第25話「晩餐会」

 一言でその場を表すのなら、混沌、と言ったところだろうか。

 地獄のように楽しいドンチャン騒ぎが二階建ての小さな宿で行われていた。

 まず最初の悲劇は、俺の首筋を銀髪褐色合法ロリがニコニコしながら噛みついてることである。


「痛い痛い痛いいだだだだだァァァア!!!」


「ちょっ⁉︎ シーちゃんに酒飲ませた馬鹿はどこの誰って感じ⁉︎ 待って待って! ハヤトにここで死なれたらあーしはどこに帰ればいいか分からなくなるんだって感じ‼︎」


「まあ、状況を考えてシアンが酒に弱いことを知っていて、なおかつ面白半分でハヤトが死にかけても笑って紅茶の飲めるようなやつが犯人だろうね」


「「やっぱりてめぇかエストスゥゥゥゥウウ‼︎」」


 そんな感じで叫びながら食器やら酒樽やらが飛び交う一方、緑の髪のエルフの少女二人は酔いがまわっているのか、酒を片手に顔を真っ赤にして二人で泣き叫んでいた。


「うわあああああん! リヴィアぁ! 私、エストス様に初めて会ったとき『私よりもずっと強いね』とかすっごい調子に乗ったこと言っちゃったよぉぉぉおお!!!」


「うわああああん! 私もすっごい生意気にタメ口使って後からおんぎゃあああとか言っちゃったから大丈夫だよお姉ちゃああああん!!」


「なんて恩知らずで恥さらしなエルフなの私たちはぁぁああ!!」


 絶叫しながら抱き合うエルフ二人の元へ、シアンに酒を盛って満足した様子のエストスがゆっくりと近づく。


「大丈夫だよ、二人とも。こんなに時間が経ったのに私のことを覚えていてくれた君たちエルフには感謝しかない。本当にありがとう」


 そう言ってエストスが微笑むと、二人はうるうると瞳に涙を溜める。


「うわああああん! エストス様がとっても優しくて私たちの愚かさがさらに身に染みるよリヴィアぁぁああ!!」


「私もだよお姉ちゃああああん!!!」


 そんな調子で酔いが覚め始めるまで一時間近く騒ぎ倒して、ようやく皆が落ち着いてから、噛み跡だらけで瀕死の俺はエストスの隣に座った。


「おい、クソ学者のショタコン野郎。リリナが小一時間死に物狂いでシアンを剥がそうと頑張ってくれなかったら今頃俺はミイラになってそこら辺に転がってた訳だがそれはどうやって謝罪してくれるつもりなんだい?」


「ああ。すまなかったね」


 たったそれだけ、楽しそうな笑みを浮かべて謝るエストスを見ると、怒る気は起こらなかった。


「楽しそうだな、エストス」


「ああ。とても楽しいよ」


 前にあったスタラトの町で国王救出の際には横でその様子を見るだけだったエストスが、今はその中心でいたずらをしているのだ。

 何かは、確実に変わっているのだろう。


「そっか。ならまあ、いっか」


「相変わらず甘い男だね、君は」


「自分じゃ分からねぇよ。そんなもんだろ、人って」


「ははっ。そうかもしれないね」


 あの遺跡を出てきてから、明らかにエストスの笑う回数が増えた。いや、実際にはシアンやリリナの方がニコニコしてるのだが、あまり笑うところを見ないエストスだからこそ、多く感じた。

 と、急に後ろから声が聞こえた。


「ハーヤトっ! なぁーにエストスといい感じにお話しちゃってる感じ? あーしも混ぜてよ」


 ギュッと後ろから抱きつかれてリリナの顔が真横にあるだけじゃなくて胸ががっつり背中にあっていて平常心など保つ余裕はなかった。


「べ、別にそんな変なことを話してたわけじゃ――」


「え〜? あーしに秘密にするんだぁ。妬いちゃうなぁ。いたずらしちゃおうかな〜」


 ツー、とリリナの細い指が俺の耳と首筋を滑らかに撫でて、


「ひゃん!」


 男として恥でしかないような変な声が出た。

 それがリリナの中の何かを目覚めさせちゃったみたい。


「きゃは♡ ハヤト可愛い〜っ! これはそそられちゃうなぁ。これからお世話になるし、先払いしちゃおっかなぁ〜」


「ちょっ……⁉︎ 待って! 彼女なんて出来たことない俺には刺激が強すぎるから待っ、待っ……‼︎」


 リリナは艶めかしい手つきで俺の体を触っていく。

 ヤバい、本気でヤバいぞ。

 俺みたいなチェリーな男の子にはもっと段階を踏んで一歩ずつ進まないと心が保たない……!

 そんな俺の思考はリリナには伝わらず、白く細長い腕がいやらしく絡まっていくところで、隣にいたエストスが笑いながら、


「からかうのはそこまでにしてやろうじゃないか、リリナ。それにサキュバスならもっと人目を盗んでこそこそと事を済ますべきだろう?」


 目の前の行為に全く動揺せずに紅茶を飲むエストスが見て、リリナは興が冷めたのか俺に絡ませていた手を解く。


「はーいはい、分かりましたって感じー。んじゃあハヤトとのお楽しみはまた今度ってことでっ!」


「は、はい……」


 俺が弱々しく呟くと、リリナの標的が俺からまた別の対象へと移ったようで、


「てかさてかさぁ〜。エストスって恋人とかいないわけ? こんな整った顔とエッチな身体持ってるんだから男を落とすなんて簡単って感じっしょ〜?」


 妖しい笑みを浮かべながら先ほど俺を誘惑した手つきでエストスの胸を揺らしはじめたリリナ。

 だが、エストスは眉一つ動かさずに紅茶を飲む。


「……君に教える必要はないね」


「えぇ〜。いいじゃんいいじゃん〜。あーしとエストスの仲って感じっしょ〜? ねぇねぇ〜」


 唇を尖らせながらリリナは無抵抗のエストスの胸を弄り続ける。俺は目が離せなかった。

 何故かって?

 不健康そうなくせに胸にだけやたら栄養がいってるエストスのその巨乳が、揺れていたからさ。

 揺れて、いたからさ!


「……ハヤト」


「ひゃい!!」


 突然名前を呼ばれて思わず奇声を上げてしまった。

 しかしそんなことは気にせず、エストスは平坦な声で、


「その視線はいささか不愉快なんだけれど」


「す、すいませんっ!」


「そういえばギルドの受付嬢の胸を見ていたなんてことも聞いたことがあるね。さっきみたいにいざ当事者となると何もできないくせに――」


 と、話の途中でエストスの言葉が止まる。

 理由は俺の視界にははっきりと映っていた。


「いい加減私の胸を揺らすのをやめろ淫魔」


「私は淫魔なのでエストスの口からエッチな話を聞くまでやめないって感じですぅ〜」


 ノリノリでリリナが悪びれもせずに煽るようにエストスの胸を触り続けていると、すぐ近くでブチッと何か切れる音がした。


「……ほう。どうやら君のその性根は身体ごと私がブチ抜いてやらないと直らないらしいな」


 エストスの手元から、ガチャガチャという音が聞こえた。その音で何かを察したリリナは慌ててエストスから距離を取る。


「ちょちょ……っ⁉︎ さすがにそのヤバい銃はやりすぎって感じ! は、ハヤト! 助けろ!」


 さすがにこんな宿でぶっ放されたら堪らないし、そもそもあれを受けても無事でいられるのなんて俺が全力のシアンかぐらいなので止めに入ろうと俺はリリナとエストスの間へ歩くが、


 ガチャン、とリリナへ向いていた魔弾砲とは別の魔弾砲の銃口が、俺に向いた。


 あれ? なんで俺まで?


「なんとなくあの不快な視線に腹が立ったから君も同罪だ」


「ええ⁉︎ さすがにそれは冤罪でしょ⁉︎」


「知るか。歯を食いしばれ馬鹿ども」


 とりあえず引き金を引かれる前にリリナを守らなくてはと急いでリリナを庇おうと俺が動いたところで、エストスの体がくの字に曲がった。

 その原因は、未だに酔いが覚めないどころかさらに悪酔いしたエルフの少女たちによるもので、


「うわああああん! 調子乗ったこといって本当に申し訳ありませんでしたエストス様ぁあああ!!」


「私も生意気な態度とってすいませんでしたぁぁあああ!!」


 さながらラグビーやアメフトで見られる鋭いタックルのような突撃が二連続でエストスの横腹へと襲いかかる。

 なんとか転倒だけは堪えたエストスはどうしたものかと困惑した表情で魔弾砲の引き金から指を離した。


「そ、それに関してはつい一時間前にも気にしなくてもいいと言ったはずだが……」


 ほんの一時間前にも同じように泣くエルフの姉妹に対して、エストスは同じような言葉で二人を落ち着かせたはずだ。

 だが、しかし、うるうると瞳を震わせるベロンベロンなエルフの姉妹はそんな言葉では止まらない。


「その優しさが私たちの罪悪感を高めるのですよエストス様ぁぁぁああ!!!」


「そうですどうか私たちを罰してくださいエストス様ぁぁぉあああ!!」


 エストスの着ている白衣が悪酔いエルフたちの涙と鼻水で悲惨なことになっているが、とりあえず二人を引き離すことが最優先だと判断したのか、ついに魔弾砲を手放してしまった。


「わかったからとにかく離れてくれ! これでは話が何も進まないじゃないか!」


 必死になって両手で残念な姉妹の顔を押さえて引き剥がそうと躍起になるエストスだが、さすがエルフ族最強の戦士たち。

 一切譲らずに断固としてエストスから離れようとしない。


「別に私は君たちの素行を不快に思ったことはない! むしろ数百年経った今でも忘れずに私をここまで知って慕ってくれていることに感謝しているくらいだ! だからとりあえず離してくれ!」


「ありがどぉございまずエストス様ぁ!」


 鼻水ダラダラの正気に戻った時にどれだけ後悔するか分からないような残念な泣き顔のまま、崩れるように二人はペタンと床に腰を下ろして弱々しく泣いていた。

 ようやく解放されたエストスは安心したように息を吐くと、その様子を見ていた俺とリリナへ視線を移す。


「よ、よう、エストス。お疲れ様」


「お、おっす〜。調子はいかが〜って感じ?」


 苦笑いでとりあえず手を振ってみた。

 すると、エストスは大きくため息を吐いて椅子に座った。


「君たちといると本当に調子が狂うよ」


 諦めたように首振るエストスに、俺は問いかけてみる。


「でも、楽しいだろ?」


 エストスは答える。

 もちろん、満面の笑みで。


「ああ、とっても!」


 不覚にも、ドキッと胸が鳴った自分がいた。

 隣のリリナも満足そうな笑みを浮かべていた。

 だったら、もっと楽しまないとな!


「よっしゃあ! だったらまだまだ飲むぞエストス!!」


「え? い、いや。私に酒を嗜む趣味は……」


「つべこべ言ってねぇで飲むんだよアホ学者! ほらリリナ! 無理やり飲ませっからどんどん持ってこい!」


「あーしに任せとけって感じ! お楽しみはここからって感じっしょ! エストス!」


「ちょっ、待て。なぜそんなにも不敵に笑いながら近寄ってくる⁉︎ やめろ! それ以上近づくなら――」


「者どもかかれぇぇえええ!!!」


 ノリノリで追加の酒をじゃんじゃん持ってくるリリナと俺のカンストステータスによる拘束によってエストスの喉を大量の酒が通過していった。


 夜はどんどん更けていく。それでも宴は終わらず、太陽が昇り始めるまでそれは続いた。

 その間にエストスが酔ったら色々と大変なことになることが判明したのだが、それはまた別のお話。

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