第11話「プリティサキュバスリリナちゃん」

「なんで、お前がここに……?」


「全部ちゃんと説明すっから、あんたはあーしの話を聞く体勢を整えろって感じ」


 結構キツめな口調で言われて、俺は慌ててその場に正座をした。

 石碑の裏に隠れるように座ったので、エリヴィアたちからはこちらは見えていない。それにあいつのことだから大丈夫だろうとおそらく探すこともないだろう。

 その気配を感じて、リリナは話し始める。


「単刀直入に言うケド、今夜、魔王軍マゼンタ部隊がエルフの里を全力で叩きに来るって感じ」


「な、に……?」


 マゼンタ部隊って、シアンの母親の部隊ってことだよな?

 それがここを攻めてくるのか? しかも全力って……?


「それを、教えにきてくれたのか?」


「ちげーし。最後まで聞けって感じ」


 露骨に嫌な目で見られて辛いが、堪える。

 ちょっとテンションの下がった俺を見下ろしながら、リリナは言う。


「この襲撃はエルフの里の北側、つまりこのあたりから行われるから、シーちゃんを南に逃がしてほしいって感じ」


「シアンを、逃す……?」


「そう。そうすればあーしらはシーちゃんと敵対せずに済むし、マゼンタ様とシーちゃんを戦わせないためにもこれだけは譲れないって感じ」


「お、おい。待ってくれよ」


 確かに、シアンが逃げればリリナにとってはいいのかもしれないが、それではきっとシアンは納得しないだろう。


「シアンはお前たちを止めるために敵になってもいいって覚悟してここまで来たんだぞ! それなのにお前たちのいない方へ逃げろって言っても、シアンは絶対に喜ばない!」


「あんた、何言ってんの……?」


 ピリッ、という殺気が、俺を突き刺した。


「あーしは、あんたが嫌われてもなんでもいいから、無理やりにでもシーちゃんを逃せって言ってんだケド」


「なにを……?」


「別に、あーしからしたらエルフの里がどうなろうが、あんたがシーちゃんから嫌われようがどうでもいいって感じ。それよりもあーしはシーちゃんを逃がしたいって感じ」


 なんだよそれ。

 シアンを逃がしたいって気持ちは分かるけど、どうなってもいいって。そんな極端な話を聞けってのか。


「そんな急に言われても、そんな極端な話じゃなくて、もっと別の選択肢だって――」


「そんな平和な選択肢なんてないから、マゼンタ様裏切ってまでここに来てんのが分かんねぇのかって感じなんだケド……‼︎」


 その激怒は異常な静かで、それ故にただの怒りでは感じない恐怖があった。

 グッと襟元を掴んで、可愛らしかった八重歯が恐ろしく見えるほどにリリナはギリギリと歯を鳴らしていた。


「最初に言った感じ。今、あんたとここで話してるだけで綱渡りだって。それだけ、マゼンタ様は危険って感じなんだケド」


「だから、シアンと戦わせたくないってことか……?」


「マゼンタ様は、敵なら例外なく全てを殺してきた。例えそれが、昨日までともに戦ってきた友人だとしても」


「そんなことが、あるのか……?」


「あんたは魔王軍幹部をシーちゃんしか知らないからそんなこと言ってるって感じなんだろうケド、実際、魔王軍ってのはそういう連中の集まりって感じだから」


 言って、リリナは投げるように俺の襟元から手を離した。急に離されたせいで、背中がゴンと石碑に当たった。


「つまり、シアンとマゼンタってやつが戦えば、シアンが死ぬって言いたいんだろ?」


 無言で、リリナは頷いた。


「でも、シアンに会ったとき、あいつは自分は魔王の次に強いって言ってたぞ。それなのに、シアンが死ぬってなんで言い切れるんだ?」


「確かに、シーちゃんは強い。単純な力だけなら、魔王様の次に並ぶって感じ。でも、違う」


 俺を貫くのではないかというほど真剣な眼差しで、リリナは続ける。


「シーちゃんがどれだけ強かったところで、マゼンタ様には勝てない。強いことと、勝つことは常に一致するわけじゃないって感じ」


「どう、いう……?」


「マゼンタ様の戦い方は、おかしい。あーしもスキルをちゃんと知らないから分からないって感じだケド、横から見ていて理解が出来なかったって感じ」


 これだけ言われれば、さすがに俺だってリリナの気持ちは分かる。

 シアンの母さんは敵なら躊躇いなく殺す人で、さらにシアンが強いとか関係なしに負ける。

 それを知っているから、居ても立っても居られなくなってここまで来たのか。

 そんな思いを、否定できるか……?

 俺には、出来ない。


「…………わかった。シアンは逃がして、助ける。絶対に殺させない」


「……その決断まで遅すぎるって感じ」


 文句を言いながらも、安心したようにリリナは息をついた。

 でも、俺の目的は、シアンを逃がすことじゃない。

 俺だって、これは譲れない。


「シアンは絶対に助ける。んで、エルフの里も、全部助ける」


 リリナは、何を言っているのか分からないというような表現で、小さな笑いすら浮かべていた。


「……本気で言ってる感じ?」


「ああ。全部救うって、決めたから」


「全部って、どこまで」


「俺が助けたいと思ったもの、全部だ」


「じゃあ、もしあーしがあんたに助けてって言ったら、あんたはあーしも助けるって感じ?」


「助けるよ。そのための力をもらったから」


 呆気にとられたリリナは、目を丸くして俺を見つめる。言葉を失っていたリリナは、数秒経ってようやく声を出す。


「……あはっ」


 可愛らしく、無邪気に笑いながら。


「あははははっ! ウケる。ちょーウケる! あははっ! なるほどなるほどっ! 究極に納得って感じっ!」


「な、なになに⁉︎ なんでそんな笑うんだよ!」


 笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭いながら、リリナは息を整える。


「シーちゃんってね、家出する前はあんまり人間のことが好きじゃなかった感じなの。それなのにいつの間にか人間と仲良くしてた感じだからどんな魔法で籠絡されたんだって思ってた感じなんだケド、これは納得って感じ」


「納得って……なにが」


「あんね、魔王軍とか、国とか、種族とか、いろんな要素がある中でそんなの関係なしに助けるとか甘いこと言うヤツなんか、この世界には普通はいないって感じ」


「まあ、勇者とかは魔王軍を絶対倒すって言ってたしな」


「そうそう。それが普通なの。それなのにあんたは人間なのに魔族で魔王軍のシーちゃんを助けて、エルフでも勇者でもないのにこの里を守ろうとしてる。種族も所属もめちゃくちゃって感じじゃん?」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 クリファたちと一緒に戦った時も、町についた次の日にその国の国王を助け出してるわけだし、それでいて俺は別に国の兵士じゃないからな。


「きっと、新鮮だったって感じじゃん? 良いも悪いもめちゃくちゃにして、とにかくまとめて救ってやろうなんて言う変なやつは」


「へ、変な奴ってなんだよ! 俺にはサイトウハヤトっていう立派な名前があってだな――」


「ハヤト、いい名前って感じっ!」


 楽しそうに笑って、ぐいぐいと顔を近づけてくるリリナ。

 サキュバスだからか、かなり際どい服を着ているので、いつポロリするかハラハラするような胸が嫌でも視界に入ってくる。

 ペロリと唇を舐めて、リリナは俺を見つめる。


「なんだか、あーしもあんたに興味湧いてきたって感じ」


 吐いた息が首筋を撫でてきた。

 なんだろう。とてもゾワゾワしてきた。


「ち、近い……っ!」


「あのさ、ハヤトはシーちゃんに吸われたことある?」


「あ、あるけど……」


「なら、シーちゃんの下位互換なあーしの吸血は、余裕で耐えれるって感じね?」


 あれ? 嘘でしょ? そういう流れ?

 待って、昨日の夜と今朝にシアンに吸われてるから軽くトラウマになりかけてるだけど。

 これ以上は死なないとしても痛みで気が狂う気がするんですけど。


「ちょっ、まっ……!」


「だーめ♡」


 逃げようとした俺の腕を、絡めるようにリリナは掴む。

 腕に、柔らかい感触があった。

 クソっ、逃げたいのに体がいうことを聞かない! このたゆんたゆんの胸には何か魔法でもかかっているのか⁉︎


「へへ。んじゃ、いただきますって感じっ」


「いやっ、やっぱり待っ――」


 かぷっ、という可愛らしい音が、首元から聞こえた。

 想像に反して、少しチクっとする程度の痛みしかなかった。

 シアンで慣れたのか。いや、リリナも下位互換と言っていたし、今までのシアンが異常だったのか。

 それより、リリナが俺の首元を噛んだっきり動かない。吸われてる感覚はあるけど、ほんの少しだけって感じだ。


「…………、」


 数秒経って、ようやくリリナは口を離し、ふらふらと俺から離れた。

 そして、彼女は、この世の地獄を見たような顔で、


「マッッッッッッッッズゥゥゥゥ‼︎‼︎‼︎⁇⁇」


「えええぇぇぇぇぇぇええ‼︎‼︎⁇⁇」


 ペッ、ペッ、と必死に俺の血を吐き出しながら、リリナは顔を歪ませる。


「不味い不味い不味い不味い! 何これ⁉︎ えっ、不味い不味い不味い不味い不味い! なんなのこれ⁉︎ あんた身体中に毒でも巡ってんの⁉︎」


「なッ⁉︎ んなわけないだろ! シアンはめちゃくちゃ美味そうに飲んでたぞ⁉︎」


「ハァ⁉︎ 魔族がこの血を美味く感じるわけないって感じ‼︎ こんな聖水を血で割ったみたいなのあーしらが飲めるわけないって感じ‼︎」


「例えが全くしっくりこねぇ! もっと分かりやすく言ってくれよ!」


 舌を出してどうにか不快感を和らげようと試行錯誤しながら、リリナは言う。


「とにかく、ハヤトの体に流れる血、それに魔力に人間じゃない……えっと、魔族には毒になるような、教会とかで集まる力みたいなのが流れてるって感じ」


「じゃあ、その聖なる力みたいなのが流れてて、それが不味さに繋がったってことか?」


「あーしもこんなの初めてよく分かんないけど、多分そうって感じ。ホント、体も中身もイレギュラーそのものって感じ」


 深いため息を吐くと、ようやく落ち着いたリリナはまだ少し不機嫌そうに腕を組んでいた。


「じゃあ、そろそろ戻らないとヤバイし、なんか腹立ったし、あーしは帰るって感じ。なんか腹立ったし」


「そんなにか! そんなに不味かったのか俺の血は⁉︎ シアン専用輸血タンクなんて悲しすぎるだろうがちくしょう!」


「本当に、そんな感じで全部守れるのか不安になってくるって感じ……」


「あ、いや! 大丈夫だからね! やるときはちゃんとやるから!」


「……なら、いいケド」


 渋々ながらも、リリナは頷いてくれた。

 そして、周囲を見回して、リリナはパチンと指を鳴らす。

 草むらの中から、エルミエルでリリナと出会ったときにわんぱくシアンが乗っていた魔物が現れた。

 確か、ドリアンとか呼ばれていたか?

 四足歩行で全身が毛に覆われた、色合いや模様はトラに似ているが、明らかに体つきがトラの比ではない魔物。

 鋼のような筋肉で包まれた、立てば三メートルにも及びそうなそれは、ペットのようにリリナに撫でられていた。


「それじゃ、約束だかんね」


「ああ。任せてくれ」


 俺が頷くとリリナは魔物にまたがって、すぐに視界から消えていった。

 ポツンと残されて、俺は慌ててエリヴィアたちと合流し、見回りを再開した。

 リリナの言う通り襲撃は夜のようで、昼間の今は野生の魔物がちらほら見られる程度だった。


 そして、夜になった。

 風は、妙に騒がしい。

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