第8話「自称勇者とショタコン学者」

 

 『食事処 夢郷』の入口に立つ少年は、俺に向かって戦えと言った。

 ……はずだったのだが。


「どうだい、美味しいかい」


「うん! 美味しい!」


「それは良かった。金はこちらで出すから好きなだけ食べるんだよ」


 なぜか同じテーブルに座っている少年に自分のステーキを食べさせ、ついでに頭を撫でてているエストスに恐る恐る問いかける。


「エストス、さん? なぜ見ず知らずの少年にステーキをご馳走しているんですかね?」


「なぜって、少年にご飯を食べさせてあげることに何か悪いことでもあるのかい?」


 俺が間違っているかのような顔で言いやがったぞこいつ。

 しかも追加で客が来たことでボタンも嬉しそうにまた料理を作り始めてるし。待ってくれ。この飯の金は全部俺が出すんだよな? このペースだとせっかくの大金が本気で溶けてしまう。

 これはまずいと思った俺は当の本人に話を聞いてみる。


「んで、俺と戦うってのはどういうこと?」


 俺が言ってから、そう言えばそうだったというような顔で慌ててステーキを飲みこんで少年は俺を睨みつける。


「そうだった! お前! 僕と戦え! 僕は強くならなきゃいけなんだ!」


「何も分からないからもっと説明してもらえると助かるんだが」


 俺が言うと少年は立ち上がり、華奢な体ながら精一杯胸を張る。


「僕の名はエリオル=フォールアルド! 勇者である兄、アルベル=フォールアルドに追いつくために修行中の勇者だ!」


「おう。それは分かったからどうして俺がそんな自称勇者の君と戦うことになるんですかね?」


「自称ではない! 勇者だ! そして、その僕は勇者としてユニフォング討伐を目指して努力してきたんだ。それなのに……それなのにぽっと出のお前が倒してしまったせいで台無しになんてしまったんだ!」


 あー。そういうことか。多分ギルドで感じた視線の中にこのエリオルってやつがいて、そのままついてきたってことか。


 確かに努力してたのに急によく分からないやつに全部持っていかれたら腹も立つだろうな。

 でも、それで俺と戦うってのはどういうことだ?

 俺の間抜けな顔を見て、エリオルは俺を指さして、


「お前はユニフォングを倒した。そして、そのお前を倒せば僕はユニフォングよりも強いということだ!」


 返事をしたのは、エストスだった。


「大丈夫だ。君のような少年はまだ戦うべきではない。血生臭いことは全てこの男に押し付けて君はここでゆっくりしていて構わないんだよ」


「あの、一体何を言っているんですかエストスさん」


「何って、こんなに可愛い少年を戦いの場に向かわせるなど罰あたりもいいところだろう?」


「なんとなく思ったんだけどさ、エストスってショタコン?」


「そんなことはない。純粋無垢で穢れのない無邪気な少年を見ると抱きしめてこれでもかと言うほどに甘やかしてあげたい衝動に駆られる程度だ。気にすることはない」


「むしろそれをショタコンと言わずにどう表現すればいいんですかね!?」


 俺が言葉を失って途方に暮れていると、エリオルが声を上げる。


「僕を無視するな! とにかく戦えと言っているんだ!」


「ごめん。痛いの苦手だからまた今度にしてもらっていい?」


「なっ……!? 何だと臆病者め!」


 憤慨するエリオルをなだめるのはお姉さんオーラをプンプンにしたエストスだ。


「安心するといい。この男は私の言うことを聞かなくてはならない立場にある。ただ、私は君が傷つく姿など見たくない。そこでだ、ここは決闘ではなく勝負にしてはどうだろうか?」


「……??」


 首を傾げるエリオルの目線に合わせるように腰を落とし、エストスは言う。


「ギルドへ行ってクエストを受けて、先にそれを達成できた方が勝ちと言うのはどうだろうか?」


「おお、それはいいな! ありがとう! お姉ちゃん!」


「……すまない。出来ればお姉ちゃんともう一度無邪気な笑顔で呼んでもらっていいだろうか?」


「おいおい待てショタコン、勝手に話を進めるんじゃ──」


「……魔道書、いいのかい?」


「よし、じゃあこのステーキを食べたら早速ギルドへ行こうか!」






「もうすぐで鼻から血が溢れだすところだったよ」というどうでもいい情報をエストスから聞いて、

 ボタンから請求された飯代に驚いて、

「いやいやぁ、お金が必要なのですよ、てへ♡」と頭をかくボタンを見てため息をついて、


「ウマウマだった! まだまだ食べたいぞ!」とフードファイター顔負けの胃袋をアピールしてくるシアンにまた後で、と頭を下げて、

「勝負だ! 勝負だ!」と騒ぐ自称勇者から早く解放されますように、と願いながら、俺はギルドへやってきた。


 ついさっきも来たばかりな上にクエスト報告の際に散々視線を浴びせられた俺の顔は既にギルドに居る人たちから覚えられていたようで、入った瞬間にビシビシと視線が突き刺さるのを感じた。


 ついでにギルドが少し騒がしいのは気のせいだろうか?

 一斉に動いた視線で俺のことを視界に捉えた瞬間、受付のお姉さんがこちらへ走って来た。


「さ、先ほどの冒険者様ではないですか! ちょうど良い所に!」


「あ、どうもです」


 いつの間にか冒険者にジョブチェンジしていたみたいだが、可愛いお姉さんに話しかけられるんだったらそれでもいいやと気にせず俺は会話を続ける。


「なんかざわざわしてるけど、何かあったんですか?」


「そうなんです! つい先ほど、草原を移動中の商人グループから魔物に追われているという救難信号が届いたんです! ですが……」


 勢いよく情報を伝えたと思ったら途端にお姉さんは落ち込んだ様子で、


「ですが、その魔物の数と強さが……。この町にいる冒険者だけでは倒しきるどころか、最悪町の城壁を破壊されてしまうことも……」


 おいおい。それはかなりマズイ状況じゃねぇか。

 力になれるなら魔物を倒せる俺が行くべきだ。だからお姉さんに商人の救助依頼を受ける旨を伝えようとしたが、


「その魔物たちは、僕が全て倒してみせよう!」


 ふふんっ! と胸を張るエリオルに先を越されてしまった。

 お姉さんもなんだこの小さい子は、という顔で見るのでエリオルは張った胸をさらに張って、


「僕は勇者アルベル=フォールアルドの弟、エリオル=フォールアルドだ!」


 エリオルが兄の名を出した瞬間に、ギルドの空気が変わった。

 ひそひそと話し出す冒険者の声を聞くと、どうやらエリオルの兄は本物の勇者らしく、名実ともに世界最高峰らしい。


 てか……勇者? 確か、シアンが死にそうになったのはその勇者のせいじゃなかったか?

 まぁシアンは何も気付いていないみたいだし、話をややこしくする必要もないから黙っておこう。


「それはとても心強いです! 冒険者様も、救助依頼を受けていただけますか?」


「もちろんです。やりますとも」


 エストスの貫くような視線を感じている身としては断ることのできない状況だった。まぁ、そもそも断る理由もないので受けるつもりだったんだけど。


「ありがとうございます! 魔物の軍勢は北西です!」





 周りに振り回されながら、俺はスタラトの町の城壁の外に出て北西へ体を向け、遠くからこちらへ全速力で馬車のようなものを走らせる商人たちを見ていた。その後ろには確かに多量の魔物が商人たちを追っているのが確認できた。


「あれを助けりゃいいんだよな?」


「ふふん! 今に見ていろ! 僕があの魔物を一網打尽にしてくれる!」


 腰に付けた剣を引き抜いて、エリオルは草原を駆けていく……のだが、


「ぜぇ……はぁ……」


「おい、あのガキもうガス欠みたいだけど大丈夫か?」


 なんとまぁ、走り出して一分もしないうちに走り方が崩れてスピードも落ちていた。

 そんな状態を心配そうに見つめるエストスは我慢できなくなったようで、


「ハヤト、すぐに助けに行くんだ。傷一つつけるんじゃないぞ」


「なんで助ける対象が一つ増えてるんだっての」


 無駄口を叩いてみるが、エストスの前では変に文句を言えないし、元々あの商人たちは助けるつもりだったのだからまぁいいかと俺も走り出す。


 走ってみて、俺はステータスカンストの恩恵を改めて感じた。自分が思っているよりもずっと速く足が動くし、疲れも感じない。もしかしたら車に乗っていると言われれば信じてしまいそうなくらい実感が湧かなかった。


「おい、勇者と見せかけた少年よ。無理しなくていいから下がってて。ってか怪我されると俺の異世界人生リセットさせる可能性あるから下がってろ」


 暴言気味に俺がエリオルの襟元を引っ張って後ろに下げようとすると、ジタバタと暴れて俺の手から離れ、威嚇をする小動物のように俺を睨みつける。


「バカにするんじゃない! 見ていろ……ッ!」


 エリオルは上がる息を無理やり抑え込んで、腰に携えた剣を抜く。

 それと同時に、五台くらいの馬車(この世界のことはよく分からないけど車を引いているのは馬に見える)を走らせる商人軍団が横に来た。


「あ、あなたたちは!?」


「ギルドから報告を受けて助けに来ました! この城壁を回れば町の入口に着きます! そこから入ってください!」


「分かった! ありがとう!」


 よし、これでとりあえず商人たちの安全は大丈夫だな。

 残る仕事はすぐそこまで来てる魔物たちを町に突っ込ませないことだ。


「ふん。僕に任せろ。全部倒してやる」


 エリオルは自分が抜いた剣に意識を集中させる。すると、その剣が少しずつ白い光を帯び始め、剣の大きさを一回り、いや、二回りにも大きくさせる。

 白く輝く剣を頭上に掲げると、エリオルはその剣を力を込めてただ振り下ろす。


「【会心の一撃クリティカルヒット】!!」


 ズバンッ!! という大地もろとも魔物を切り裂く音が、エリオルの振り下ろした剣から放たれた白い斬撃から遅れて聞こえた。


 蓄積された白い光が斬撃となり、地面を真っ二つに裂き、そのまま魔物の群を吹き飛ばした。

 地面ごと斬ったせいで上がった煙で魔物たちがどうなったかは見えないが、さすがに無傷では済まないだろう。

 すげえ……! これは勇者の血が流れてても納得するぐらいの力じゃねぇか!



「ふふんっ! どうだ! これが勇者の力だ!」


 ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうなほどに自慢げな顔でエリオルが胸を張っていると、背後からエストスが走ってきた。


「はぁ、はぁ、大丈夫かい。とても大きな光が見えたから心配になって走ってしまったよ。うん、大丈夫そうで何よりだ。よしよし」


 エストスは嬉しそうに、いや、口の端から唾液がこぼれ落ちそうなときはどう表現すればいいのかとても迷うけど、とりあえず嬉しそうにエリオルの頭を撫でた。


 そして、彼らの背景にあったエリオルの一撃によって舞い上がった煙が晴れていくと、そこに映ったのは、大量の魔物たち。


「おいおいおいおい! 仕留め切れてねぇ魔物がまだまだいるじゃねぇか!」


 まるで東京マラソンのスタート直後のように互いにぶつかりながら大量の魔物がこちらへ走って来ていた。エリオルによって魔物の数が激減したのは確かだったが、それでも数えきれない量の魔物が視界に映っていた。


「そうだ! 魔法を使えば一掃できる力が得られるんじゃないか?」


 俺は慌てて背負っていたリュックサックから魔道書グリモワールを取り出し、魔法が書いてあるページを広げる。


「あった! 炎熱系魔法、【紅蓮業焔グラン・フィアンマ】。消費ポイントが高いけど、そんな小さいことを気にしてる場合じゃねぇっての!」


 躊躇いなく、俺は魔法の習得するためにページに触れる。


 ──残りポイント 17100


「【紅蓮業焔グラン・フィアンマ】‼」


 俺が魔法名を唱えた瞬間、前に突き出した手のひらからまるで竜の様にうねる巨大な炎の柱がこちらへ駆ける魔物たちを薙ぎ払っていく…………はずだったのだが?


「……あれ?」


 結果として起こったことは、ポフン、という気の抜けた音が掌から聞こえただけだった。

 どういうことだろうと俺は自分の手のひらを見つめる。別に変な所はないし、体に異常があるわけでも、MPが切れているわけでもない。むしろちゃんとMPは消費されてる。

 横からエストスが覗き込んでくる。


「ちょっと、魔道書を見せてもらってもいいかな」


「え、もしかしてまたなんか不具合でも起こったのか?」


 エストスは魔道書を眺め、ペラペラとめくり、肌触りをチェックすると、爽やかに笑った。


「いや、本が湿気って炎系の魔法が使えなくなってしまったみたいだね」


「そんなしょうもない理由で俺の異世界生活から格好よさ抜群の炎魔法が消えてしまったんですかね! ちくしょう、こうなりゃドライヤーで乾かしてでも……」


「ハヤト、どうやら別の魔法を探して所得する時間はないみたいだよ」


 エストスが指を差す先に目をやると、いつの間にか目と鼻の先にまで距離を縮めていた魔物の大軍がいた。

 そして横にいる自称勇者様は、というと。


「し、修行中の僕が使える技はあれだけなんだ……!」


「え、それがどうかしたの?」


「【会心の一撃クリティカルヒット】は一度使うともう一度使うまで時間がかかるんだ。さすがの僕でも、技無しであの量の魔物は捌き切れない……!」


「強敵と戦ってるフリしてるけど結局はお前がポンコツってことだよな⁉︎ そうなんだよな⁉︎」


 あまりに残念な事実に俺は声を荒らげるが、少しずつ状況を頭の中で整理していく。

 結局は、つまり。


 俺は涙を堪えて拳を握り、深く深く呼吸をした。

 また会おう。俺の魔法使いキャリアよ。


 そして俺は一人、魔物の群に向かって走り出す。ついでに不満も叫びながら、俺は拳を魔物に振り下ろす。


「こんだけやっても結局素手なのかよこんちくしょうぉぉぉぉぉぉおおおお‼」



――――


~Index~

【エリオル=フォールアルド】

【HP】1500

【MP】1000

【力】 250

【防御】230

【魔力】260

【敏捷】150

【器用】130

【スキル】【会心の一撃クリティカルヒット

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