第5話「封印されし技術(人間)」
今の状況を理解できない俺を見て、女性は不思議そうな顔をした。
「どうしたんだい。そんなところで得体の知れないものに戸惑っているような顔をして。そんなに私のことが気になるのかな?」
「まぁ正解なんだけど。ってかそれよりもなんでこんなところで優雅なティータイムを楽しんでいるんですかね……?」
「ああ。確かにこの遺跡は魔物がたくさんいるだろうからね。その奥で私が呑気に過ごしていたら疑問に思うだろうね。まぁそれについてもゆっくり話そうじゃないか。君たちの分の紅茶も用意しよう。さぁ、座ってくれ」
そう言うと女性は立ち上がり、他の椅子を動かすとカツカツと音を鳴らして歩き、ティーカップを準備し始めた。
俺は歩いていく女性の姿を目で追う。
あの人、めっちゃ綺麗だな……。
顔は可愛いというよりも綺麗が形容詞としてふさわしいだろう。黒い長髪。それと真反対の血色が悪いと思うほどの白い肌。身体はすらっと細身で、何故か膝くらいまでの丈の白衣を着ていた。さらに黒縁の眼鏡なんてかけているものだから、異世界感が溢れていた今までに比べると一般人というイメージだ。
ただ、目の下に大きな隈があった。細身の体と目の隈はあまりにも不健康そうなのに、やたらと大きい胸を見ると一体どんな栄養の分配が行われているのだろうと不思議に思った。
俺はもう一度女性を見る。
先ほどの発言もそうだが、どうにも胡散臭い。
前の世界で知り合いが顔がタイプだからと付き合って散々な目にあっているのを思い出した俺は、いくら女性の見た目が綺麗でも簡単に信用しないと決めているのだ。
「シアン。あの人、どう思う?」
「んー。シアンは危険な感じはしないぞ? きっとだいじょーぶだ」
「ならまぁ、いっか」
と言いつつ、美人さんと紅茶が飲めるならそれもそれでいっかと思った。
俺とシアンは誘導されるまま、石でできた椅子に腰かけた。
女性は俺とシアンの前に紅茶を置き、彼女も自分の分を一口飲むと、かけている眼鏡の位置をそっと直しながら、
「して、こんなところになんのようだい? 若い男に幼い女の子だなんてかなりこの場所には違和感があるけれど」
「いやいや。まずはあなたがここでのんびりと紅茶を飲んでるのかを知りたいんですが」
「あぁ。そういえば自己紹介がまだだったね。私の名はエストス。昔は学者をやっていたよ」
「昔は、ってのはどういう──」
俺の発言の途中で、エストスは俺の口を指でそっと押さえた。
「相手が名乗ったら自分も名乗る。それが、君の世界の約束じゃないのかな?」
ヤバい、近すぎてドキドキする。
「あ、ああ。俺はサイトウハヤト。んで、こっちがシアンだけど……って、俺の世界……?」
というか、この人、まだ何も言ってないのに異世界から来たってなんで分かるんだ?
俺の考えていることを察したのか、エストスは色っぽい笑みを浮かべて、
「それだよ、その魔道書。それを持っているってことは異世界から来たんだろう?」
「そうだけど……なんで?」
「だってその魔道書を作ったのは私だからね。自分が作った物ぐらいは一目で分かるさ」
……え?
この人が、この魔道書を作った?
「マジ……?」
「うん。本当さ。しかし作ったのは恐らくずっと前だから、ちゃんと使えるようでほっとしているよ。いくら私が天才でも、それはなかなかに難易度の高い注文だったからね」
言っている事がイマイチ分からないんだが。
しかし、俺が異世界から来たことを知らないシアンは俺とエストスの顔を交互に見て説明を求めていた。
「ハヤト。シアンは二人が何言ってるのかさっぱりだ。頭が痛くなってきたぞ……」
「悪い悪い。シアンにはあんまり説明してなかったもんな。簡単に言うと、俺はここからずっと遠いとこから来て、その時にこの本を貰ったんだが、それを作ったのがこの人なんだと」
「んー。よく分からないけど分かったぞ!」
「だからそれは分かってないってことでいいんだよな?」
俺とシアンのやりとりを聞きながら、エストスは再び口を開く。
「この魔道書はね、私が学者だった頃にある女神に依頼されてね。恩もあったから断れなくて、作ることにしたんだ」
「んで、出来あがったのがこの魔道書、だと」
「その通り。かなり力を入れて作ったんだ。良くできているのだろう?」
確かに、最初にバグがあったものの、この世界に来て文字を読んだり言葉を話したり、道にも迷わず、そしてシアンに殺されずに今こうして美人さんと紅茶を飲めるものこの魔道書のおかげなのだが、それよりも気になることが、俺にはあった。
「そりゃ、この魔道書にはお世話になったけどさ。なんでこんな凄いものを作れる人がこんな遺跡の奥で一人暮らししてるんだ?」
落ち着いた様子で紅茶を啜ると、エストスは静かに口を開く。
「ああ。私は昔に大罪を犯してしまってね。罰としてここに閉じ込められているのさ」
なんだそりゃ。遺跡に禁固刑ってことか? この世界の罪人の処理ってのはそんな変な方法なのか?
俺の考えを察してくれたのか、補足するようにエストスは続ける。
「私のこの罰は少々特殊でね。閉じ込めるというより、封印すると言う方がいいのかな。私ほどの頭を持っていた人物がいなかったから、死刑にするわけにもいかないらしくてね。不老不死の代わりにこの遺跡から出られない呪いのようなものが私にはかかっているんだ」
「ほえ~。そいつは大変だなぁ」
俺がとぼけた顔で紅茶を飲んでいると、エストスは「さて」と話を戻す。
「して、君たちがここに来た理由はなんだい?」
そうだった。危なく忘れるところだった。
「異世界に来て文字とかはなんとかなったんだけどよ。金がないわけよ。それでギルドでクエスト探したら、ここの調査と魔物退治があったから来たんだ。確か……ユニフォング? ファング? よく分からないけどそんな名前のやつを倒してこいって」
言うと、エストスは「ふむ」と少し考え込むように顎に手をやった。
「魔物は理解したが、遺跡の調査に関しては不思議だな。ここに歴史的価値のあるものなんてほとんどないと思うけれど」
「なんでも、昔に封印した技術が眠っているとかなんとか」
すると、エストスはふふっと笑ってまた紅茶を飲んだ。
「昔に封印された技術、か。時が経つとそのような扱いになるのか。面白いな」
なんで一人で笑ってんだ、この人。
俺の訝しげな顔を見て、エストスは言う。
「それは多分私のことだよ。さすがに私が技術そのものとして扱われるとは思わなかったけどね」
何が可笑しいのかは理解できなかったが、目の前にいるこの美人学者、エストスが封印された技術で、この人そのものに価値があるということか。
なら、シアンに殴り飛ばされて壊れた壁について怒られることはないわけか。ほっとしたぜ。
「それと、ユニフォングという魔物は確かにいるよ」
「おお。それはよかった。それならちゃんと報酬も貰えるだろうからな」
俺が安心して笑うと、シアンが俺の袖を引っ張って問いかける。
「なら、シアンのハラペコももうすぐ終わりか?」
「もちろんだ。腹一杯食べさせてやるぜ」
というより、シアンの空腹が限界になるとまた血を吸われかねないからな。さっさとクエストを終わらせないといけない。
「んじゃ、そういうことだから、俺たちはさっさと魔物を倒して金稼いで飯を食いに行くんで。おじゃましました」
「ちょっと、待ってくれるかな」
立ち上がろうといた俺を、エストスが引きとめた。なんだ、と思って振りかえると、エストスは色気たっぷりの笑みを浮かべて、
「お願いがあるんだ。聞いてはくれないか?」
「はい。なんでしょうか」
しまった! あんまりにも綺麗な笑顔だったから何も考えずに答えちまった!
俺の返事を聞いて、エストスは笑ったまま俺の耳元に口を近づけて、
「私を、外に連れ出してはくれないか?」
〜Index〜
【エストス=????????】
【HP】800
【MP】500
【力】 30
【防御】35
【魔力】50
【敏捷】25
【器用】80
【スキル】【?????】≪??≫≪??≫ 【分析眼(アナライズ)】
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