第1話「空腹な少女は中二病?」

 

「……一体、これはどういうことなんだい?」


「いや、俺に聞かれても困るけど」


 いつもと逆の立場で会話をしている俺たちだが、エストスの顔の引きつり具合からすると本当に理解が出来ていないのだろう。

 まあ、俺もよく分かっていない。

 だって、


「ふふふ……、この業火に焼かれし肉塊が、渇いた我が肉体に再び生命の息吹を与えている……ッ!」


 声が発されたのは、この国の王女、クリファからもらった屋敷の、食事で普段使っている大広間。

 腹が減ったという少女のためにボタンが作ったステーキを頬張りながら、彼女は絶賛中二病な言葉を不敵な笑みを浮かべて発していた。


「あのさ。普通にステーキ美味しいって言った方がボタンも喜ぶと思うぞ?」


「うっさいわね! 一々口を挟むんじゃないわよ! 蹴るわよ⁉︎」


「俺は何か悪いことを言ってしまったのかい⁉︎」


 俺が困り果てて声を上げると、少女は口の中のステーキを無理矢理に飲み込んで不満そうに頬を膨らませる。


「ふんっ! せっかく気分良くお肉を食べてるんだから邪魔しないでよね!」


「どうしよう。俺、ボタンと初めて会った時と同じくらい上手くやっていけるか不安になってきた」


「私の第一印象ってそんなにも悪かったなのですか⁉︎」


 少女の分にさらに続けて俺たちが食べる料理を作りながらも器用にツッコミを入れるボタンはスルーするとして、とりあえずこの正体不明な少女には訊かなければならないことがたくさんある。

 まずは、


「それよりさ、君の名前とは教えてもらえないの?」


 俺が言うと、少女はピタリとステーキを食べる手を止めて、被っていた布で自分の顔を隠しながら小さく言う。


「…………言いたくない」

 

「あのさ。さすがに飯を食わせてもらっておいて名前すら言わないってのはどうなんだい?」


 呆れたように俺が言うと、隣でいつものように紅茶を嗜むエストスが口を開く。


「あんまり詮索しない方がいいと思うよ。エルフという種族はあまり自分のことを他の種族に言うことはないからね」


「そうそう。私たちエルフはスワレアラ国で昔に色々あったからこの国で自分がエルフだって知られることは基本避けなきゃ…………って、なんでバレてんの⁉︎ フードは取ってないのに!」


 少女が机をバン! と叩き慌てて立ち上がると、彼女の被っていた布がストンと落ち、隠されていたその顔が露わになる。

 エルフというからキリっとした目元かと思いきや、予想外に丸いクリクリな瞳とそれでも全体的には凛々しく見えてしまうのは綺麗に整った鼻や口と、エルフを特徴づけるとがった耳のせいだろうか。

 感想としてはボタンとエストスの中間点といったところだろうか。可愛いと綺麗が丁度よく二分割されているなと俺は素直に思った。


 それよりも、彼女がエルフだとエストスが知っているということは。


「……『視た』のか。エストス」


「逆に素性も知らない相手を普通に家に置いておけるほど私はお人好しではないからね」


 紅茶を一口飲みこみながら、エストスは静かに言った。

 ただ、もちろん俺は素直に納得はしない。


「嘘つけ。絶対ショタだったら何も気にせずに飯食わせてただろ」


「そもそも可愛い少年ではなく少女を拾ってきたハヤトに責任があると私には思うのだけれど」


「頭いい学者のくせに理屈もクソもないこと言って勝手に拗ねるのやめてもらっていいですかね⁉︎」


 なぜか責任を押し付けられた俺が声を上げると、横で聞いていた少女が耐えられなくなったのか俺よりも大きな声で叫ぶ。


「ちょっと! 大事な秘密を露わにされたのにどうして私抜きで話を進めているの⁉︎ 本当に信じられない! このバカ!」


「なっ⁉︎ ば、バカって言った方がバカなんだからな⁉︎」


「知ったこっちゃないわよ。それならあなたは『ば、バカ』だから私よりもバカってことになるわよこのバカ」


「な、なにを⁉︎ このバカバカ‼︎」


 その後も不毛なやりとりと何回か続けた後、ようやく俺は本題に入る。


「それで、もうエルフだってバレたんだから隠すことはないだろ? 名前はなんていうんだ?」


 俺が言うと、エルフの少女は一つ深いため息をついてから諦めたように言う。


「リヴィアよ。リヴィア=ハーフェン。なぜもう知られているのかは分からないけどエルフよ」


 随分と自分がエルフということに抵抗があるのだな、と俺が不思議そうな顔をしていたことに気づいたのか、説明するようにボタンが言う。


「エルフは昔にこの国で奴隷制度が活発に行われていたときに最も多く捕らえられた種族なのですよ。だからエルフはスワレアラ国の人が嫌いだし、スワレアラ国の人も元奴隷の種族として互いに嫌っているなのです」


「じゃあ、なんでそんな国に自分の素性を隠してまで……?」


 相変わらずステーキは頬張りながら、リヴィアは言う。


「勇者アルベルがこの町にいるって聞いたからよ。悪なら全て倒してくれるあの人を探しに来たの。あの人なら相手がどんな種族でも関係ないから」


 勇者アルベル、か。いい思い出はないな。


「ああ。あの勇者、ね」


 俺が言うと、リヴィアは目を丸くして立ち上がる。


「し、知ってるの⁉︎ もしどこにいるか知っているなら教えてちょうだい!」


「いやぁ。俺、あいつと喧嘩して嫌われてるからちょっと難しいかなぁ」


「何よ。あんた全く使えないじゃない」


「なんだと⁉︎ そもそも俺は「あんた」とかじゃなくちゃんとサイトウハヤトっていう名前がだな――」


 と、俺が言葉を止めてしまったのは、俺の名を聞いたリヴィアの表情が一気に変化したからだった。


「……え? サイトウ、ハヤト…………?」


「なになに? もしかしてこの平凡な名前のせいでさらなる暴言までいただけちゃうわけ?」


「本当に、あなたがサイトウハヤトなの?」


「え、うん。そうだけど、どうしたの?」


 丸い瞳をさらに見開きながら、リヴィアは俺を指差し、周りに座るエストスたちに小さく問いかける。


「ねぇ、もしかしてこの人って、めっちゃ強い?」


「気になるなら試してみたらどうだい? 普通の人間では怪我をさせることすら出来ないよ?」


「え、え、え? エストス? なんでそんなこと言っちゃうの? 大人しい子ならまだしも、こんな二言目には暴言の子にそんなこと言ったら――」


「――【疾風ゲイル】‼︎」


「へぶぅう⁉︎」


 有無を言わさずに繰り出されたリヴィアからの高速の蹴りによって、俺は数メートル後ろの壁へと突き刺さった。

 魔法のようなものを使っているのだろう。足に風をまとい、空中に佇みながら、リヴィアは自分の蹴りを炸裂させた先を見つめる。


(私の、風をまとって移動速度を数倍にはねあげるスキルを使った渾身の蹴り。これが直撃して立ち上がった敵は今までいなかった。手ごたえもあった。もし、これでも怪我すらしないのなら……!)


「……あのさ。だから、俺がどれだけ丈夫でもね? 痛覚は全く変化してないからめっちゃ痛いんだからね? そのうち拗ねて引きこもるぞこの野郎」


 もちろん怪我など一つもなく壁に突き刺さった体を引き抜きながら立ち上がる俺を見て、リヴィアは息を詰まらせた。


「…………本当に、無傷ですって……ッ⁉︎」


 驚きのあまり後ずさりをしながら、リヴィアは言う。


「あなた本当に、スワレアラ国の奴隷制度を再び崩壊させたエリオル=フォールアルドの仲間で、さらには勇者アルベルと互角の戦いを繰り広げたというサイトウハヤトなの⁉︎」


 なるほど、そういうことね。

 まあ、今言ったことは特に間違いがあるわけじゃないし、否定する理由もないな。


「あ、うん。まあそうだけど」


「なら、話は早いわ……!」


 言うと、リヴィアは静かに体勢を変え、右手で自分の顔を隠しながら、なぜか今までよりも声を低くして言う。


「ふっふっふ……、漆黒の闇に染まりし魔の手が伸びつつある我が同胞たちの住む里を貴様に救済させる権利を享受させてやろうではないか……!」


「……え? なんて?」


「だ、か、ら! 魔王軍に襲われてるエルフの里を助けろってことよ! 分かれバカ!」


「……………………え?」



――――

【リヴィア=ハーフェン】

【HP】 500

【MP】 650

【力】  60

【防御】 55

【魔力】 100

【敏捷】 350

【器用】 40

【スキル】【疾風ゲイル】【??】

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