第10話「あの子はライバル?」
エリヴィアの代わりに徹夜で見張りを続けていたのに、敵が現れるどころか魔物の陰すら見えないまま、無駄に俺の膝の上で寝るエリヴィアの寝顔にドキドキし続けるだけで夜は明けた。
朝日が昇ったあたりでエリヴィアが目を覚まし、入れ替わるように少しだけ睡眠をとらせてもらったが、腹が減ったシアンの吸血というなんとも豪快な目覚ましによって起こされ、若干寝不足気味に俺のエルフの里二日目は始まった。
朝食は初めて聞く果実でできたジャムが塗られたパンとサラダだった。
エストスがよく飲んでいる紅茶ととても合うらしく、エストスがかなり満足そうな顔をしていたため、一杯もらったが本当に美味だった。
てかエストスの紅茶を初めて飲んだ。あっさりした甘みが絶妙だった。
なんだか日本食が恋しくなってきたので、この戦いが片付いたらボタンにでも作ってもらおう。
朝食を済ませたら、ばっちり睡眠をとって元気いっぱいのエリヴィアが靴ひもをぐっと締めて胸を張る。
「さあさあ! 今日も元気に見回りに行くぞー!」
「見回りってことは、里の周りを歩くって感じか?」
「基本はそうだね! でも南の方は魔物が多いから少し遠くまで行くつもりだよ」
なるほど。だから昨日も俺たちのところまで来れたのか。
確かに、あれだけの量が来ていたら南は重点的に警戒すべきだよな。
「じゃあ、交代で行くか? みんなで行くよりも効率はいいと思うけど」
「ううん! もし何かあったときに戦闘と里への連絡を同時にやりたいから、基本はみんなで行くつもり!」
「でも、昨日は一人だっただろ?」
「普段は私とお姉ちゃんで見回りしてるから私が連絡をしてるのよ! このバカ!」
「なんでとりあえず質問しただけでバカ呼ばわりされなきゃいけないんだよこんちくしょう!」
ゴッ、ゴッ! とリヴィアが足を蹴ってくるのが地味に痛いが、なんとか堪えてエリヴィアへ言う。
「じ、じゃあ早速行こうか、エリヴィア!」
「ほいほーい! ほらリヴィア、行くよ」
「うん!」
なんだよエリヴィアとエストスにはデレるくせに俺にはずっと辛辣なままかよ。
テコテコと姉の後ろを追うリヴィアを背中を見ながら、愚痴の代わりにため息を吐き出す。
「すまないが、私は残ってもいいだろうか?」
「どうした、エストス。何かあったか?」
「いや、少しだけ気になることがあってね」
「気になること?」
「ああ。別に君たちまで巻き込むほどのことじゃないから、一人で行かせてはくれないかい?」
エストスが自分を優先するという初めての経験に少し戸惑ったが、そもそも戦闘要員は俺とかシアンがいれば充分なので、特に否定する理由もない俺たちは了承した。
ありがとうと、一言言って、エストスは別方向へ歩いて行ったのを見て、俺たちは早速見回りへ。
「魔王軍とか関係なしに野生の魔物も出るから、出たらちゃんと倒すよー!」
「ふっ、我が力の前には野に生きし獣も闇に染まりし獣も皆等しく敗者なり……!」
「基本的に集団で見回りするときは私の力があんまり機能しないから、ハヤトくんとシアンちゃんに任せるねー!」
慣れているのか、完璧な決めポーズをしていたリヴィアを見事にスルーして、エリヴィアは歩き出した。
エルフの里は丘陵よりは少し急な、なだらかな山を少し上った先にある、かろうじて居住地にできるぐらいの平地に位置している。
この山は基本的に木で覆われており、エルフの里の部分のみが禿げたようも思えた。
見回りとして俺たちが最初に進んだのは、やはり一番魔王軍の進軍が予想される南方だ。
今は太陽が高い位置にあるので正午くらいだろうか。
三〇分ほどかけて俺たちがエリヴィアと出会った位置も含めて見回りをしたが、急を要するような敵はいなかった。
それからは南方から時計回りに西側、そして北側へと回っていく。
特に目立った敵は発見できなかった。
問題といえば、数分に一匹程度出てくる野生の魔物なのだが、重要なのはその強さではなく、倒し方であった。
浅いため息を吐きながら、俺はエリヴィアへと愚痴をこぼす。
「なあ、あれってあのまま放置してて大丈夫か? なんか勝手に色々と消耗してる気がするけど……」
「うーん。かと言って止めたら止めたでまた面倒なことになりそうだねー。うーん、どうしたものかねー」
エリヴィアが腕を組んでむむむ〜と考え込むのも無理はない。
なにせ、問題は敵ではなく味方なのだから。
と、目の前に野生の魔物が出てきた。
次の瞬間、目の前を駆ける影が二つ。
「【
「【
たった一匹の魔物へ向かって、二人の少女が全力で牙をむく。
先に魔物へとその牙を、いや、手から伸びた五つの鋭利な爪を突き立てたのは、シアンだった。
ズバッ‼ と魔物が無残に縦に割け、異常な速さで地についたシアンは後ろから追ってくるリヴィアを見る。
「今度もシアンの勝ちだぞ!」
「う、うっさいわね! 少しだけ反応が遅れただけよ! 次は私の方が速いわ!」
「そんなことないぞ! シアンの方が速かったぞ!」
「知らないわよ! てかそもそも何よその体! 別人じゃない! 反則よ!」
「違うぞ! シアンはシアンだしこの体はスキルを使っただけだから反則じゃないぞ!」
二人が言い争うきっかけは、ごくごく単純で、それはそれは子どもの喧嘩のような始まりだった。
南方へと着いて魔王軍がいないことを確認する間にも、野生の魔物はちらほらと出現した。
エリヴィアは一対一などではあまりスキルが機能しない上に人数もいるから基本剣は抜かず、俺も何かあれば手を貸す程度でいいだろうと気を抜いていた。
そんな中、真っ先に攻撃を仕掛けるのはもちろんリヴィアだった。
スキルを使って足に風をまとい、加速、そして勢いをつけた高速の蹴り。
小柄な魔物を一撃で倒すと、リヴィアはシアンへ向かってこう言った。
「はッ! 魔王軍幹部なのに私よりも遅いなんてまだまだね!」
意外と、シアンの中には魔王軍幹部という肩書きを背負うプライドはあったらしい。
「なんだと! シアンは負けないぞ!」
そんな感じで、なぜかどちらが先に現れた魔物を倒せるかの勝負が始まった。
シアンも全力のようで、スキルを使ってグラマナスなナイスバディへと変身し、ステータスを大幅に上昇させて勝負に挑んでいた。
もちろん、リヴィアの勝ち星は最初の一度のみ。
十回魔物が出てきて、九回がシアンだった。いや、たったいまシアンが倒した魔物を含めれば十体か。
当然と言えば当然の結果だが、全て圧勝ではなく、今回のようにあと数秒早ければリヴィアの勝利というものがほとんどだった。
シアンの野生の勘のようなものが鋭すぎて常に先手を取られているのがつらいところだった。
「あーもう! なんなのよあんた!」
「そっちこそなんなんだ! シアンは何も悪いことしてないぞ!」
さっきエリヴィアと話していたらリヴィアが十四歳と聞いたので、実は十八歳のシアンがもっとお姉さんになってもいいんじゃないかなとまで思ってしまうほど双方共々かなり低レベルな言い争いだった。
どれ、これ以上勝手に疲れてこれからって時に力が出ないってのも困るからな。ちょっと動くか。
「ほら、シアン。お前も十八歳なんだから、もっと大人っぽく振舞ったほうがいいぞ?」
「そんなこと言ったって大人っぽくが分からないからシアンはシアンのままだぞ!」
確かに、シアンは出来ないというよりは知らないという場合が多い。
なら、どうしたらいいだろうか。
「じゃあ、エストスの真似してみるってのはどうだ?」
みんなのお姉さん、エストスの動きをトレースしてしまえば、嫌でも大人っぽい対応になるだろ。
なんて、思ったのだが。
「シア……、私に言われてもよく分からないのだ……ぞ、けど」
「ぎこちないうえに分からないってことをエストス風に言えとは言ってないよシアンさん!」
「そうなのか……い? シア……私は知らなかったぞ! ……よ!」
「待って待って逆に俺が何言ってるのか分からなくなりそうだからエストスの真似ストップ!」
ちょっとした思い付きが事故になってしまったので俺は慌てて方向修正を試みる。
「とにかくだ! シアンはもう子どもじゃなくて十八歳のお姉さんなんだから、もっと器を大きくしろってことだ! いいか!?」
「うーん? よく分からないけど分かったぞ!」
あ、これはダメなやつか?
かなりの不安がありながらも、自信満々な顔でボンキュッボンな体のシアンがリヴィアと向かい合うので、俺は固唾をのむ。
「シアンはお姉さんで器が大きいからリヴィアには負けないぞ!」
違う! 本当に微塵も伝わってない!
理解が難しいシアンの言い分を聞いて、驚きながらもリヴィアは声を上げる。
「な、なに言ってんのよ! 私だって負けないわよ!」
「シアンは負けてないぞ! 負けてるのはリヴィアだぞ!」
「だから反応がもう少し早ければ勝ってたって言ってるじゃない! スピードだけなら負けてないわ!」
ガミガミと口論が再び開始されてしまった。
何が正解なのかが未だに分からなかった。
「どうするよ、あれ」
「私にはどうにもできないよー。まあ、魔物は倒してるからいいんじゃないかなー?」
「そんなもんか!? そんなもんなのか!?」
お手上げの俺は頭を抱えて、ふらっとバランスを崩した。
と、何か俺の肩に硬いものが当たった。
「ん? 森の中にこんな大きな石があるなんてここじゃ初めて見たな」
見回りをしている中で初めて見た自分の胸元まである石を、不思議に思ってのぞき込むと、ただの石ではないと分かった。
文字が掘ってある……?
でも、何が書いてあるのか読めないな。
石碑の状態が悪く字が潰れているのではなく、はっきりとよい保存状態で掘られたそれは、俺の読めない言葉で書かれていた。
でも、この字、どこかで見たような……?
いろいろなことを考えながら石碑を見ていたら、いつの間にかエリヴィアたちが遠くまで歩いていることに気づいた。
おっと、はぐれたら迷惑かけるだろうし、追わないとな。
とりあえず場所だけ把握しておかないと、と思って俺は魔道書を開き、スキル【
どうやら、ここはエルフの里の北側のようだった。
ある程度の場所は覚えたので、俺は魔道書をしまい、もうすぐ視界から消えてしまう三人を追おうと――
「……みいつけた、って感じ?」
「う、うわっ!?」
ぐっと襟元を掴まれて、俺は石碑の裏へと連れ込まれた。
敵が来たと思って慌てて抵抗しようとすると、俺を引っ張った誰かは口元にそっと指をあてる。
「静かにしろって感じ。あーしだってかなり綱渡りなことしてるから、騒がないのが互いのためって感じ」
声を聞いて、そして振り返って、俺はようやく目の前にいる人物が誰なのかに気づく。
「……リリナ?」
「お。覚えてくれたって感じ? ご名答。あーしこそプリティサキュバスリリナちゃんって感じ?」
ペロッと舌を出して、あざとくリリナは言った。
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