第7話「なのです! なのです!」
「こういうのを、君の世界では『綺麗な薔薇には棘がある』というのだろうね」
「まぁ、それには俺も賛成だな」
死なない程度に、と言ったものの、シアンの吸血によって半殺しにされたエストスは、俺の回復魔法で体力を回復した後、スタラトの町へ戻ってきていた。
今は街の中を歩きながらクエストの報告をするためにギルドへ戻っている最中だ。
「とりあえずはクエストの報告をして報酬を貰って、シアンを腹一杯にしないとな」
「おー! ハラペコがマンプクだ!」
そんなことを言いながらギルドへと戻って来た。ギルドは大きさや構造は俺の世界の市役所に近い感覚だ。まぁこの世界には機械などはないようなので中に置いてあるもの自体は別だが。
俺はユニフォングを倒した時に得た魔晶石をすかすかだったリュックサックに入れて、先ほど依頼を受けた受付のお姉さんに話しかける。
「あのー。クエスト完了の報告をしに来たんですけど」
お姉さんは俺が受けたクエストの中身を覚えていたらしく、だからこそ理解が出来なかったのか目を丸くして数秒ほど俺を見つめた。
ようやく言っていることの理解がおいついたのか、お姉さんはハッと思い出したように、
「ほ、本当にユニフォングを倒したんですか!?」
「え、は、はぁ。魔晶石ってやつを持ってきたんでこれで大丈夫だと思うんですけど」
俺がドン、と受付の机に魔晶石を置くと、「只今確認致します!」と慌ててそれを持って奥へと走っていった。
俺は周りを見渡してみる。ギルドはそこそこ大きな建物なので、冒険者のように武器を持った人や、クエストの依頼を頼む人などが多くいた。
ただ、その人たちの視線がやけに俺に向いているのは気のせいだろうか。
「なんかすっごい視線を感じるんだけど俺って自意識過剰なのかな」
「そんなことはないと思うけどね。恐らく、勝てないから諦めようと断念していたユニフォングをパッと見が冴えない若い男と少女が討伐したという事を聞いて、一気に興味を集めたのだろう」
「なるほど、それもそうですな」
ふむふむと頷いていると、バタバタと音を立てて受付のお姉さんが走って帰ってきた。
「た、確かにユニフォングの魔晶石でした! これ以上ない討伐の証明です!」
「それはどうも。でも、倒したのは俺じゃなくてシア──」
「凄い! 最初に見た時はこんなパッとしない男にこのクエストは不可能だと思っていましたが、まさかそこまでの実力者だったとは!」
え、これ褒められてるの? 凄い馬鹿にされてる気がするのは俺だけ?
隣にいるシアンとエストスは全く気にしていないようなので、俺もそこには触れないようにすることに決めた。
「それで報酬金を貰いたいんですけど」
「はい! ただいまお持ちいたします!」
お姉さんがあまりにも元気よく声を出すものだから、今までもちらちら向けられていた視線の全てが俺に集まる。
止めてくれ。俺は注目されるのに慣れてないんだ。しかもこのクエストは実質シアンのおかげで達成したようなもんだし、全然素直に喜べないぞ。
そんなことを考えているうちに、大きな布の袋を担いだお姉さんが走ってくる。
「お待たせいたしました! こちらが報酬金です!」
山の様な硬貨が入った袋を俺はお姉さんから受け取り、リュックサックに詰め込んだ。
やはりかなりの大金なおかげで、硬貨の入った布と魔道書だけでもう他には何も入らないほどにパンパンになっていた。
それにしても、クエストを受ける前はあんなに不審そうな顔をしていたのに急にここまで態度が変わると笑えてくる。
「ハヤトー。シアンはハラペコだぁー」
「分かった分かった。すぐに飯を食べに行こうか」
エストスもそれでよい、というよりもさっさと飯を食わせろとでも言いたげな顔でこっちを見てきているので早速俺たちは飯を食べに行くことにした。
やってきたのは、俺がクエストを受ける前に目に入った飲食店、『食事処 夢郷』というところだ。選んだことに特別な理由はないが、言うなればレンガ造りの建造物が多い中、こじんまりとした木造の外見に安心感を覚えたからだろう。落ち着いた雰囲気が好きな俺には丁度いいと思った。
俺は木製のドアを開けた。
中も案の定質素な木製の家具が並んでいた。店内の席は一五程度しかなく、客は俺たち以外には誰もいなかった。
よかった。落ち着いて飯が食えそうだ。なんだかんだでこの世界に来てからのんびりできる時間がなかったので丁度いい…………と、思ったのだが、
「ヘイヘイ! いらっしゃいなのです! ささ、座ってくださいなのです!」
店内の様子とは明らかに不釣り合いな少女が、元気良く俺たちを出迎えてくれた。
……あれ?
落ち着いた雰囲気がいいと思ったのに最初からなんか違うぞ。
「どうしたなのですか、そんなに私の顔を見て。……ハッ!? ちょっとちょっとお兄さん! 私がいくら可愛いからってそんなに見つめる必要なんてないなのですよ」
なぜかモジモジし始めたのはおそらくこの店の店員なのだろう。ピンクの短髪にくりくりとした丸い瞳。中学生くらいの華奢で小柄な体のはずなのに胸だけは大きいまさに美少女な彼女は、木造建築から異常に浮いたピンク色の派手なメイド服を着ていた。
度肝を抜かれて呆ける俺の顔を見て、美少女は顔を赤くして、
「そ、そんなに見られると照れちゃうなのですよ……。あ、でもでも、そんなことされても値引きなんてしないぞ、なのです!」
いやんっ、と可愛らしく腰を振る少女を俺は弱弱しく指さしてエストスに問いかける。
「何、あの子」
「私に聞かれてもどうにもできないけれど」
シアンはすっとぼけた顔をしてるからどうにもならないし、どうしようかと思っていたら美少女が思い出したように「そういえば自己紹介がまだなのです!」と声を上げる。
「初めまして! 私、『食事処 夢郷』の看板娘兼店主のボタン=ベルエンタールなのです!」
キャピピ~ンとかいう効果音でも入りそうなポーズをとるボタンを見て、俺はそっと踵を返す。
「あ、はい。それじゃ、お邪魔しました」
入る場所を間違えたと思って外へ出ようとしたら、慌ててボタンが俺の腕を掴む。
「待つなのです! どうして帰っちゃうなのですか!?」
「え、いやぁ……なんか思っていたのと違かったから」
「確かにこんな味気ない木造建築のドア開けた瞬間こんなに可愛い私がお出迎えした動揺するかもなのです! でも入ったからにゃあ一食ぐらい食べていけなのですよぉ!! というよりもお客さんが少なくて困ってるなのです! どうか食べていってくださいなのですよぉ!!」
駄々をこねながら掴んだ俺の腕をぶんぶんと振ってくるボタンの握力が異常に強くて逃げられなくなった俺は、仕方なく席に着く。
「改めましていらっしゃいなのです! すぐに料理を作ってくるから待ってろなのですよ!」
ふっふふーん、と鼻歌を歌いながら調理場へと歩いていくボタンの背中を見ながら、俺は嵐が去ったことに安心してため息を吐く。
「なぁ、この世界ってこんな人ばっかりなの? 俺、やっていける自信一気に失くしたんだけど」
「いや、私もそこそこな衝撃を受けているから気にする必要はないと思うね」
そして、俺の隣に座っているシアンは、というと。
「ハラペコだー。ハラペコだー。ハラハラペコペコハラぺッコー」
空腹をこじらせて不可解な歌を歌い始めていたので俺は咄嗟に防御態勢を取ってしまった。
これで別の店を探そうだなんて言ったら間違いなく吸血されると思った俺はボタンを待たざるを得なくなった。
数分経って、肉の焼けた芳ばしい匂いが鼻に届いた。
「ヘイお待ち! ドランコ豚のステーキなのですよ!」
目の前に置かれた分厚いステーキを見た瞬間に、シアンの目がギランッ! と光る。
「イタダキマァァァァァアアアアアス!!」
シアンはステーキのど真ん中にフォークを突き立てて自分の顔ぐらいの大きさの肉を無理やり口の中に詰め込んで強引に咀嚼していく。
その勢いにその場にいた三人が戸惑っている内に、自分の分のステーキを飲みこんだシアンの鋭い眼光はギロリと俺のステーキまで狙い始める。
まぁ、気付いた時には遅かったってわけよ。
「ちょっ!? おい! 俺の分まで食ってんじゃねぇよ!!」
「まぁまぁ慌てるなハヤト。私の肉も気が付いたら食べられていたよ」
「お前はなぜそんなに冷静でいられるんだ!? ちくしょう! もう一皿頼む!」
「かしこまりなのです! じゃんじゃん食べていけなのですよ!」
ウインクしながら腕まくりをして異世界のはずなのに江戸っ子のようなキャピキャピのボタンが再度厨房へと戻って行く。
ボタンが厨房に姿を消したころには俺たちの肉は全てシアンの胃袋へ収まっていた。
「ねぇ、君の小さな体のどこに分厚いステーキ三枚が悠悠と入ってしまうんだい?」
「ベツバラだ!」
「なぁエストスさん。この世界の生物には胃袋の他にベツバラと言う器官でも埋まっているんですかね?」
「少なくとも、私の体にはそんなものはないと思うけれどね」
一番報酬の高いクエストを成功してよかったとつくづく思った。あの一五〇〇〇〇ディールとやらがどれだけの価値があるかは分からないが、放っておくとシアンの食費だけで金が消えそうだし。
ステーキを三枚平らげても一切食欲が収まらないどころかむしろ準備運動が終わったぐらいのテンションのシアンを見ながら、俺は隣で自前の紅茶を飲んでいるエストスに話しかける。
「飯食べたらどうすればいいかね。これからのことを何も考えてないんだけど」
「まずは寝床を見つけないとね。金は充分にあるから、住む家が見つかるまでは宿暮らしになると思うけれど」
なるほどな。まずは衣食住を整えるってことか。確かにそれは大事だな。あと何枚ステーキをシアンに喰われるか分からないけど、とりあえず飯を食べたらこの街を散策して──
突然店の中に響いたバンッ‼ という扉の音に、俺の思考が止められた。
反射的に入口を見ると、そこにいたのは小学校高学年くらいの少年だった。ただ、小学生にしては青を基調にした格好いい装備品とゲームでよく見る一メートルくらいの長さの剣を背負った少年だ。
彼は俺のことを睨みつけると、叫ぶように言った。
「僕と、戦え!」
「……………………はい??????」
――――
~Index~
【ボタン=ベルエンタール】
【HP】1000
【MP】200
【力】 130
【防御】100
【魔力】80
【敏捷】250
【器用】100
【スキル】無
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