第6話「魔王軍幹部は伊達じゃない」
眼鏡の奥の不健康そうな隈たっぷりの目で、エストスは俺を見つめていた。
美人にこんなにも見つめられたことが無いのでかなりドキドキするが、そんなことを気にしている場合ではない。
「外、に?」
「お願いを聞いてくれたら、いい事をしてあげよう」
「い……いい事?」
鼻の下を伸ばした俺の耳元にエストスは近付いて、小さな声でそっとこう言った。
「君のその魔道書の手違い、何があっても私は秘密にしよう」
「──!?」
冷や汗が、一斉に溢れだした。
なんでばれてんだ!? そんな事一言も言ってないのに!
「私がその本を作ったんだ。何か少しでも違和感があればわかるさ。まぁ、今のところ悪用しそうにも見えないからね。その力を取り上げようとは思ってないよ」
「そ、そりゃよかった。今からステータスを初期に戻されたらシアンのじゃれあいで瞬殺されちまうからな……」
ホッとした俺はエストスの淹れてくれた紅茶を少しだけ飲む。
俺の命を守るためにも、このエストスの願いはどうにかして聞かないといけない。
「んで、ここに封印されているお前をどうやって外に連れ出せばいいんだ?」
「簡単だよ。この奥にいるユニフォングを木っ端みじんにしてほしいんだ」
どういうことだ? ユニフォングを倒すこととエストスを外に連れ出すことに関係があるのか?
そんな俺の疑問に答えるように、エストスは言う。
「君はこの遺跡に入ってどう思ったかな?」
「どうって、そりゃ……魔物がたっぷりだなぁって」
「その通りだ。して、そんな多くの魔物がなぜ私以外何もない遺跡にいると思う?」
「この遺跡に誰も入らないように、とか?」
エストスは「逆だよ、逆」と笑って俺に顔を近づける。
てか、近い、近いよ。ドキドキしちゃうよ。
「誰も入らないように、ではなく、私をここから出さないように、なんだよ」
単純に縛りつけるだけではなく、遺跡の中にも魔物を巡らせることでエストス一人を出さないようにするための施設が、このアストラム遺跡ってわけなのか。
さらに補足するように、エストスは「それでね」と続ける。
「この遺跡の封印などの全てが、ユニフォングに宿っているんだ」
「つまり、そのユニフォングを倒せば、エストスの呪いも遺跡も魔物もどうにかなるってことか?」
「そうなるね。まぁ、武器のない私に戦闘能力はないし、そのユニフォングを倒せる人もなかなかいないから、今の今まで私はずっとここにいるわけなんだけど」
さすがに退屈になってきたんだ、とエストスは寂しそうに紅茶を飲んだ。
確かにな、と俺は思った。浪人中に自習室にこもってるだけでも頭がおかしくなりそうだったからその気持ちはよくわかるぞ。
そもそもエストスの願いは断れないし、頑張るか。
「それじゃあ、倒しに行きますか」
「??? ハヤト? どこに行くんだ?」
「えっと……話聞いてた?」
「聞いてたぞ! 聞いてたから分かってるけどよく分からないんだ!」
「それは分からないってことだよな……俺も段々分かってきたよ」
プンプン! という可愛らしい効果音が聞こえるような怒り方で俺に詰め寄ってくるシアンにちょっとドキドキしながら、俺はこれからすることをシアンに説明した。
「なら、これから魔物を倒せばいいってことか?」
「おう。倒せばたらふく飯が食えるからな。頑張ろうぜ」
「おー!」
というわけで、俺たちはエストスとお茶会をした場所からさらに奥へと進んだ。
石でできた扉を開くと、そこは先ほどいた場所よりもずっと大きな空間だった。例えるなら学校の規模を大きく越えた巨大な体育館に入ったような感覚だ。
少し見ると、奥にいるのは四足歩行で体は犬で顔は鳥、にも関わらずユニコーンについていそうな一角が頭の中心に付いていた。身体には灰色の毛で覆われているのに、背中には翼も生えている。不気味で仕方のないビジュアルに俺は少し寒気がした。
そして、特に凄いと思ったのはそのサイズだ。デカイ。二〇メートルくらいあるのではないだろうか。
俺たちを視界に捉えたユニフォングはギロリとその目を見開いて気味悪く俺たちを見つめる。
「ギャオォォォォォオオオオオオオン‼」
うるせぇ!? なんだこの声!?
「おー。元気な魔物だな! ハヤト、こいつを倒せばいいのか?」
「え、ああ。そうだけど」
「シアンはぺこぺこだから、早く倒してマンプクだ!」
「大丈夫なのか? かなり強そうだけど」
「もちろんだ! シアンにかかればあんなやつイチコロだ!」
元気よくそう言うと、シアンは高い足音を鳴らしながらユニフォングへと歩いていく。
そして自分よりもずっと大きな魔物を見上げて、ゆっくりと口を開く。
「──【
その言葉を唱えた途端に、シアンの体に変化が訪れる。
華奢なはずだったシアンの体が、少しずつ大きくなっていた。大きくなった体は一七四センチほどある俺の身長に並ぶくらいにまで伸びる。
変わったのは身長だけではない。肉つきも幼女のそれではなく、腰回りも胸も顔つきも色気のあるお姉さんそのものだ。
そして、シアンが今まで着ていた黒のランニングシャツはサイズが変わらないためにナイスバディのおかげで張り裂けそうになっており、ズボンも同様にムチムチ感が強調されていた。
なんだ……!? この異常なほどの色気はッ!?
「ハヤト、さっきからシアンのことを見過ぎだぞ」
「……ハッ‼ す、すまん。急に体が大きくなったからびっくりしてな」
……特に胸と尻が。
俺の卑猥な思考がシアンに届きかけたが、少し細い目で見られるだけで大丈夫だった。
小さくため息を吐くと、シアンは説明を始める。
「これがシアンのスキルなんだ。パパとママの血を魔力で活性化させてステータスを増加させる。身体がおっきくなったのもそのせいだぞ」
「さすが魔王軍幹部だな……」
「そうだぞ! シアンは強いんだ! ハヤトのおかげで魔王にかけられた呪いも治ってたみたいだし、体力も満タンだ!」
色っぽいくせに子供のような言動で、シアンは「そんで」と続ける。
「これでマンプクなら、カンペキだ!」
反動で床が弾けるほどの力で、シアンはユニフォングに向かって蹴り出した。
次の瞬間には、シアンの体はユニフォングの目の前だった。
「うりゃあぁあ!」
ただの打撃、されど打撃。強烈なパンチがユニフォングの顔面に炸裂した。巨躯の獣は自分に何があったのかを理解できていないようで、急な衝撃にバランスを崩して横に倒れた。
自分の何十倍もある大きさの魔物を、色気むんむんになった少女(魔王軍幹部)はパンチ一つでなぎ倒した。
突然横倒しになったことに動揺して立ち上がれずにバタバタと暴れるユニフォングをシアンは空中から見下ろし、
「よぉおし‼」
右腕を上に挙げると、五本の指全てから自分の身長の数倍の大きさをした漆黒の爪がズバンッ‼ と音を立てて現れた。
「ズタズタのギタギタだッ!」
爪を下へと向けて、シアンは隕石のようにユニフォングへと落下する。
直後、ズドンッ‼ という轟音がユニフォングを貫いた。
悲鳴すら上げる間もなく、ユニフォングは絶命した。
「すっげぇ……」
「へへん! どーだ! シアンは凄いんだぞ!」
スキルによってナイスバディになったシアンが子供のように胸を張るので張り裂けそうな服に視線を奪われかけたが、なんとか踏みとどまった俺は目線を慌てて逸らした。
今まで一噛みで俺のHPをゴリゴリ削ったり可愛らしく俺の体を壁一枚ぶち抜かせるようなパンチを打ち込んでくるシアンだったが、ちゃんとした戦闘力を見るのはこれが初めてだった。
完全に命を絶たれたユニフォングの体は他の魔物と同じ様に煙となって消えていくのだが、
「なんだ? あの宝石みたいなの」
「ああ。あれは魔晶石だね。強い魔物を倒すと手に入る宝石で、武器にも防具にも、他にも様々な用途に使えるから高値で取引されるんだ。魔物によって色や形が違うからそれを持っていけばユニフォング討伐の証拠になるんじゃないかな」
エストスの説明を聞いて、俺は魔晶石を拾い上げる。
とても綺麗な宝石にしか見えなかった。大きさは熟れたスイカより二回りくらい大きく、形は丸ではなくトゲトゲした直方体がたくさんくっついているようで、重さは昔友達に抱っこさせてもらったデブ猫の倍くらいなので一〇キロ強といったところだろうか。
「よっしゃ。これで遺跡の中の魔物も全部いなくなってるんだよな?」
「恐らくね。私もユニフォングを倒せる人がこんな陽気にやってくるとは思っていなかったから、責任は取れないけれど」
若干不安だったが、元来た道を歩いていくと、嘘のように魔物が一匹もいなかった。
すげー、と間抜けな感想を口にしながら、俺は隣にいるエストスへ話しかける。
「んで、普通に俺たちの横を歩いているエストスさん。外に出てからはどうするんですかね?」
「? もちろん君たちと共に帰るけれど」
「何がもちろんなのかさっぱり分からないんだけど」
「外に出ても生活できる場所も食料もないんだ。これからもよろしく頼むよ」
「いやいや、そもそもこの世界に来たばっかりでどうやっていこうか迷ってる最中に養う人が増えるのはかなり困るんですけど」
「……魔道書、初期化してもいいんだよ?」
「ふつつか者ですがこれからもよろしくお願い致します」
それは反則だろうが、ちくしょうめ!
俺は深く頭を下げながら悔しさに唇を噛みしめた。
しかし、そんな俺にはシアンは一切興味がないようで、バタバタと地団駄を踏んでいた。
さっきユニフォングを倒した時のスキルはもう解けているようで、体のサイズは残念ながら戻ってしまっていた。まぁそのおかげで八つ当たりで床がぶっ壊れたりしないのだが。
「そんなことよりもシアンはハラペコだ! ハヤト、早くご飯が食べた──」
ビヨヨ~ン‼
「うギャああぁああぁぁああぁぁぁぁァ!?」
「ヘブゥ!?」
行きの時にもあったピエロのような何かが再び目の前に出てきて、驚いて俺をぶん殴るシアンと不意打ちが脇腹に突き刺さって壁一枚ぶちぬいて床に転がる俺。
痛い。痛すぎるよ。ステータスがカンストしているはずなのに鈍い痛みがガンガンするよ。
「なんでフレンドリーファイアだけでゴリゴリHPを削れているんですかね……?」
「だって、だって! これはあれだからシアンはそれでこうなったらああなっちゃうんだぞ‼」
「おう、俺が悪かったから落ち着いて話そうな」
その様子を見ていたエストスが、微笑みながら口を開いた。
「ふふ。楽しんでくれているようでよかったよ。これなら私が魔物の目を盗んでこっそり仕掛けた甲斐があったよ」
「……………………は?????」
「長い間こんなところにいると暇になってしまってね。来てくれるお客が楽しんでくれるように仕掛けてみたんだ。ほら、君の世界では急に目の前に出てくる仕掛けで人々が驚きを楽しむ文化もあるのだろう?」
楽しそうに語り出すエストスを、俺とシアンは真顔で見つめる。
先に口を開いたのは俺だ。
「シアン。俺たち、あのまんまるに散々嫌な思いをさせられたよな」
「そーだ」
「何回か俺のことを殴って、腕を締め付けて、俺のことを殺しかけたよな」
「そーだ」
真顔で繰り広げられる俺たちの会話のキャッチボールの理由が、エストスには理解できていないようだった。
「どうしたんだい? その仇を目の前にしたかのような表情は。もしかして、あの仕掛けがつまらなかったとか?」
返事なんてしてやるものか。どれだけエストスが美人でも関係ない。
「……死なない程度に血、吸ってこい」
「がってんだ!」
快い返事をしたシアンは魔物のくせに小悪魔のような可愛い顔でエストスに近づく。
「ねーちゃん。ちょっとしゃがんでくれ!」
「構わないけど、どうしたんだい?」
「目、とじて……?」
うっわ。見てる俺までドキドキしてきたぞ。やられるのは地獄だけど端からみると完璧にご褒美だな。
事情を理解していないエストスもこれから見る地獄に気付いていないようで、言われたままに目を閉じた。
そして──
かぷっ!
「くああぁああぁぁぁぁああ!!?!??!!?!」
美人のこんな悲鳴を聞いたことのない俺は、ちょっとだけだけドキドキしていた。
――――
〜Index〜
【シアン】 スキル使用時
【HP】7500
【MP】5000
【力】 800
【防御】780
【魔力】700
【敏捷】890
【器用】600
【スキル】【
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