっていますね。小説を書くことしか頭に無いから浮いているあなたとは違い、私はこの美しすぎる容姿のせいで周りから距離を置かれているんですから」

「あ、はい。そうですね」


 それは知っている。先輩はハーフの銀髪ですごく美人だ。だからそれで惚れて告白する人も後が絶たないんだけど――


「私はこの性格なので、誰かとお付き合いしても全く長続きしませんでした。ですがあなたは、私の内面を知っても引かずに、というよりもむしろ距離を縮めてこようとしました。最初はうっとうしく思っていましたが、次第にあなたが来るのを楽しみにしている自分がいることに気づきました。この一か月間、あなたが来なくなって、不安で不安でたまらなかったんです」


 先輩の様子がなんかおかしくなった。顔はどんどん真っ赤になっていっている。そして先輩は、俺の顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「多分私は、あなたに、恋をしているんだと思います」

「え?」


 え? これって、アレか? 告白してみたっていうドッキリとか――


「いきなりこんなこと言われても困りますよね。忘れて下さい」

「忘れない!」

「……え?」


 俺は、考えるより先に口が動いていた。


「今、気づきました。俺は小説を誰かに見てもらいたくて先輩に会いに行ってたんじゃない。先輩に会いたくて、その理由をつけるために小説を書いていたんだ!」


 自分でも何を言っているのかわからないけど、多分、本心はそれだったんだと思う。自分が本当に書きたいもの、というより、先輩に良く思われそうなものを、と考えていたんだから。


「ふ、ふふ。そうですか」


 先輩が笑った。そして先輩は俺の頭を優しく握り、引き寄せてきた。先輩の顔がどんどん近くなり、そして――


「小説の最後も、これで終わりでしたよね」


 先輩は、俺の額にキスをしたのであった。

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