第2話「サイトウハヤト、武器を買う」

 

 魔王軍の魔の手からエルフの里を救ってほしい。

 唐突に俺たちの前に現れたエルフの少女、リヴィア=ハーフェンはボタンの作った特製ステーキをモグモグと咀嚼しながらそう言った。

 若干言葉に迷いながらも、俺は答える。


「魔王軍、から?」


「そうよ。元々魔王軍に攻撃されてヤバいから勇者に助けを求めに来たの。でも、それと同じくらい強い人がいるならこれからまた勇者を探すよりもよっぽど効率的じゃない」


「……そうは言っても、なあ」


 問題は助ける助けないではないんだよな、と俺は隣に座る小さな少女を見つめる。


「……? どーした、ハヤト?」


「えっと、話聞いてた?」


「聞いてたぞ!」


「なるほど、よく分かってないってことだな。今回は間違えてないみたいだ」


 そんなことよりも、問題は魔王軍からエルフの里を助けるということなのだ。

 俺が助ける分には構わないが、もしそれにシアンがついていったりしたら、今度は帰る場所がなくなってしまうかもしれない。

 その事情が分かっているエストスとボタン(シアンの事情は風呂を覗いているときにさらっと言った)も少しばかり返答に困っているようだった。

 それでも、紅茶をコップの中で回しながら、エストスが口を開く。


「助けることに関しては、私たちは基本的に賛成だよ」


「ほ、本当!? なら、今すぐにでも――」


「しかし、君たちエルフに事情があるように、こちらにも事情がある。少しだけ席を外してはくれないか?」


「……わかったわ」


 期待と歓喜に表情が緩んだリヴィアだったが、少しだけ緊張感のある空気を感じ、少し不満げながらもリヴィアは席を立つ。

 パタンとドアの閉まる音を聞いてから、エストスは言う。


「では、これから先はハヤトに任せるよ。私たちは君の意見を尊重しよう」


 皆の視線を受けて、俺はシアンと向かい合う。

 現状をあまり理解しているわけではないのだろう。丸い目をパチクリさせながらシアンは俺を見ていた。


「あのさ、シアン。お前の仲間が、魔王軍が、さっきの子の住む場所を攻撃してるみたいなんだ」


 俺の顔を見ていたシアンの顔が、少しだけ悲しさの色で染まった。


「……そうなのか?」


「ああ。きっと、たくさんの人が苦しんでる。だから、俺は助けに行きたい」


「魔王軍のみんなは、悪いことをしてるのか……?」


 シアンは、両親が魔王軍幹部だ。この質問の答えは、きっとシアンだけじゃなく、彼女の全てを否定してしまうかもしれない。

 俺が決断することは、できない。


「シアンは、どう思う?」


 俺が逃げるように質問を質問で返すと、シアンは考え込むように下を向いた。


「シアンは……」


 シアンは大きく一つ、深呼吸をした。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「シアンは、今までシアンがしてきたことが良いことじゃないって分かったんだ。だから、みんなにも分かってもらいたいぞ。シアンたちが当たり前だって思ってたことが、本当は良くないことだって」


「……そっか」


 強くなったな、と言ってあげたいとも思ったが、なんとなく俺はそれ以上は言わなかった。

 俺は振り返り、皆に言う。


「行こう。エルフの里へ」




 そんなわけで、俺たちは早速屋敷の外へと出てきたわけなのだが、隣を歩くリヴィアが不機嫌そうに口を開く。


「……それで、私たちを助けてくれることになったのよね?」


「いいか、少女よ。何かを守るためには力が必要だ。そして、力を手に入れるためにはまず装備を整えなくちゃいけない」


 今俺たちは、このスタラトの町の中心街にある武器屋と防具屋を目指して歩いていた。

 理由は簡単だ。かつて欠陥魔道書のせいで魔法使いキャリアを諦めた俺だったが、勇者だのなんだの言っているうちに俺はふと思った。

 そうだ。剣士になろう、と。

 魔道書とかいうザ、魔法使い! みたいなもの最初から持っていたから変な固定観念に囚われていたのだ。剣士だって十分に格好いいのに。


「何を気取ったこと言ってんのよ! 私の攻撃で怪我で傷一つつかないなら武器も防具もいらないじゃない!」


 まあぐうの音も出ないド正論なのだが、ここで引き下がっては俺はこれから先防具も武器もない異世界生活を送ることになる。

 エルフの里の人たちには申し訳ないが、少しだけ時間をもらいたいところだ。

 だからまず、この少女を言いくるめなければならない。


「なら問おう! お前は、銀に輝く格好いい装備を身につけたいと思ったことはないのか!?」


「――!?」


「重く鋭い鉄の剣も、硬く強固な鉄の防具も、欲しいとは思わないのか!?」


「そ、それは……」


 躊躇うリヴィアに向かって、俺は低く太い声で叫ぶ。


「エルフの里を救うために戦う選ばれし戦士よ! お前にはすべてを蹂躙する最強の装備が必要ではないのか!?」


「…………ふっ」


 リヴィアは静かに顔を伏せて、にやりと笑った。


「ふははははは! さては貴様、今までの吾輩の演技に騙されていたな!? あれは貴様を試すためのくだらない問答に過ぎない! さあ! この選ばれし戦士、リヴィア=ハーフェンに見合う装備を早く探しに行くぞ!」


 ふはははー! と高らかに笑いながらノリノリで歩くリヴィアの背中を見ながら、エストスは小さく笑う。


「まあ、ハヤトに関しては武器や防具が余計な重りになるから行くだけ時間の無駄――」


「……おい、エストス。それ以上言ったらエリオルとの時間をもうセッティングしてやらないからな?」


「非力な彼には武器と防具を整える必要がある。さあ、じっくりと君にあうものを選ぼうじゃないか」


 さっそうと歩き出すエストスとその先にいるリヴィアに続くように、俺たちは武器屋へと向かった。



 歩くこと数分。俺たちは武器屋へとやってきた。ちなみに、家の留守番はボタン、シヤク姉妹に任せてある。まあ、別にこの国で嫌われていることはないから問題ないだろう。


 武器屋は木造建築で、家業で武器屋をやっているのか、一軒家の家の内装を整えたような作りだった。

 高価なものは一つずつ壁に掛けられ、安価な剣などは木製の箱に無造作に刺さっていた。

 とりあえず、俺は安物の剣を手に取る。

 カンストしたステータスのため、重いという感覚はなかった。ただ、ズッシリとした感じはするのでこれが本物の剣か、という初めての感覚に若干興奮気味だった。

 素朴な剣を握りながら、俺は隣に立つエストスに話しかける。


「てかさ、剣くらいだったらエストスのスキルで作った方が安いし早くない?」


「何度も言うけど、そもそも君には武器は荷物にしかならないんだよ?」


 そんなこと言われても、欲しいものは欲しいのだ。作ってもらえないなら買うしかないのだが、それよりも。


「はっはっはー! これぞ我が聖剣! 神の魔力を授かりし最強の剣なりー!」


 安物の剣を握って大層なことを店内で叫ぶ迷惑少女が、店主の呆れた顔を気にせずに幸せそうに胸を張っていた。


「なんか勢いで色々言ったら止まらなくなっちゃったけど、あの子どうするよ?」


「とりあえず何かを買ってやらなければあの熱は下がらないだろうね」


「だよなぁ」


 仕方がないと腹をくくり、俺はリヴィアに問いかける。


「えっと、欲しいのとかある?」


「買ってくれるの⁉︎」


「お、おう。出来る範囲なら」


 そう俺が言うと、キラキラと輝く目で周りを見回しなが、リヴィアは店内を早歩きで進み始めた。


「えっと、じゃあじゃあ! この剣でしょ! この短剣も格好いい! あ、この剣も鍔がタイプ! あれ⁉︎ こっちって防具も売ってたの⁉︎ うわあ! 凄い凄い!」


「……あれ?」


 なんだかキャラがブレブレじゃないか、この子。

 いや、今までの強気でたまに中二病じゃなくて、これが本当のリヴィアなのか? いや、まあこれならこれで無邪気な女の子だから可愛げがあっていいんだけど。

 目を輝かせる少女に、俺は一応声をかける。


「えっと、そんなにお金持ってきてないから買えても一つか二つだぞ……?」


「え……?」


 まるで親族の死を知ったかのように放心し目を開く少女は、宝物のように武器や防具たちを手で抱えたまま棒立ちになっていた。


「いや、そもそも俺の武器を買いにきたわけだし……あの、本当にごめんな。あんなに楽しそうに見てたのにさ」


 あまりに残念そうな顔をするリヴィアを見て何もしていないのに罪悪感すら生じてきた俺は早口気味に言うと、顔に生気の戻ったリヴィアは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「……ふ、ふん! 別にあなたにここで何かを買ってもらおうだなんて思ってないわよ! いい武器が売っていたから手に取ってその質を確認していただけよ!」


「ここにきてまたそのスタイルが復活するとは思わなんだが!?」


 強く言う割に武器を戻すしぐさはどこか寂しそうなのがまた俺の罪悪感を駆り立ててくるので、とりあえず何か一つは買ってあげようと思い、俺は商品の並ぶ棚を眺める。

 買うとするなら、リヴィアに合った装備がいいよな。

 だったら、これなんかどうかな。

 俺は一つ目についた装備を手に取り、拗ねながらも横目で気に入っていた剣を見ているリヴィアに話しかける。


「なあなあ。これなんかどうよ」


「これは、グリーヴ?」


「そうそう。リヴィアに合うかなって思って」


「これ……を?」


 俺が持ってきたのは、比較的軽めに作られたひざ下からつま先まで守ってくれるグリーヴだ。

 理由は単純にリヴィアの攻撃手段が足だからなのだが。


「ほら、お前さっき俺に攻撃したとき足使っただろ? あれ結構は強烈だった。いい蹴りだったぜ。だから足技中心のリヴィアならこれを履けば自分の足が怪我することもないし、蹴りもさらに強力に……って、あれ? もしかしてこれってリヴィアの蹴りが強化されて俺の痛みが増えてしまう可能性もあるのか? なんか不安になってきた――」


「格好いい……!」


 心の底から溢れた本心だったからか、俺の言葉は小さな一言で停止した。

 それ以上の言葉はなかったが、静かに輝く目を見ればそれ以上の説明はいらなかった。


「それじゃあ、これと俺の使う剣を買ってくるからちょっと待っててな」


「え……? いいの?」


「一つや二つなら買えるよ。安心してくれって」


 俺が言うと、リヴィアは突然不気味に口角を上げた。


「……ふっふっふ。いい心がけだ。貴様の所持するその白銀のグリーヴは我が神の速さを手にするための礎となろう……ッ!」


「ははっ。確かに、リヴィアなら本当に神の速さを手に入れちまうかもな」


 俺が素直に返事をすると、想定していた答えではなかったのか、リヴィアは少し戸惑うった表情になった。


「……え、な、なにを……?」


「だから言ったろ? 強烈な蹴りだったって。一応避けれそうなら避けようとは思ってたんだけどさ、避けようと思った時には当たっちまってた。速さだけなら勇者にだって勝てるかもしれないぞ?」


「そ、そう……」


 なぜか急にリヴィアが黙ってしまったので、俺はそのまま会計へ向かう。

 ちなみに、俺の使う剣は何がいいとかを全く知らなかったので、とりあえず格好よさ重視で大きめの剣を選んだ。

 と、そこで俺は袖を誰かに引っ張れた。

 振り返ると、シアンが俺の後ろで物欲しそうな顔をしていた。


「なーなーハヤト。シアンの分はないのか?」


「え? シアンって武器いるの?」


「いらないけどシアンだけないのは嫌だぞ!」


「なんか理不尽そうな理由に思えるけど実際俺もそうだから拒否できない!」


 というわけで、シアンには体格にあった短剣を買うことになった。

 それを持って、シアンは嬉しそうに飛び跳ねる。


「おー! これでシアンもさいきょーだな!」


「それなくてもシアンは充分強いだろ……?」


 まあリヴィアもシアンも嬉しそうだからよしとしますか。

 会計を済ませて、俺たちは店を出る。

 そのあとは遠征になるので食用やらなにやら遠出に必要なものを一通り整え、俺たちはスタラトの町の門近くまで来た。

 ふと横を見てみると、リヴィアが俺の買ったグリーヴをさっそく履いていた。


「お、意外と似合ってるじゃん! やっぱ格好いいな!」


「え、ええ……」


 返事に戸惑いながらも、リヴィアは答え、そして少し黙ってから顔をわずかに赤に染めて呟く。


「あ、……ありがと」


「なんだ意外と素直だな。俺は単純な男だからもっと言ってくれたたくさん買ってあげるぞー」


「――【疾風ゲイル】‼」


「ふぐぁぁあああ!?」


 ドカンッ! とすさまじい音を立てて俺の体がまた壁に突き刺さった。

 とてつもなく痛いが、怪我は案の定ない。

 強引に壁に埋まった体を引き抜こうとすると、ふん! とそっぽを向くリヴィアを気にすることなくエストスが俺の近くに歩き、言う。


「ハヤト。これからエルフの里に行くのだろう?」


「蹴られた直後で涙目の俺を見てなぜそんないつも通りの顔で質問できるのかという疑問は置いておいて、まあ、そうだな。もう荷物も整えたし、もう出発でいいんじゃないか?」


「なら、少しだけ寄り道をしてもらいたいのだけれど」


「いいけど、どこに?」


 壁に半身が埋まったまま、俺がなんとなく問いかけると、エストスは懐かしむように、遠くを見るように目を細めて、絞り出すように言った。


「……私の、故郷だよ」

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