で、どういう内容なんですか?

夜々予肆

前編

 午後5時40分。カラスの鳴き声がうるさくなる夕暮れ。ほとんどの高校生は帰宅してるか部活に明け暮れている時間。だがこの俺、小説家志望の帰宅部、山崎遼やまざきりょう(2年生)は図書室に行くのであった。


 だが俺は決して図書委員ではないし勉強しに行くわけでも執筆活動をする訳でもない。俺がこの時間に図書室に行く理由はただ一つ。


 俺は図書室の扉を開けるや否や脇目も振らず受付に行き、昨日夜なべして印刷して穴を開けて紐で留めたオリジナル小説の原稿を机に叩きつけた。


「エルミリー先輩! 俺の新作、見て下さいっ!」

「……今度は何ですか?」


 この時間、受付を担当しているのは3年生の唯花ゆいか・エルミリー先輩だ。日本人と北欧かどこかの国の人との間で生まれたハーフで、冬の季節に一面に降り注ぐ雪のようなとても美しい白銀色の長い髪をしている。大きくつぶらな瞳も色素が薄く、思わずこちらの目が奪われるほど綺麗で、一言で言うならば超美少女だ。おまけに国語の成績はいつも学年トップ。それ以外の教科も常に上位を維持し続けていて、まさに才色兼備と呼ぶのにふさわしい。


 そう、エルミリー先輩はまさしく完璧超人と呼ばれるべき存在なのだが。


 俺に対しては、なぜか――


「現代ファンタジーです! しかも今までにない斬新な設定ですっ!」

「で、どういう内容なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! まずはですね。主人公はあらゆるものを破壊することができるビームを無限に使える能力を持っていてですね、それで思いのままにあらゆるものを破壊してきたわけです。でもある日幼馴染のヒロインにやりすぎだと言われてしまいます。結果主人公は見事に逆上。ヒロインをもビームで破壊しようとしてしまいます。しかし寸前のところでヒロインは自らの能力である時空移動の能力で過去へとタイムリープします。そしてそこで能力を持つ前のごく普通の少年だった頃の主人公と出会ってですね、そこから2人で現代の主人公の暴走を止めようと頑張る話です」

「あ、そうですか」

「ちょっと反応薄くないですか!?」

「今読んでいるところなので話しかけないでください」


 あまりにも辛辣なのであった。

 

 エルミリー先輩は俺の分厚い原稿を白くて綺麗な手で取り、真顔でぺらぺらとものすんごいスピードで読み始めた。超速読。これはまさしく超美少女であるエルミリー先輩に備えられた特殊能力と言っても過言ではないだろう。魔導書とか使わせるとすごそう。え、流し読みじゃないかって? ちょっと意味がわからないな。


「はい。全部読み終わりました」


 エルミリー先輩は真顔でそう言い、原稿を俺に返した。これが超速読の力である。いや、それはともかく感想が聞きたい。エルミリー先輩は学校一の読書家でもあるから、小説を読む目は本物だ。だから俺はいつも一番最初にエルミリー先輩に原稿を見せるのだ。


「ど、どうでしたか……?」

「全然ダメですね。これは」

「うわぁひどい!」


 そう言われるのはいつものことだけど、今回は今まででも最高の出来だと思ってたから、ショックだ。泣きそうだ。


 だが、こう悲しんでばかりではいつまでも上達はしない。だから俺は溢れだしそうな涙を必死に堪え、エルミリー先輩をじっと見つめ、こう尋ねるのであった。


「あの……具体的には、どの辺が……つまらなかったですか?」

「全部ですね」

「うわああああああ!!!」

「ですが、具体的に、と仰るのであればまずはやはり設定でしょうか。その、なんですか、特殊能力者スペシャリスト……は、具体的には、世界中にどれほどいるのでしょうか」

「……えっと、あんまり詳しく考えてなかったんですけど……8割くらいのイメージ、ですかね」

「完全にヒ〇アカと被ってますね」

「え? あ、確かに! 言われてみれば……!」

「あと、描写ですね。言葉足らずすぎて一体何がどうなっているのかわからない部分もあれば、細かすぎてくどすぎる部分もあります。両極端すぎです」

「いや、それは、緩急……的な? 感じで?」

「キャラクターも意味不明です。ヒロインは現代にいた頃は大人しくて巻き込まれ型という感じなのに過去に行った途端、リーダーシップを発揮しまくりです。それに主人公もなんであんなナヨナヨしてふざけてばかりの子が将来全てを破壊する魔王みたいになるんですか」

「いや、人って変わり続ける生き物じゃないですか。それを表現しようとですね……」

「あと主人公とヒロインの距離感も意味がわかりません。幼馴染設定に頼りきりでどういう関係なのか、過去に何があったのか全然掘り下げができてませんね」

「幼馴染に余計な言葉は不要なんです!」

「そもそも設定の割にやってることがおかしすぎます。主人公があらゆるものを破壊し続けているなら世界中の警察や軍隊が放っておくはずないですし、世界中に8割特殊能力者スペシャリストがいるのであれば主人公を倒せる能力を持っている人が1人くらいいてもいいはずです。それなのに舞台が日本の地方都市の過去と現在のみってショボすぎます」

「そ、それは、そう。あれですよ。セカイ系っていう……」

「にしてもショボすぎます。あとセカイ系の作家さんに失礼すぎるので謝って下さい。あとは結末ですね。過去の主人公はまだ能力に目覚めてすらいないはずなのになぜ現代の主人公と対等に戦えちゃってるんですか。しかも勝ってますし」

「ヒロインと長い時間を掛けて考えて立てた綿密な作戦のおかげです!」

「でもやってることってヒロインが時空を歪ませて気を反らさせている間に過去の主人公が拳で殴りかかるっていうただの特攻ですよね?」

「最終的には拳が勝つんですよ!」

「あと会話シーンですね。誰が何を誰に対して話しているのか全く伝わりません」

「いや、それは……読めばわかるでしょ!」

「読者に責任を擦りつけないで下さい。地の文に関しても『こんな場所に来た』や『こんな風に思った』ばっかりで説明臭すぎます」

「しょうがないでしょ! だってこれが一番わかりやすいんだし!」

「あとはキャラクターの名前が――」


「わかったからもうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 俺と先輩しかいない夕暮れの図書室で、俺は人目も憚らず号泣した。いくらなんでもそこまで言う事なくない!?


「みっともないので泣かないでください。……慰めるつもりなど微塵もありませんが、ヒロインが過去の主人公と出会い、共に協力して現在の主人公の暴走を止めるという設定は良いと思います。まあ、それを全く生かすことができていませんが」

「褒めてくれたと思ったらそうじゃなかったー!!」

「だから慰めるつもりは無いと言ったはずでしょう」


 俺はもう、立ち直れないかもしれない。現にこの原稿を作るのに費やした時間全部無駄に感じてるし。あとでゴミ袋買いに行こう。


「次はもっと楽しませてくれる作品を持ってきてください」


 エルミリー先輩は俺が失意で図書室から出ようとした間際、優しい声色でそう言ってくれた。


「え、また書いて持ってきてもいいんですか!?」

「あなたもこれで終わりでは不甲斐ないでしょう?」

「はいっ!」


 よし、こうなったら、次は本気で考えて、本気で書いて、本気で印刷して、最高の原稿を持ってきてやろう。そしてエルミリー先輩の真顔を崩してやる。あ、失笑とかは無しで。


 俺は決意を固め、


「では、また今度!」


 エルミリー先輩にそう宣言し、勢いよく扉を開けて図書室を後にした。

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