第17話「天才学者なお姉さんエストス」

 その光景を見て、どんな感情を抱けばいいのかさえ、その時の俺には分からなかった。

 エストスは、跡形もなくなった細身の男がいたはずの場所を静かに見下ろしていた。

 最初に口を開いたのは、俺でもエストスでもなく、敵である大男の方だった。


「がっはははは! 凄え! 凄えじゃねぇか! こんなに強い奴らと戦えるなんて、この仕事を紹介してくれたやつには感謝しかねぇ!」


 エストスのあれだけの戦闘を見て、それでも興奮が湧いて止まらないのか、大男は無邪気な子供のように笑っていた。


「そういえば、名乗ってなかったな! こんな強い奴らと戦うのに名乗らないなんて失礼にも程がある! 俺はミラルド。ミラルド=ジョアメルンだ」


「……エストス=エミラディオート」


「俺はサイトウハヤトだ」


 俺とエストスが名乗ると、男はよし、と一言声を出してから二本の剣を構える。


「さあ、殺し合おうぜ。二人まとめて来い」


「一つだけ、聞いていいかな?」


「おう、なんだ」


「私たちの目的は奴隷制度を壊すことだ。ここで君が引いたところで後ろから刺すようなことはしない。また別の機会に戦うのではダメかな」


「やーだね。そんなことしたら逃げられちまう。進まなきゃいけねぇ理由の前に立たないとお前らみたいなのは戦わないだろうからな」


 ミラルドはさらに一歩前へ進んだ。

 エストスは残念そうにため息を吐く。


「なら、仕方ないね」


「ああ。仕方ない」


 先に動いたのは、ミラルドだった。

 気がついた時には、もうエストスの正面にいた。

 さっき俺に攻撃した時と同じように、瞬きをした次の瞬間にはもう間合いに入っている。

 どういうことなんだ⁉︎ 


「【一閃】‼︎」


「なるほど。これは速いね」


 簡単な感想と共に、エストスは軽くミラルドの必殺の一太刀を避ける。


「避けるだろうなァ! お前なら!」


 ミラルドの攻撃は一回では終わらない。俺の時もそうだったはずだ。

 二刀流の左手に握りしめたもう一本が、エストスを両断するために高速で振られる。


「【二閃】‼︎」


「確かに速いけれど、私を切るにはもう少し速くないと無理だろうね」


 地面と水平に振られた剣をエストスは屈んで避け、自分の上を剣が通過する直前にその刀身を下から魔弾砲で打ち上げる。

 真横に降るように体を動かしていたミラルドは、不意に軌道が斜め上に変わったせいで体制が崩れる。


「左がガラ空きだ」


 ドンッ! っと空中に魔弾砲を打ち、一瞬で無防備となったミラルドの左へと回り込み、魔弾砲を向ける。


「……恨まないでくれ」


「何言ってんだ。最高だったぜ」


 エストスは、力強く魔弾砲の引き金を引いた。

 三メートルを超える薄紫の塊が、ミラルドを飲み込んで突き進む。

 壁にぶつかった瞬間、爆音と共にミラルドは地面へと倒れた。


「魔道砲を真正面から受けても五体満足なのは誇るべき耐久力だ。胸を張るといい」


 格好良くミラルドから背を向けたエストスに、俺は声をかける。


「え、エストスさん……?」


「どうしたんだい?」


「情報量が多くて色々聞いて整理したいんだけど……」


「まぁそうなる気持ちは分からない事はない気がするから聞くだけ聞いてあげよう」


「なんだか馬鹿にされてる気がするが気にせず質問するからな。まず、あの遺跡に封印されてたのは王族を殺したからなんだよな」


 エストスは小さく頷いた。


「そうだね。奴隷制度を廃止させるための反乱軍のトップとして、私が責任を取る形になったからね」


「でも、国全体を巻き込んだ反乱なんだろ? エストスが責任を取る必要なんてあったのか?」


「もちろん。私がやったことは本流の王族を全て殺して分家と総入れ替えをしたんだ。大元の元首は変わっていないのに、親族を殺した私が英雄扱いされてしまっては、奴隷制度を再興させたい輩が同じように反乱を起こすかもしれないしね。私が正義であってはいけなかったんだ」


「……そっか」


「何、気にすることはない。不老不死の呪いのおかげでまたこうして過ちを正すために動けるんだからね」


 優しく笑うエストスに、俺は目を合わせられなかった。

 たまに笑うエストスの破壊力凄まじいから直視できない。どうしよう。


「そ、そうだ! それ、そのゴリゴリな装備たちはどうしたんだ?」


 俺が指差したのはエストスのガントレットとグリーブだ。おそらく遅れた原因がこれなんだろうけど、これも同じようにガチャガチャと組み立てたのだろうか。


「これは防具というよりは戦闘を補助する装備だね。例えば、このグリーブだけど」


 言った途端にエストスがいつの間にか五十メートル以上も離れたところにいた。

 え、え、瞬間移動した⁉︎ どうなってんの⁉︎ 

 驚いているうちに、再びエストスが目の前に帰ってくる。


「原理は魔弾砲と同じだよ。グリーブの中で無限増長する魔力を放出して地面を蹴る。ただ、構造上魔弾砲と違って連射式にできないから、短時間に何度も連続では使えないんだけどね」


「じゃあ、真っ直ぐ進むことしか出来ないんじゃねぇの?」


「だからこその、魔弾砲だよ。見ていただろう? これを打った反動で進行方向を無理やり変更してるんだよ。そして、その反動で体を壊さないための衝撃吸収装備が、こっちのガントレットだね」


「なるほどなぁ。それなら強いわけだ」


「ただ、封印された時のように素材が何もない場所に閉じ込められると何も作れないからどうしようもないのだけれどね。あそこにあるものだとティーセットやら椅子やらが精一杯だったよ」


 いつもどこからティーセット出してるのかって不思議に思ってたけど、エストスのスキルで作ってたのか。

 納得して落ち着いた俺は、改めて周囲を見渡す。

 魔弾砲が何度も撃たれたせいで今いる建物はボロボロに半壊していた。壊れた穴からここよりも大きな建物が見えるので、クリファたちはそこへ行ったのだろう。

 続いて、これだけの戦闘をした為、四方八方から兵士たちの声が聞こえ始めた。警戒しているだろうけど、間もなく突入してくるだろう。


「陽動も楽じゃないな。また兵士たちがたくさんくるぞ」


「ハヤトと私がいればただの兵士に遅れを取ることはまずないから瓦礫の下敷きにならないことだけ考えて動けば充分だろうね。逆にここで待ってほとんどの兵をこの場所に集中させるほうがいいかもしれない」


「なるほど、じゃあ準備を整えつつ兵士たちを返り討ちに──」


 何故だろう。俺は瞬間的に、寒いと感じた。

 理由はすぐに分かった。

 後ろだ。後ろから、死が迫ってきている。


「──【一閃】‼︎」


「危ねぇ、エストス」


 ゴッ‼︎ と鈍い音が、俺の体に響いた。

 全身血まみれで左手はダラリと力なくぶら下がるミラルドが、残った全てを注ぎ込んだ一撃を放ったのだった。


「やっぱり強いな、サイトウハヤト。俺の剣じゃ、お前には届かなかった」


 エストスを庇った俺は、ミラルドの剣を腕で防いだ。カンスト耐久力のおかげで、剣の方が負けて刀身が折れてくれたのは嬉しい限りなのだが。

 それよりも、この異常な痛みを持ってお前の剣は届いてないとはどうしても言えなかった。


「いや、むっちゃ届いてる。届いてるよ。見て、腕から血が出てるんだ。めっちゃくちゃ痛い。あ、これはシアンに並ぶ痛さだ」


 切り傷だけじゃなく打撲の痛みも、ガンガンと響く。まるで金属バットで全力で殴られたような痛みが継続的に腕から全身へ流れていく。

 冷たい汗が流れているのを感じた。

 ただ剣が折れたミラルドは、その心も折れてしまったようで。


「……がっはは。負けた。負けたよ。俺じゃお前は切れない。殺し合いは俺がもっと強くなってからだ」


 ミラルドは動かなくなった左手を抑えながら、足を引きずり、俺たちから背を向ける。


「一つだけ、言っておくぞ」


「……なんだ」


「このまま進めば、奴隷制度をどうにか出来たとしても、お前たちは確実に反逆者だ。他の国へ逃げても、凶悪な手配人として生きることになる。それでもいいのか?」


 答えたのは、エストスだった。


「君は、私の覚悟が分かってないみたいだね」

 

 あまりにも迷いのない即答に、ミラルドは顔だけをこちらへ向ける。


「誰かを理不尽から救うことが罪となるのなら、私はその罪に、その闇に、何度だって足を踏み入れよう」


「……負けたよ。これも負けだ。好きにしな。表で金が稼げなくなったら俺の名前を出せ。いくらでも仕事を流してやる」


「出来る限り世話にならないように上手くやるよ」


 俺の返事を聞いて、ミラルドは少しだけ笑みを浮かべ、瓦礫の隙間からどこかへ去っていった。


「なぁエストス。俺たち、悪者になっちまうんだよな?」


「このままいけば、そうなるだろうね。奴隷制度を表に出しても、表立って何もやってない以上、裏から全てもみ消されるだろうからね」


「はぁ、異世界に来て二日目に犯罪者かぁ」


「まぁ、その罪もどうやら楽しみものになりそうだからね、ハヤト」


 こんな状況で普通に笑っているエストスは何を考えているのだろうか。

 それよりエストスのお姉さんオーラプンプンな笑顔がドキドキする。


「お、おう。そうだな」


 俺が返事をすると同時に、周囲から兵士たちが現れた。


「クリファたちは上手くやってるかな」


「心配ならこの兵士たちを早く片付けてしまうじゃないか」


「それもそうだな。行こう、エストス」



 そう告げて、俺たちはたった二人で一〇〇人を軽く超える兵士たちへ向かって静かに歩き出した。


 決着は、近い。

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