第15話「開幕」
「いいのかい? 彼女たちを置いていってしまって」
「色々考えたけど、やっぱり連れて行けないなって思ってさ」
「まぁ、その判断は間違ってはいないと思うよ。ハヤトがいいなら、私は何も言うつもりはないからね」
道を歩く俺にエストスがこんなことを言ったのは、俺がシアンとボタンを店に残すという判断をしたからだった。
「あれだけの戦力だとしても、事情が複雑なシアンの力を表に出したら後々面倒になる。俺たちだけならまだしも、一緒にいたクリファまで反逆者だなんて言われたらどうしようもない」
「私にとって自分の正しさを貫くためなら罪人になっても構わないけれどね」
「お前、俺よりもずっと頭が良いんだから王女って立場の難しさは俺より分かってるはずだろうに」
「なんだ、随分と素直だね。撫でてあげようか?」
「いいながらエリオルの頭を撫でてることを無視すればときめく場面だったのに本当にお前は……」
はぁ、と一つため息が出た。
シアンとボタンだとなんかの拍子で過剰防衛で数人ぐらい殺しそうな空気はあるが、俺はちゃんとシアンに「魔王軍幹部だってバレると色々とヤバイから何があっても戦うな」って言っておいたから大丈夫だろう。
「……おい、愚民」
「いいかお姫様よ。俺の名前は愚民じゃなくてハヤトだからな? ちゃんと覚えて」
俺は再び顔が見えないように大きな布を上から被ったクリファへと注意した。
「今は王族の宿泊先であるスタラトの町の城へ向かっているのは分かるのじゃが、こうも堂々と歩いてよいのか? もっとこう、奇襲や潜入をイメージしておったのじゃが……」
「直す気がないのは分かったから名前は諦めるとして、そうだな、簡単に言うなら、目的が奴隷解放じゃなくて奴隷制度そのものをもう一度ぶっ壊す事だからかな」
「…………? どういう意味じゃ?」
「裏からコソコソ攻めて奴隷を解放するのではなく、堂々と正面から奴隷制度を壊すと宣言した方が、リスクは大きいがその分の影響は段違いだからね」
未だにエリオルの頭に手を置いてほっこりしながらも、エストスは答えた。
そして、「ただ」と彼女は付け加える。
「今回の襲撃が成功すれば、王族の権威は必ず失墜する。そのことは分かって私たちについて来ているのだろう?」
「……うむ。妾たちはやってはいけないことをした。その罪は償う必要がある。妾がここに立つのも償いのためじゃ」
エストスは静かに笑いながら「そうか」と頷いた。
歩いていくうちに、視界に巨大な建物が映る。
それを細い目で見ながら、クリファは言う。
「あれが、妾たち王族が宿泊している城じゃ。……本当に正面からでいいのじゃな?」
俺はそっと視線を上げる。
町にある城だから小規模だろうと予想していたが、異世界は俺の予想をはるかに超えてきた。
一目見ただけではその全体は捉えきれないほど大きい。昔に甲子園球場へ試合観戦をしに行ったことがあるが、その時の球場よりも敷地自体は広く感じた。
城と呼んでいるが、高さ自体は一番大きくても五階ほどの高さだった。高さではなく面積にこだわったのだろうと勝手に推測する。
恐らく石造りを基本にした城壁で巨大な敷地を囲み、庭と呼ぶには大きすぎる中庭を挟んで複数の建物を作り、その中心に宿泊施設を設置しているのだろう。
きっと上から見たらバアムクーヘンの中心の穴に城を築いたような見た目になっているのだろうな、と俺は一人で理解した。
そして、今俺たちがいるのは一番外の城壁から五〇メートルほど離れた位置。もう敷地へ入るための大きな扉は目と鼻の先だった。
皆が自然と足を止めた。
「引き返すならここだけど、どうする?」
「愚問だね。止まる必要などないくらいだ」
「ふん、勇者である僕に覚悟を問うなど何様のつもりだ」
自信満々な二人の後は、王女様だ。
少し目をつぶり深く息を吸って、クリファは顔を上げる。
「行くぞ。この国に住む全ての民を救う時じゃ」
「よし、じゃあまずは俺が一発かましてくる」
「……ハヤト」
歩き出そうとした俺をエストスが呼び止めた。そして俺の横に立つと、俺の目を見つめながら彼女は笑う。
「私の作った魔道者を受け取ったのがハヤトで良かったよ。その力は絶対に正しく使われなければならないからね。ありがとう、ハヤト」
「止めろ。可愛い顔してそんな素直にお礼言われたら惚れちゃうだろ」
「ははっ。別にそれでも構わないよ。むしろ、ハヤトなら惚れられた責任を取ってあげてもいいくらいだけどね?」
嘘だろ、なんだこの破壊力。本当にドキドキしてるんだからこれ以上彼女という概念から生涯を通してずっと遠かった俺を困惑させないでくれ。
「い、いいから行くぞ!」
逃げるようにして城へと俺はちょこちょこと走っていく。まぁ、もちろん扉の前で門番に止められるんだけど。
「待て! ここは現在国王様と王女様が宿泊されている! 名と目的を言え!」
さて、どう言おうかな。
目的は正面突破だし、色々考えるのも面倒だし、率直に言うか。
「えっと、奴隷たちを解放して奴隷制度をぶっ壊しに来ましたー」
「…………は?」
そりゃそうだよね。こんな道場破りみたいなことしてもすぐに理解なんか出来ないよね。
しかし、すぐに我に帰った門番たちは互いに目を合わせて、
「……捕らえろ」
「ですよねー」
複数いた門番のうち一人が応援を呼びに城壁の中へ入り、残った門番たちがゆっくりと近づいてくる。
これで奴隷制度を表立って言われると困るような状態なのは分かったし、まぁいいか。
じわじわと剣を抜いて近づいてくる門番たち。
「見せてやるぜ。カンストステータスの全力パンチだ」
殴り方も知らないくせに、俺は右腕を引いて腰を捻る。そして、こちらへとやってくる門番たちに向かって全力で右の拳を突き出す。
パンッ! という弾けるような音が、直接打撃が当たっていないはずなのに俺の拳から響いた。
それが高速で放たれたパンチの威力によって空気が弾けた音だったということを、俺は後から付いてくる現象を見てから理解した。
俺のパンチは、巨大な大砲を放ったかのように向かって来ていた門番たちを吹き飛ばし、そのまま城壁の扉まで破壊した。
「おお。さすがカンストステータス。威力が違うなぁ」
俺は肩を回しながらまるで他人事のように感心する。まぁ、魔道書のおかげで手に入れた力だから実感が未だに湧いてこないのが原因だと思うのだが。
しかし、そんな事情を知らない王女と勇者は幼さの残る瞳を大きく開いていた。
「な、なんじゃ。おぬし、魔法使いではなかったのか……?」
「え? いや、特に職業みたいなのは決まってないっていうか浪人生だから…………あれ、浪人生って無職じゃん。え、俺無職じゃん。散々助けるとか格好つけておいて俺、無職じゃん。待って、そんな現実急に突きつけないで泣きそう」
「ハヤトは少々特殊な事情で全ての力がずば抜けていてね。見ての通り残念な感じだが、戦闘においてはまず負けないはずだよ」
やっぱりそうだよね。無職は残念だよね。あ、でも俺もう死んで異世界にいるじゃん。なんで悩んでんだ俺。
「ああ! 俺に任せとけ!」
「僕は負けないからな! さあ、進むぞ!」
ドヤ顔をする俺の横を負けず嫌いな勇者が歩いていく。
ついでに、俺が盛大に攻撃をぶちかましたおかげで援軍やらなんやらどんどんと兵士が集まってきていた。
「じゃあ、手筈通りに行きますか」
「うむ」
城の襲撃については、俺とエストスが陽動で兵士を集め、クリファとエリオルが国王の元へ走る。
これについては、クリファ立っての願いだった。なんでも、どうしても父親と話したいことがあるのだとか。王族に関しては分からないしクリファの真剣な目を見たら断る理由もなかった。
そんな訳で俺とエストスが先に歩こうとしたところで、
「ま、待て!」
「おう? どうしたクリファ」
「…………とう」
「え、なんて?」
「ありがとう、ハヤト。必ず、生きて帰ってくるのじゃ。そうしたら……」
何かが照れくさいのか、もじもじしながらクリファは被っていた布をさらに深くかぶる。
「妾は…………嬉しい、のじゃ」
なんだこいつ。めっちゃ可愛い。
照れて布からはみ出てる耳が真っ赤になってるのもポイント高いぞ。
でも、ここは男として格好つけなければ。
俺はクリファの頭にポンと手を置く。
「安心しろ。笑顔で帰ってきてやる」
くしゃくしゃとクリファの頭を撫でると、耐えきれなくなったのか俺を睨みつけて、前蹴りで腹を蹴る。
「分かったら早く行くのじゃ! 兵士もすぐそこまで来ておる!」
「分かった分かった。お前こそ気をつけろよ」
「当たり前じゃ。一国の王女の舐めるでないぞ」
言って、クリファはエリオルと共に俺たちとは別の方向へ走り出した。
「それじゃあ、俺たちも仕事をするか」
「ああ、そうだね」
「てか、エストスって戦えるんだけっけ」
「素手では一般人とケンカをして普通に負けるだろうね。ただ、『素材』が豊富な今なら、話は別だ」
エストスはしゃがんで、さっきの俺のパンチで気を失った兵士たちの装備に触れる。
「【
エストスが何かを唱えた途端、門番の持っていた甲冑や剣などあらゆる装備品がガチャガチャと音を立ててまとまり、その姿を変えていく。
そして最終的に音が落ち着いた時にエストスの手にあったのは、俺には銃にしか見えなかった。
「それは……?」
「魔力増長循環型連射式魔弾発射砲、と名付けてはみたけど、長いから
俺はエストスの手にある魔弾砲とやらに目を移す。俺がテレビで見たことある銃というよりは、それこそ装備品をかき集めて無理やりに形作ったかのようなゴツゴツとした、銀色の水鉄砲のようにも見えた。
「それで、その銃の威力とやらはどんな具合なんだ?」
「今はまだ『弾』が入っていないんだ。ハヤト、魔道書を開いてもらっていいかな」
「ん、いいけど、急にどうした」
「まぁ、『弾』の装填で一番手取り早いからね。あ、これだ。このスキルを習得してくれ。もうポイントがどうのとかは思ってないのだろう?」
製作者がバグ公認ってやっぱりどうなってんだとツッコミを入れたくなるが、ぐっとこらえて俺はスキルを習得する。
──残りポイント 17000
「スキル【
「この魔弾砲を対象に魔力を注ぎ込んでくれ」
俺は言われた通りに魔弾砲に魔力を注ぎ込む。魔力がアメジストのような半透明の薄紫色だって知ったのは、この時が初めてだった。
ある程度集まったのか、エストスがもういいと言うので俺は手を離す。
「これでいいのか?」
「ああ。後は勝手にこの中で魔力が循環して魔力が無限に増長していくからね」
「え、弾数無限ってこと?」
「正解とは言えないけれど、間違ってはいない。実際に見たほうが早いかな」
エストスは俺の横を通り過ぎると、こちらへ向かってくる兵士の大群に向かって魔弾砲を向ける。
「安心するといい。殺さないように手加減はしてあげるから」
ドガァァン‼︎ という爆音が、引き金を引いた瞬間に辺りに響いた。自分の顔よりも小さいような魔弾砲であるのに、直径三メートルを超えるほどの魔力の塊が発射された。
周りの空気と地面を抉り取るように進むその弾は、兵士たちを進む風圧だけで体を浮かせ、直撃する前に全てを弾き飛ばす。
「……すっげぇ」
「その魔道書を作ったのが私だということを忘れてはいないかい?」
そうは言われても、ここまでの威力をいざ見せられると言葉を失うに決まってるじゃねぇか。
俺の驚いた顔を面白そうに見ながら、エストスは歩き出す。
「おそらく、この先にはもっと強い敵がいるだろう。もう少し装備を整えるから、先に行っててくれ。三分で追いつく」
「分かった。早く来いよ」
振り返らずに、俺は走り出す。
現在いるのは城壁の扉を抜けた中庭だ。城は囲まれているため、中心まではある程度の建物を経由する必要がある。
そして、俺は建物の壁にぶつかった。一見した限り、入り口は見えない。
あくまでも俺たちの仕事は陽動だ。とにかく敵を倒して、とにかく目立つ必要がある。
「壁を見つけたら止まらずぶっ壊す。いくぜオラァァァァ‼︎」
痛いのを必死に我慢して、俺は壁を吹き飛ばす。壁一枚なら全力パンチでほとんどが吹き飛ぶから止まる必要はない。
それでも、俺は足を止めてしまった。
「おうおう。随分と生きのいいガキがやってきたじゃねぇか」
「それにしても、こんなに簡単に兵士が戦闘不能だなんて。僕たちを雇ってなかったら今頃どうなっていたんでしょうね。やろうと思えば普通にこの国なんて落とせるんじゃないですか?」
「まぁなんでもいいや。さっきの壁をぶっ壊したのがこいつなら、きっと楽しめるだろうからな」
立っていたのは、二人の男。
一人は腰に二本剣を指した色黒で筋肉質の大男。剣士というよりはボディビルダーとライフセーバーを兼業してますって言われたほうが納得できそうな見た目だった。
もう一人は逆に不健康そうなほどガリガリだった。長い間切っていないのか乱雑に伸びた髪を整えることなく、衣服もボロボロになったえんじ色で自分の体よりもずっと大きい服を着ているため、パジャマのまま外に出てきたのかと思うほどだった。
ただ、どちらも普通に生きてきた人間にはどうしても見えなかった。
言葉に出来ない禍々しさが、針のように俺の肌に刺さる。
そして、大男のほうが腰にある剣を一つ抜き、切っ先を俺に向ける。
「さぁ、殺し合おうぜ」
たった一言、男がそう言った瞬間に全てが動き出した。
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