第16話「大罪人エストス」

 戦闘が始まって俺が一番最初に抱いた感想は、たった一言で要約できる。


 びっくりした。


 いや、だって気がついたら目の前にいるんだもん。慌てて体勢をそらしたから避けれたけど、俺以外じゃなかったら確実に死んでるよね。

 居合、と言っていいのだろうか。剣を抜くと同時の一閃。ただ、あまりにも距離を詰めるスピードが速すぎる。

 普通に怖くなった俺は急いで距離をとる。


「おお。凄いな、お前! 俺の【一閃】を避けたやつは初めてだ!」


「え、殺し合おうって言った瞬間に一撃必殺かますとか言ってることとやってることと違いすぎないですかね……?」


「いやいや、でもさ、俺の初撃を避けれないやつとはそもそも殺し合えないんだよね。ほら、俺の攻撃って速いから」


「そういう風に自画自賛するやつは大抵地雷って俺は高校で学んだから絶対にお前とは友達にならねぇからな」


「がっはははは! 面白いな、お前! 気に入った!」


 ヤバイヤバイヤバイ。自分が嫌われてることに気づいてない人って本当に苦手なんだけど。やめてほしいのに距離を凄い詰められるのめっちゃ苦手なんだけど。

 と、思ってるうちに大男は物理的に距離を一瞬で詰め、再び剣を振り上げる。


「やっぱり速え……ッ‼︎」


「それを避けてるお前はもっとヤベェやつって自覚がないってのも面白えな、おい‼︎」


 俺が避けて体勢が崩れている間に、男はもう二本目の剣を抜く。


「【二閃】‼︎」


 海老反りになっている俺の体を上下二つに分けるために、男は左手で抜いた剣を真横に降る。


「うおおぉおお⁉︎」


 シュバンッ! って風を切る音が、海老反りの姿勢からそのままブリッジをして紙一重で避けた俺のへその上で鋭く響いた。

 またまた超危ねぇ‼︎ 浪人中に気分転換でやってた柔軟がこんな時に役立つとは!

 剣の技術は物凄いけど、身体能力自体は負けてない。これなら上手く避けつつパンチを撃てば素人の動きでも勝てるはすだ。

 そう思って、ほんの少しだけ油断したのがダメだったのかもしれない。


「僕も戦闘要員なんですから、攻撃してもいいですよね?」


 声が聞こえた方へ目を向けたが、そこには人の姿は見えなかった。

 見えたのは、半透明な薄紫色に染まった、魔力で出来た特大弾。


(嘘だろ、これってエストスが使ってた魔弾砲じゃ──)


 ドガンッ! と電車に轢かれたかのような衝撃が体に走り、そのまま俺は壁へ叩きつけられた。


「いってぇ…………」


 服はボロボロで体がジンジンするが、さすがカンスト耐久力なだけあって、怪我自体はなかった。

 城の壁に埋まった体を力で外へ出すと、銃のようなものを持った細身の男は目を丸くする。


「おお。これでも普通に立ってるなんて、あなたは本当に強いみたいですね。動きの素人臭さとのギャップが少々疑問ですが、それを考慮しても強大な力ですね」


「だろ。【二閃】まで避けやがったんだ。半端じゃないぜ、こいつ」


 戦いを楽しんでいるようにか見えない二人に違和感を覚えた俺は、衝撃で乱れた息を整えながら口を開く。


「お前ら、この国の兵士じゃねぇのか……?」


 俺が問うと、色黒の巨漢は剣を握ったまま答える。


「そんな訳ないだろ。臨時の増援として雇われたんだ。まぁ、白か黒かって言われたら真っ黒だろうけどな」


「この国も随分と裏との繋がりが強いみたいで、私たちみたいな金を稼ぎたい殺し屋を護衛として雇ってるみたいですね」


「じゃあ、奴隷売買もその一つってことか?」


「奴隷に関しては俺たちの管轄じゃねぇから何とも言えねぇな。いいビジネスだとは思うけどな」


「…………は?」


 息が止まった俺には気付かず、敵は話し続ける。


「そうですね。この国の状況下でどうやって王族の支援を得たかは分かりませんが、国に保護されれば各国の貴族へ高額で質のいい若い男女を売りさばけますからね。羨ましい限りですよ」


 なんなんだ、こいつら。

 奴隷がいいビジネス? 羨ましい?

 何を言ってんだよ。俺が知ってるのはボタンだけだけど、他にもたくさんの人が家族を奪われて、それでも何も出来なくて泣いてるんだぞ?


「ふざけるなよ」


「……あ?」


「ふざけるなよ! 奴隷っていうクソみたいな商売でどれだけの人が苦しんでると思ってんだ‼︎」


 俺が叫ぶと、二人は数秒目を合わせてから、


「がっははははは‼︎ 何を言ってんだ! 別に俺たちは何にも損なんかしてねぇのに何を必死になる⁉︎ むしろ裏にいる俺たちからしたら今みたいに奴隷っていう美味しい商売のおこぼれでがっぽり稼げてるんだぜ⁉︎」


「異論なし、ですね。むしろ王族とのパイプすら持っている奴隷商たちとのコネを作れる方が私たちの人生は華やかになりますからね」


 沸々と、自分の中で煮えていく感覚があった。

 泣いている人がいるのに、助けられる力を持っているのに、どうして助けない。

 裏の世界にいるんだ。仲間が殺される辛さだって知ってるはずだ。なのに、なのにどうして奪われる人の気持ちを分かってあげれないんだ。


「なんなんだよお前ら。どうして助けないんだよ! そんなに強いのに、どうして⁉︎」


「助ける理由がないから、だな」

「ですね」


 きっぱりと、今日は晴れだと朝起きてから外を見た最初の一言をいうかのごとく、彼らは告げた。


「理由なんて、いらねぇだろ。泣きながら助けてっていう子がいたら、それで助ける力を持ってるのなら、助ける以外の選択肢なんてねぇだろうが!」


 俺は叫んだ。少しでもこの怒りが届くように、必死に叫んだ。

 でも、届かない。


「やーだね。俺は助けるよりも殺す派だからな。それに弱いやつが生きてたって俺と楽しく殺し合いなんか出来ないだろうが」


 悔しいと、そう思った。

 続いて、言いようもない怒りが湧いてきた。

 こいつらはここでぶっ倒さなければならないと、そう思った。


「ふざけてんじゃねぇぞクソ野郎どもがぁぁぁああああ‼︎」


 そして状況が動いたのは俺が地面を蹴ろうとした瞬間だった。


「よく言った、ハヤト。それでこそ魔道書に選ばれた人間だ」


 ドガンッ! と衝撃とともに壁に巨大な穴が空いた。

 そこから歩いてくるのは、黒髪ロングで眼鏡をかけ白衣を羽織った、大昔に遺跡に封印された大罪人である天才学者、エストス。

 先程別れた時はその見た目は少し変化していた。

 魔弾砲は二丁になって、両手に握られており、その手は魔弾砲と同じように元々他のものだった素材を無理やり捻じ曲げたような肘まで守るガントレット。さらに足にも同様にグリーブが装備されていて、それら全てから薄紫色のオーラのようなものが滲み出ていた。

 随分と白衣と似合わない装備に身を包んだエストスは、堂々と歩きながら言う。


「時間がかかったがフル装備だ。これで私はとても強い」


 その姿を見て、物珍しそうに細身の男は微かに笑う。


「今の攻撃、そしてその手に持つ武器。もしかしてあなたも【遺産レガシー】を?」


「……何のことだい?」


「僕たちが生まれるずっと昔、あなた方のように奴隷制度を壊すために反乱軍として戦った人々がいました。そしてその反乱軍の中心にいた一族が、当時の叡智の最高峰であるエミラディオート家でした」


 これは確かクリファから聞いたことのある話だ。

 ただ、一つだけ。


「エミラ、ディオート……?」


 どこかで聞いたことのある名前だな、と思った。しかし、どこで聞いたのか思い出せないで俺が眉間にしわを寄せていると、細身の男が続きを話す。


「そしてこの武器が、反乱軍のトップにして戦闘において右に出る者がいなかったとされるエミラディオート家の歴史上最も優れた天才学者、そして当時の本流の王族を全てその手で殺した大罪人の作ったものです。もっとも、当の本人はどこかへ封印されたらしいですが」


「……、」


 エストスは、何も言わなかった。

 ただ静かに、細身の男が語ることを聞いていた。


「エストス……?」


 ここまでくれば、俺でも分かる。

 なぜエストスが奴隷制度をあそこまで嫌うのか。なぜエストスが長きに渡りあの遺跡に封印されていたのか。なぜエストスが奴隷制度を壊すために先頭を歩くのか。

 殺したんだ、その当時の王族たちを。奴隷制度を壊すために、ひたすらに血に染まり続けたんだ。


「隠していたつもりはなかったんだ」


 少しだけ寂しそうに、エストスは言った。


「許せなかったんだ。誰かのために他の誰かが理不尽に苦しむ姿が」


 魔弾砲を握る手を震わせながら、エストスは言った。

 だから俺は、こう言った。


「格好いいじゃんかよ、エストス」


「…………、」


 素直な感想だった。俺みたいなポッと出のぼた餅チートみたいな存在が恥ずかしくなるくらい、立派にヒーローじゃんかって、そう思った。

 だから俺は、こう言った。


「ぶちかましてやれ、エストス。もしこれが罪になったとしても、俺も一緒に封印されてやるから」


「……全く。出会って間もない女に対してそう言った言葉をかけるのが随分と好きなみたいだね」


「う、うるさいやい! そう言われると恥ずかしくなるから言うんじゃねぇよ!」


「あははっ。本当に、サイトウハヤトという人間はどうやっても変わらないのだね」


 震えの止まった手で少し魔弾砲を握り、目の隈が酷く、不健康そうなのに巨乳で、身につける装備には不釣り合いな白衣を着たその女性は、エストス=エミラディオートは、惚れそうなくらい美しい笑顔でこう言った。



「君となら、私はどこへ閉じ込められても怖くない気がするよ」



 地を蹴る音がした。


「一つ、教えてあげよう」


 声が聞こえた時には、エストスは細身の男の目の前にいた。


「お前、いつの間に……ッ!」


「私の魔弾砲はただその中で無限増長する魔力を打つだけじゃない」


 細身の男はその手にある魔弾砲を目の前のエストスへ向け、その引き金を引く。

 しかし、そこにはすでにエストスはいない。細身の男は一瞬迷ってから上を見上げる。

 そこには、魔弾砲を下へ打ってその反動で無理やりに進行方向を上へと変えたエストスがいた。


「魔弾砲は、自在に魔力の出力を調節できるから強いんだ。ただ大砲のように使うだけでは勿体ないぞ」


「一体あなたは何なんですか⁉︎ どうして今の時代にこの武器をそこまで理解し応用できる人間が存在するのです⁉︎」


「……愚問だな」


 つまらなそうな顔で、空中にいるエストスは上へと魔弾砲を向け、自らの下にいる細身の男の方へと魔力の反動で進む。

 速すぎるその動きに、細身の男は魔弾砲の銃口を上へ向けることが間に合わない。

 そして、細身の男が魔弾砲の引き金を引く前に、エストスはそれに触れる。


「【神の真似事リアナイテーション】《分解リセット》」


 唱えた瞬間に、細身の男の魔弾砲がガチャガチャと音を立て、瞬く間にただの鉄屑へと変化する。


「な、なんだ⁉︎ 何をした⁉︎」


「私が作ったんだ。私が壊すのも勝手だろう?」


 ボロボロと自分の手の中で鉄屑へ還っていく魔弾砲を信じられないような目で見つめながら、細身の男は叫ぶ。


「な、なんだと……ッ⁉︎ じゃあ、じゃあ、まさかお前が⁉︎」


「エストス=エミラディオート。大昔に封印された、王族殺しの大罪人だよ」


 武器を失った細身の男へ向かって、エストスは引き金を引く。


「……ぁ」


 ドガンッ! という爆音と共に魔弾砲の中で増え続ける魔力が一斉に放たれ、周囲の瓦礫ごと吹き飛ばす。


 細身の男の生死など、言うまでもない。



――――

〜Index〜

【エストス=エミラディオート】

【HP】800

【MP】500

【力】 30

【防御】35

【魔力】50

【敏捷】25

【器用】80

【スキル】【神の真似事リアナイテーション】≪組立ビルド≫≪分解リセット≫ 【分析眼アナライズ

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