エピローグ
一定のリズムで繰り返される馬車の揺れは、荷台に乗る俺と白衣の女と黒でぶかぶかの服を着た銀髪幼女とふわふわ赤毛のサキュバスの四人を均等に揺らしていた。
あれから続いた晩餐会は文字通り最後の晩餐になりそうな、いや、これ以上はやめておこう。思い出すものトラウマになりそうだ。特にあの「エストスちゃんのワク☆ワクなんでも解体ショー」なんて……
おっと、あやうくパンドラの箱が開くところだった。
とにかく、結果だけ端的に言うのなら、エリヴィアとリヴィアの二人はこれからもエルフの里を守っていくそうだ。まあ、あの二人なら平気だろう。
もしかしたらこっちに顔を出すかもしれないからその時はよろしくといわれたが、「いつでも来るといい。歓迎しよう」と微笑むエストスにはどう返事をするべきか迷った挙句、半べそになるというなんとも不安の残る最後だった。
というわけで、俺たちと一緒にスタラトの町に帰ることになったのはシアンと同じく魔王軍を裏切って帰る場所をなくしたぷりてーさきゅばすリリナちゃんだ。
魔物を上にまたがることとは勝手が違うのか、馬車の揺れには苦しんでいるようだった。
シアンもそうだが、魔族は乗り物酔いをしやすい体質なのだろうか。
俺は魔族の二人が座る座席から視線をそらし、俺の隣に座る白衣の女に声をかける。
「気分はどうだ、エストスさんよ」
今回のエルフの里を助けるという過程で一番色々あったエストス=エミラディオートは、馬車の窓に肘を掛けて顔を撫でるような風を心地よさそうに受けていた。
「久しぶりにまともに眠れたからね。良いよ、いつもよりはずっと」
マゼンタとの戦いで血まみれになった白衣は完全に修復されて、長めで純白の衣はまるでマントのようになびいていた。
俺はエストスの綺麗に整った顔を見つめる。
初めて会ったときから印象的だった不健康を象徴するような目の隈は、たった一日できれいさっぱり消えてなくなっていた。
数百年間、悪夢で快眠できた日はなかったらしい。
そのせいで染みついた隈が、ようやく消えたのだ。
エストスがあの遺跡に封印される前はこれが普通だったのだろう。それならこの蓄えに蓄えられた胸にも納得がいく。
時が戻ったわけではない。全てが解決したわけでもない。でも、振り出しに戻る程度にはなったはずだ。
また新しい歩みを進めようと、思うほどには。
きっと、ほんの少しでも俺はなにかを救えたのだろう。
エストスを見ていて、俺は素直にそう思った。
「シアンも今回は頑張ってくれたな。ありがとう」
「おー! シアンは頑張ったぞ!」
なんでも、行きでの反省を踏まえて酔わないために遠くの景色を見る術を身につけたらしく、俺の方を一切見ないで遠くの森を一心に見つめながら元気よく手を上げてシアンは言った。
シアンは特に頑張ってくれた。
直接見たわけではないが、マゼンタとの戦いはシアンがいなかったら勝てなかったとリリナが嬉しそうに語っているのを聞いているし、魔人戦でも大活躍だった。
改めてこんな強いやつに守ってやるなんて言った俺は何様のつもりなんだろうかとも思い始めてきてはいるが、シアンもただの女の子だ。守ってやりたいという気持ちは変わらない。
「てかさー。スタラトの町ってこんな遠いのって感じ。あーし、お尻痛くなってきちゃったって感じなんだケド」
退屈と木製の馬車の座席が固いことのダブルパンチでストレスがどんどん溜まっていっているリリナは、癖のある赤毛を指にからませながら唇を尖らせた。
「仕方ないだろ。我慢してくれって」
「そんなこと言っても辛いもんは辛いって感じ~」
口にしても意味がないと分かっているからか、文句をたれながら倒れるように座席に寝転んでどうにか暇をつぶそうとリリナはごろごろと馬車を転がる。
と、ちょうど目の前にあったシアンの背中を見て、リリナは飛びつくように、
「シーちゃん! あーそぼっ!」
「おー? なにするんだ?」
「ハヤトの血を早飲み対決ってのはどう?」
「おい、その字面だけで鳥肌ものの企画は今すぐ没だからな。わかったか?」
ちぇー、と不満そうに再びごろごろし始めるリリナ。
まったく。ノリで言ってるのだとしても笑えない冗談なのでやめてほしい。
ほら、シアンは楽しそうに早飲み対決の詳細を聞き始めてるじゃないか、全く。
「なあ、ハヤト」
外の景色を眺めながら、エストスは言った。
「どうした?」
「今回の件で、私は私を縛っていた過去から解放されて、本当の意味で自由になったわけだが。さて、改めて考えると何をしたらいいのかさっぱり分からないんだ」
自分で思い込んでいた罪は、存在していなかった。
だから、贖罪として命を懸けて戦う必要はもうないわけだ。
でも、それで何が変わるのだろうか。
「好きなようにやったらいいんじゃねえか? 守りたいものは守ればいいし、助けたい人がいれば助けりゃいい」
「君らしい回答だ。嫌いじゃないね」
「そりゃどうも。俺だってこっちの世界には満足してるし、だから戦ってる。それ以上も以下もないさ」
「そうだね。その通りだ。まあ、君のように振り切っていけることはあまりないと思うけどね」
「まあな」
確かにそうだろうな。
結局、俺のやっていることは自己満足だと言われればそれまでだし、今までが結果的に良いものとして終わっているから自分の道は間違っていなかったと胸を張れるのだろう。
きっとエストスのように自分のやりたいということを貫いて裏目に出てしまうこともあるかもしれない。
でも、だからってなにもせずにいるべきではない。
俺もエストスも、貰い物の力を正しく使うということに関してはかなり重要視しているからな。私利私欲のために乱用しては絶対にならないし、それこそ理不尽に苦しみ人がいたら手を差し伸べるべきだとも思う。
でも、決して義務ではない。
俺たちは勇者でもヒーローでもないのだから。
「う~~……」
自分の世界に浸ってしまっていた俺を現実に引きずりあげたのは、不吉な何かを感じずにはいられないようなシアンのうめき声だった。
恐る恐る視線を移すと、さきほどのようにシアンにリリナが抱き着いて遊んでいるだけなのだが、どうにもシアンの顔色がよろしくない。
まるで、乗り物酔いに苦しんでいるような――
「いかん! リリナ! 今すぐ離れろ!」
「ん~? どうしたのハヤト? あ! あーしに抱き着かれるのが羨ましいって感じ? それなら早く言ってくれれば今すぐにでも抱きしめてあげるって感じなのに――」
「うるせえ! 今はそれどころじゃないんだ! とりあえずシアンから離れて窓の外にあいつの口を向けないと!」
俺は慌ててリリナからシアンを引きはがして赤子と遊ぶ父親のように両脇を掴んで持ち上げた。ぐったりとした表情と褐色なのに真っ青な顔を見ただけでも事の重大さは明らかだった。
とにかく、被害を最小限にするためにもシアンの顔を車窓から出して――
「ぐ、ぐぇ――」
「顔面クリーンヒットは予想外だったよぉぉぉおおおおおお!!!!」
シアンの口から勢いよくやってきた『ソレ』を頭から被る俺。
想像以上の量と勢いに驚いてひっくり返るリリナ。
すっきりしたのか爽快感溢れる笑顔で喜ぶシアン。
そんな俺たちを見て、座席に腰かけるエストスは腹を抱えて笑っていた。
「はははっ! 本当に、君たちを見ていると退屈しないね」
大笑いをしたエストスは、笑顔をそのままに視線を車窓に向ける。
そして、誰かに届けるでもない小さな声で。
目の隈の消え、より一層綺麗になった顔で。
ただの人間、エストス=エミラディオートは言う。
心の底から幸せそうな、そんな笑みで。
「まったく、愉快な世界だよ、ここは」
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