第12話「また来ちゃった」
「ちくしょう! なんだあの姫! 普通に足速くねぇか⁉︎ 街中だと危なくて全力で走れないし、本当にちくしょう!」
「慎ましやか以外の言い回しは認めんぞ愚民がぁァアアア‼︎」
「何にも言ってないのに凄まじい被害妄想とえん罪の嵐に俺は泣きそうだぞこの野郎! クソッ! こんな姫にもう敬語なんて一生使ってやらねぇからな!」
もちろん、ステータスがカンストしているので普通に走ってきて追いつかれることはないのだが、あれだけ鬼気迫るものを感じると一九歳浪人生は単純に怖いのである。
というか宿どうしよう。とりあえず走ってるけどこの状態で行っても追い出されそうだな。
という訳で……
「……また来ちゃった」
「ふっふっふ。たった一日にして常連さんの称号を獲得したハヤトさんにはおかえりなさいませ、とそれこそメイドのようにお迎えしてやるなのですよ」
結局、ぶっ飛んだ奴らが店に入ってもなんとかなって、なおかつ宿も兼ね備えた場所をここしか知らない俺は、『食事処 夢郷』に帰ってきた。
ボタンは嬉しそうにスカートの左右の端をそれぞれの手で摘んで上品にお辞儀をした。
多分、初見だったら喜んでいただろうけど、街中を走り回ってこの店の食事代がいかにぼったくりかを知った俺はさすがに笑っていられなかった。
「いや、ごめん。今回は緊急事態だから来たけど、ここがぼったくりだって分かったから多分次から来ないと思うんだ、うん」
「そ、そんな⁉︎ だ、ダメなのですよ! 確かに値段は高いしこれから先も値下げは考えてないけど、味はしっかりしてるなのです! 値段だけで価値を判断するなんてどうかしてるなのですよ!」
ごめん。必死に身振り手振りで説得しようとしてるけど、ちょっと何言ってるのか分からないや。
「もう触れるのも面倒だからなぜか反省することのないお前は無視するとして、今日の用事は…………えっと」
言葉の詰まる俺を見てボタンがキョトンとした顔をした瞬間、俺の背後から物凄い声が聞こえた。
「未来が保障されておる時点で妾はもう既に巨乳であろうがァァアアア‼︎」
ドンガラガッシャーン‼︎ とドアを蹴破って入ってきたのはシアンの見た目をしたこの国の第一王女、クリファだ。
「暴論と開き直りを同時に行う荒技に出やがった⁉︎ そもそも俺は何も言ってないし、というか最初はお前の勘違いじゃねぇか!」
「ど、どうしたなのです⁉︎ 一体何をどうやらかせばこんな修羅場へ発展するなのですか⁉︎」
「すまん! ドアは弁償する! とりあえず部屋を貸してくれ! どっちだ⁉︎」
「こ、この上に一部屋あるのでそこを使えなのです! そこの階段を登れなのですよ!」
ボタンが指をさす方向に向かって走りだし、俺は急いで部屋の中へ入る。
よし、色々ゴタゴタがあったけどとりあえずは逃げ込めたぞ。シアンとエストスもそのうち追いつくだろうし、ひとまずは安全か。
「そしたら、あの姫をどうすっかだな」
あの暴君をどうにかしないと、事が先に進まない。怒りを鎮めるためにはどうすればいい。
マズい。階段を駆け上がる音が聞こえる。どうする。
「こうなりゃ一か八かだ! こいや!」
俺は迎え撃つようにクリファを正面に見て、魔道書を取り出す。
次の瞬間に、暴君クリファがこちらへ飛びかかってきた。
すまない。しかし、これは仕方のないことなんだ!
「オラァ!」
「にゃ……?」
クリファが可愛らしい声を出した理由は簡単だ。
俺の手が、慎ましやか以外の表現を許さないクリファの胸元へ当たっていた。
もちろん狙ってだ。違うぞ。ただ触ろうとした訳じゃない。勘違いはいけないからな。
まぁ、当のクリファは勘違いしちゃってるみたいで、顔を真っ赤にしているが。
「…………き、きさッ! 貴様! わっ、妾の、わらわら妾のむ、胸を……っ! し、処刑じゃ! 殺す! 殺してやる!」
それこそ肉食動物のように歯をむき出しにするクリファに対して、俺は得意げに笑う。
「はっはっは。バカ姫様よ。自分の胸を見てみるんだな」
「こ、これは……!」
クリファが驚くのも無理はない。なぜなら彼女の外見を元に戻してやったからだ。最初に出会った時と同じように金ピカの装飾だらけのいかにもなお姫様が目の前にいるのだが、それだけではない。
俺はもう一度、クリファに【
「妾の胸が、グラマラスなナイスバデーに⁉︎」
「ふはははは! この魔道書の力があればそんなことお茶の子さいさいよ! さぁ! 心を鎮めるがいい、クリファよ!」
「その口調はかなり腹が立つが……、まぁ、これなら…………許してやらんこともないかの」
よかったぁ。これでようやく落ち着いて楽にできるぜ。
俺が大きく息を吐いたところで、シアンとエストスが戻ってきた。
「どうやら、無事に少女を匿うことに成功したみたいだね」
「あぁ。それじゃあ、色々と話を聞くとしますか」
まずはどうして王女を匿うような事態になってしまっているのかを聞かなくてならない。
クリファを三つあるベッドのうちの一つに座らせる。
改めて、俺は部屋を眺めてみた。大きさは普通のホテルと変わらない程度だな。当然のように電気は通ってないのでテレビや冷蔵庫はない。洗面台もない。この調子じゃあ風呂もなさそうだな。
ただ広さは四人でも窮屈には感じないし、ベッドも三つある。この店はステーキもそうだったけど、質は問題ないけど値段が異様に高く設定されているようだった。
「話をする前に、礼を言おう。ありがとう」
ベッドにちょこんと座るクリファは小さく頭を下げた。
なんだ、ちゃんと礼も言うのか。てっきりあの暴君っぷりだし、もっと上からくると思ったけど。
「まぁまぁ、良いってことよ。こっちも色々と訳ありな奴らだからな」
「別にお主に感謝などしておらん。そこの二人の方がよっぽど仕事をしてるではないか、ふんっ」
「なんで俺にだけ辛辣なんだよこの姫⁉︎」
「ハヤト。そんなことよりもこの姫様から事情を聞こうじゃないか」
俺が「そんなこと⁉︎」と若干涙目になりそうになっていることなど構うことなく、クリファは話し始める。
「妾の王族は基本的にはこの町ではない王城に住んでおるのじゃが、今日は年に一度、国王と第一王女がスタラトの町へ訪れる日だったのじゃ」
「ほーん。だからあの大通りを大所帯で進んでいたのか」
「そうじゃ。そして、妾が逃げるきっかけとなったのはスタラトの町での宿へ着いてからのことじゃった」
視線を落として、クリファは膝に置いた手を高価そうな服ごと握りしめる。
震える体を落ち着かせるためか、一つ息をついてからクリファは口を開く。
「おかしいと思ったのじゃ。王族の移動に商人の馬車が後ろからついてくるなど。どうして今まで気づけなかったのじゃ……!」
「おいおい、勝手に完結されても分からねぇから俺にも分かるように言ってくれよ」
「…………見てしまったのじゃ。妾は見てしまったのじゃ。妾の父、国王ランドロラン=エライン=スワレアラが奴隷売買をしていた瞬間を」
「それってどういう──ッ⁉︎」
クリファの正面にいた俺を突き飛ばして、彼女の胸元を掴んだのはエストスだった。
「どういうことだ⁉︎ 奴隷制度はずっと前に廃止されたはずじゃなかったのか⁉︎」
「妾だって知らなかったのじゃ! 知っておったらずっと前に動いておる!」
なんだなんだ! たった一言でどうしてこんなにヤバい事態になってるんだ⁉︎
「お、おいエストス! 止めろって! 相手は王女だぞ!」
「そんなこと関係ないッ! 奴隷制度は廃止され、禁止された! なのに、なのにまたこいつらは!」
「いいから止めろ! こんなところでクリファに詰め寄ったところで何も変わらねぇだろ!」
俺が言うと、震えるほど力強くクリファの襟元を握りしめてした手から少しずつ力が抜けていく。
「………………そうだね。すまない、取り乱してしまって」
「いや、気にするでない。奴隷制度は妾や父上が生まれるずっと前に廃止されて禁止されていたものじゃ。妾も奴隷には反対の身である以上、こんなことになっておることに気づけなかったのは悔やんでも悔やみきれん」
「なぁ、この世界では奴隷ってどういう扱いなんだ?」
奴隷についてはどうやら俺の世界とは全く別の歴史を持っているみたいだ。色々と聞いておく必要があるな。
俺の質問に答えるのは、ベッドに座っているクリファだ。
「妾には歴史として学んだ知識しかないが、このスワレアラ国はずっと昔に奴隷制度が国の保護を受けて正当化されておったそうじゃ。そんな中ある一族を筆頭に組織された反乱軍の熱がスワレアラ国全体に伝わり、奴隷制度に賛成していた王族を全て殺したそうじゃ」
「そんな凄い反乱があって、国がひっくり返ったりはしなかったのか?」
「反乱軍は奴隷制度に反対していた王族の分家を持ち上げて本流を入れ替えたんだよ。だから国はそのままで中身が入れ替わったという感じかな」
「うむ。そしてその時に正式に本家となった王族の末裔が、妾じゃ」
どうだ、という顔で胸(スキルで巨乳になっているように見せている)を張って俺のことを見たところで反応に困るんだけど。
例のごとくいつの間にか自分用のティーセットをどこからか取り出してエストスは紅茶を飲み始めていた。
「確認するが、今も昔に出来た奴隷制度の禁止は続いているのだろう?」
「うむ。間違いなくこの国では今も明確に奴隷制度と人身売買が禁止されておるのじゃ」
「そんな国のトップが奴隷売買に手を染めちまっていたってことか……」
「妾がこの事を知ったのも偶然じゃった。ふらっと外を歩いていたら父上と誰かの話し声が聞こえて耳を傾けてみたら、奴隷売買の取引じゃった」
「それがバレたから今は追われてるってことか?」
少し悩むように間を置いてから、クリファは答える。
「おそらくそうじゃろうな。少し経ってから父上に『先程は何か見たのか』と問われて、異常な父上の圧力に怖くなって逃げ出したのじゃ。そうしたら、父上は兵士を動員してまで妾を追い始めた。魔法使いによって宿泊先の一角が吹き飛んだ時は死を覚悟したのじゃが」
「なるほど。少し前に見た黒煙はその時の攻撃で上がったものだったのだね」
静かに紅茶をすするエストスとは裏腹に、今までの事を思い出したのか、クリファは嫌な汗を流して下を見ていた。
「…………あの時の父上は、本当に父上だったのじゃろうか」
「どういう意味?」
「妾を問い詰めた時の父上の顔が、今でも脳裏に焼き付いておるのじゃ。あれは妾が慕っていた優しく器の広い父上にはどうしても見えんかった。それに、そもそも兵を使ってまで妾を捕まえようとすること自体が父上らしくない」
「そんなにも奴隷売買を見られた事が都合が悪かったのかな?」
「確かに、一度それで革命が起きておるくらいじゃから敏感になるのは妾も分かる。それでもやはり、あの父上は……」
沈み込むクリファ。部屋に沈黙が流れるが、そんな流れを変えるのは案の定、話について行けなくなっていた魔王軍幹部の小さな女の子。
「…………ネムネムだぁ」
ふと木組みで出来た窓から見える景色を見てみる。いつの間にか部屋の中まで暗くなったいた。電気が通ってないからか、天井や壁、棚にあるランプに火をつけて明かりを確保する。
電気がない夜なんて初めてだった。小学生の頃に行った林間学校でのキャンプファイヤーくらいじゃないだろうか。
人工的な明かりがないからか逆に月明かりの主張が強く、町が闇に沈んでいるようには見えなかった。
「今日は色々なことがあったからね。まだ時間はあるし、こういった場合は寝れる時に寝たほうが後々の体力にも関わる」
「それじゃあ、これから就寝ですかい。して、ベッドしか三つしかないのはどうするよ。やっぱり誰か椅子で寝るか?」
「いや、私がシアンと一緒に寝よう。スペース的にも問題はないからね」
「なるほど。つまりは俺のラッキースケベ展開はないってことで……いや、シアンさん眠いなら条件反射的にその可愛らしい八重歯を僕に向けることなんてしないで寝てしまっていいんですよいやおやすみなさい僕はもう寝ますはい! おやすみ‼︎」
なんで美少女と美人しかいない空間で逃げ込むようにベッドに入らなきゃいけないんだちくしょう!
そんな悔しさを抱きながらも疲れが溜まっていたのかものの数分で俺の意識が夢の世界へ旅立ったのは秘密にしておこう。
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