第10話「エレガントなプリンセスとサプライズなエンカウント

「ウマウマぁ。もう、食べれないぞ……」


「さすがにこれ以上食われると俺たちの資金どころかそれ以外にも影響が出てくるぞ。ほら見てみろ、お前の過剰発注のせいでボタンがぶっ倒れそうになってるぞ」


 今、俺たちはシアンの空腹をどうにかするために再び『食事処 夢郷』に来ていた。ここに着いた途端にシアンの暴食が始まり、この店にある食料を全て飲みこもうとしているのではないかと思うほどに出てきた料理をぺロリと平らげた。


 最初の方は売り上げが伸びることが嬉しかったのかこの店の店主兼メイドであるボタンもノリノリだったのだが、シアンの止まらない食欲は彼女から嬉しい悲鳴を出させていた。


「もう、動けない……なのです。なんという、なんという胃袋なのですか……がくっ」


「それにしても、なんで一人で店なんかやってんだ? 誰か一人くらい雇っちゃえばもっと楽に仕事できるだろうに」


 俺が問うと、力なく机に突っ伏していたボタンは顔だけを回して俺の方を見て、生気の抜けた顔で不器用に笑う。


「へへ……誰かを雇う金もないからそんな希望は無駄なのですよ……てかそもそも誰かを呑気に雇う金があるなら商売なんてやってねぇなのです。ぐへ、ぐへへ……」


 度々思うけどこの子の口調って癖凄いな。

 それよりも、気になるのは口調よりも中身だった。


「そんなに金が必要なのか?」


「必要も必要。たんまりの金が必要なのですよ」


「それは大変だな。なんか買いたいものでもあるのか?」


 ボタンの表情が一瞬で変わったのは、人の気持ちを察せない俺でもよく分かるほどだった。明るく笑っていたはずのボタンの目元が、冷酷で、それでいて後悔の詰まった目に変わっていた。


「そう、なのですよね」


 重々しく、彼女は口を開く。


「買いたい、なのです。私の人生全てを使ってでも、意地でも買わなければならないものが私にはあるなのですよ」


「ちなみに、その買いたいものを教えてもらうことはできるのかな?」


 問いかけたのはエストスだった。彼女は彼女でまたどこからかティーセットを持参して優雅に紅茶を口にしていた。


「ごめんなさい。言いたくない、なのです」


「それなら仕方ない。深入りはしないでおこう。安心してくれ。私は君の心の奥へ土足で入ろうだなんて思っていないからね」


「大丈夫なのです。気にする必要はないなのです。あなたたちが何か悪いことをしたわけではないなのですから」


 少しだけ重い雰囲気なので、話の話題を変えた方がいいと思った俺はちょっぴり明るめな声を出す。


「なぁなぁ、シアンの腹を満たしたはいいけどさ、次はどうするよ」


「ちなみに聞くけれど、住む場所は確保しているのかい?」


 そうだった。この世界に来たばっかりってことは住む場所も何もないってことじゃないか。金はなんとかなったからいいけど。さて、どうしますかね。


「いいや。俺はついさっきここに来たんだ。家どころか宿も探してねぇよ」


「なら、ある程度の期間は宿で泊まるべきだろうね。早々に家を買っても何か起こった時に融通が利かないだろうし」


「なるほど。んじゃあまずは宿を探しますか」


 言った途端に、ボタンがガバッと顔を上げた。

 先ほどまでそのまま加工すればミイラにでもなってしまうのではないかと思うほどに干からびでいた髪も服もピンク一色の少女は、不敵な笑みを浮かべていた。


「なんとなんと。あなたたち、宿をお探しなのですか……?」


「なんだなんだ。ボタンさん、もしかして……?」


 実はボタンの店がぼったくりな気がして、ついさっき通りすがりに宿屋の看板を見てきたんだ。大体相場は一泊七〇〇ディールくらいだ。これを越すなら少し検討していく必要があるな。


「ふっふっふっ。実はこの二階に一泊二〇〇〇ディールで──」


「よし、シアン、エストス。宿を探しに行くぞ」


「ま、ままま待つなのですよ! この二〇〇〇ディールにはちゃんとふかーい訳があるなのです! 値下げをする気はないけれどとりあえず話を聞いてくれなのですよぉ‼」


「構わん! 逃げろ! 収入源が安定するまでは節約しないとのちのち絶対にヤバくなるに決まってる!」


 このままだとたんまり稼いだ金がなくなっちまう。今は安い宿を探すしかない!

 俺はシアンとエストスの手をとって焦ってひきとめようとしているボタンを振り切って外へ飛び出した。



 いつの間にか、夕暮れ時になっていた。この世界に来た時は空があれだけ青かったのに、太陽も沈み始めて淡いオレンジ色のグラデーションが空いっぱいに広がっていた。


 もう一つ気付いたことは、この町が想像以上に大きかったことだ。基本的にはレンガ造りの民家が大体だが、武器屋や防具屋など、異世界でないと見れないものあってちょっと興奮気味だった。今まで色々と町を歩いてきたが、見た事のない風景が続くことが多かった。

 新鮮味が抜けなくてキョロキョロと周りを見ていると、気になることが一つ。


「なんだ、あれ」


「煙……火事かなにか、じゃないかな」


 視線の先に映るのは、美しいグラデーションをマジックで台無しにするような真っ黒な波線が空に浮かび上がっていた。

 方向的にはこの町の中心みたいだけど。何があったんだろう。


 まぁ、気にすることもないから普通に宿を探そう。

 そうして普通に歩いていると、正面から誰かが走ってきていた。

 二車線ほどの幅のある道で人通りもそこそこあるのにその誰かが目についたのはなぜか濁った色の布を頭からフードのようにかぶって走っていたからだ。さらに背も低い。中学生くらいだろうか。


 さらに、しきりに後ろを気にして走っているから危なっかしい。

 何か訳ありなのかな、と思ってその人を見ていると、横からシアンが袖を引いてくる。


「ハヤトー。シアンは眠くなってきたぞ……」


「おいおい。三大欲求ガンガンじゃねぇか。……いや、待てよ。食欲、睡眠欲が来たってことは残る欲もガンガン……? なら今夜は良い子のみんなにお見せ出来ない究極の俺得展開が──」


「がぶがぶ」


「おんぶりぎゃらぁぁァァァアアアアアアア‼」


 自分を襲う眠気の中でもシアンは俺の腕に噛みついてきた。

 全身に駆け巡った激痛で跳ね上がるように俺がシアンから離れた瞬間に、もう一つの事件は起こった。


「きゃあ!」


 ドン、と俺の胸元にぶつかったのは先ほど前方を走っていた布をかぶった誰かだった。

 しかも想像以上に女の子な声が出てきたので、俺は焦って後ろへ下がった。


「おわ、すいません。大丈夫ですか」


 話しかけると、布をかぶった誰かは僅かに顔を上げた。俺からは布がフードになっているために顔があまり見えなかったが、向こうからは俺の顔が見えたらしく、ほんの少し息の詰まる音が聞こえた。


「お、おぬしは……!」


 言って、布をかぶった誰かはさらに顔を上げた。


「………………………………………………あれ?」


 視界に映ったのは、若い女の子。

 なんか、どっかでこの子、見た事があるような。


「…………もしかして、お姫様の──」


「だッ! 黙れ! キサマ! それ以上口を開くでない! 妾がここにいることを誰かに知られてはいかんのじゃ!」


 この明らかにお姫様な話し方は、やっぱり……?

 俺はもう一度目の前にいる少女を見る。

 布をかぶった中にある黄金比で整えたかのような完璧な顔立ちの美少女。若干幼さの残る顔だが、少しきつめな目元が、可愛さではなく美しさを演出していた。


 首元には輝く宝石で装飾された金色のネックレス。そして、そのアクセサリーに負けず劣らず透き通るように煌めく長い金髪をそれまた金の髪留めで止めてツインテールにしている彼女は、彼女の名前は。


「クリファ=エライン=スワレアラ……?」


 俺が小さく呟くと、少女は頷いた。


「……いかにも。妾がスワレアラ国第一王女、クリファ=エライン=スワレアラじゃ。後、妾の名前の後にはきちんと「様」をつけんか。処すぞ」


 周りには聞こえないような小さい声で言ったクリファは、再び布をかぶりなおした。


「え、えっと……、」


 色々と訊きたいことがあったのだが、それよりも前に何かの気配を察知したクリファは俺に向かってこう言った。


「妾を、かくま え‼」


「………………………………………………はい?」

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