第9話「帰宅道中」
勇者が倒し損ねた魔物たちを素手で粉砕しまくって全ての魔物を討伐した俺は、シアンとエストスの二人の横を歩いていた。
ついさっきまで一緒にいたへっぽこ勇者エリオルは自分の力で魔物を倒しきれなかった上にそのへっぽこぶりを露呈させたのがかなり彼の自尊心を傷つけたらしく、「い、今に見てろ! 次に会うときはお前なんかよりも強くなってお前なんてぼこぼこにしてやるからな!」と随分小物らしい捨て台詞を吐いてどこかへ走っていってしまった。
そして、大好きな少年が突然消えてしまったことでエストスのテンションはガタ下がりで、あからさまに肩を落として無言で歩いていた。
しかしシアンは全く気にしていないようで、いつものような陽気な雰囲気を出しながら歩いていた。
「なーなー、ハヤト?」
服の袖を弱く引っ張られて、俺は足を止めた。振りかえると、シアンが首を傾げながら俺のことを見つめていた。
「なんでハヤトはシアンのことを助けてくれたんだ?」
「……? なんでって?」
「だって、今までシアンに会った人はみんなシアンを敵だって言ってたんだ。でもハヤトは魔族でも魔王軍でもないのにシアンを助けてマンプクにもさせてくれた。だけど、それがどうしてなのか分かんないんだ」
「なるほどねぇ」
そういえば考えたことはなかった気がするな。
俺はどうしてシアンを助けたのか。
俺は少し黙って理由を自分の中から探そうとする。
「……理由とかなかったんじゃねぇかな」
「……?」
「目の前に怪我して倒れている子がいて、俺にしか助けられなくて、それで俺がその子を助ける力を持ってた。だから助けた。それ以上も以下もねぇよ」
「でも、シアンは魔族で──」
「魔王軍だろうが魔族だろうが、俺からしたらただの女の子だっての。くらえデコピン」
「ふにゃっ」
俺はシアンの額を軽く指で弾いた。柔らかい声を出してシアンは額をさする。
てっきりシアンから「プンプンだ!」とか言ってくるかと思ったが、額に手をやったままシアンが黙っているので、不思議に思って覗き込む。
「どうした? そんな痛かったか?」
「ち、違うぞ! これは、その……違うんだ!」
顔を真っ赤にして何かを否定してるシアンがぶんぶんを腕を振っているが、理由がわからず今度は俺が首を傾げる。
「それよりシアンはハラペコだ! 早くご飯が食べたいぞ!」
「分かった分かった。じゃあまたボタンのところ言ってステーキ食べるか」
また腹が減ってんのか。金がどんどん減っていってる感じもするが、血を吸われるよりは断然マシだな。
「ハヤト! 早く行くぞー!」
シアンは俺のことを追い抜いて夢郷へ向かって走り出す。
その時に視界に映ったシアンの笑顔が、普段の笑顔とどこか違っているように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
夢郷に向かう途中で、町の中心にある大通りに来た。そこは五車線分くらいの太さの道が通っており、物の流通のための馬車などが行き交う場所らしいのだが、それにしては日常とは呼べないような空気を感じた。
その理由はすぐに分かった。
「おい! 来たぞ! 道を開けろ!」
周囲にいた町人たちが、奥から来る集団を見ながら声を上げ、その場の全員が一斉に大通りのわきによける。
なんだなんだ。一体なんのパレードだ?
民衆に混じって大通りを覗き込むと、そこに豪華で煌びやかな装飾と普通の商人が使うような馬車の二倍くらい大きい乗り物を数匹の馬に引かせた一団がやってきた。
馬車は屋根がない作りで、中に乗っている人が見えるような作りになっていた。
乗っていたのは王冠をかぶった中肉中背の男性と、ティアラをつけた中学生くらいの女の子だ。どちらもカラフルな色彩の服に豪奢な装飾品をつけており、いかにもな貴族様が凱旋していた。
なんだなんだ、王族かなんかか?
「すいません。あの人って誰ですか?」
「な、何を言っている!? 遠方から来た冒険者だと言えども、この国の王家を知らないなんて!」
あ、そういうタイプのやつね。なるほどなるほど。
ここはペコペコしておくにかぎるな。
「あ、すいません。僕、全然世の中のこと知らなくて冒険者になったんですよぉ。出来ればその王族の方について詳しく聞きたいんですけど……」
「……まぁ仕方ないか。いいか、先頭の馬車を見ろ」
言われるままに視線を移すと、そこにいるのはさっきも見た中学生くらいの女の子だ。完璧なまでに整った顔で、少しきつめな目元が王族という前提を抜いても威圧感を与えるようだった。
「あのお方がこのスワレアラ国の第一王女、クリファ=エライン=スワレアラ様だ。この国が始まった時から代々続く由緒正しい血統を引き継いだ、次期国王となる方だ」
「はぇー。そんな凄い人なんだ」
「もちろんだ。伝説では、王族は敵対した者全てがひれ伏すほどの力を宿していると言われているほどだからな」
「え、その力は今は見れたりするんですかね?」
「昔起こった事件以来、その力は見られていない。ただ、血が繋がっていることは確かだ。最近は金回りもいいし、誰も国王に不満など持っていない」
「なるほどなるほど、分かったけどよく分からないってのはこういう感覚なのか。シアンはこんな気分だったんだな、うん」
それにしても、本物の王家なんて初めて生で見たよ。やっぱりそう言われると雰囲気がかなり偉そうだし、見ただけでわかるってのも凄いな。
俺の視線は王女クリファの横に座る威厳をまとった男性へと向く。
「そして、クリファ様の隣に座っていらっしゃるのが我がスワレアラ国の国王、ランドロラン=エライン=スワレアラ様だ」
名前長いなぁ。王族ってそんなものなのか? まぁ、海外どころか異世界だから俺の常識を当てはめるのも的外れか。
とりあえず、訊きたいことはきけたかな。
「なるほど、ありがとうございました」
そもそもこのスタラトの町がスワレアラ国の一部だっていうことも今初めて知った訳なんだが、特に冒険しようっていう気もないからいいか。
俺はもう一度目の前をゆっくりと通過する王女クリファを見上げる。
それにしても、綺麗な子だなぁ。
隣にいる国王とはあんまり似てないけど、まぁ父と娘なんてそんなもんか?
あ、こっち見た。てか目があった? うわ、なんかすっごい細い目で見られてる。なぜだ?
「どーしたんだ、ハヤト?」
隣で俺の袖を掴んでいたシアンに問いかけられて、クリファに意識が向いていた俺はビクッという反応をしてしまった。
「あ、いや、なんでもない。それよりも飯だったな。すぐに行こうか」
俺たちは王女の馬車の後ろについて進んでいた数台の馬車が通過し終わってから、大通りを横切って進み始める。
と、道の真ん中で放心中だったはずのエストスが足を止めた。
「? どうした、エストス」
見ると、エストスの視線はさっき通過した馬車を差していた。
「あの馬車、先ほど助けた商人グループの馬車も混じってないかい?」
「言われてみれば、確かに見覚えのあるやつもあったな。でもそれがどうかしたのか?」
言うと、エストスは顎に手をやって少しだけ考えてから、軽く息を吐いて顔を上げる。
「……いや、私の考え過ぎだろう。気にしないでくれ。それよりも、この子の空腹をどうにかしないとまずいのではないかい?」
「いやいや、さすがにあんな量のステーキを食ってすぐなのにそんな危機が訪れ──」
「ハラヘッター」
「おいおい。マジかよ。……おいシアン。俺の袖をつかむのは構わないけどなんで可愛らしい八重歯までこんにちはしてらっしゃるのかな? ねぇ、ねぇ、ちょっと、分かった今すぐ向うからじわじわと口を腕に近づけるのは止めて! 本当に痛いんだからなアレ‼」
すぐさまシアンの口から逃げるようにハラペコシアンの腕を掴んでカンストした脚力をフルに使って俺は夢庵へと走って行くのだった。
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