第4話「腕を組むのも命がけ」
遺跡の中は、光源がどこにあるのかはっきりとはわからないが、正面に何があるのかがわかるくらいの暗さだった。
しかし、それは問題ではない。魔道書に地図機能がついたおかげで自分の周辺の空間は手元で確認出来るからだ。
ある程度奥に進むと魔物も出てきたが、魔物の本能的な何かが警告をしたのだろう、魔王軍幹部のシアンを見た瞬間に一目散に逃げてしまった。何体か命知らずの魔物が襲ってきたりもしたが、俺のカンストステータスが火を吹くことはなく、シアンが高速の打撃を一撃お見舞いすると四肢が炸裂して空中消滅した。
どうやら魔物は死んだら死体は残らずその場で消えていくようで、グロテスクな肉片などを直視できない俺には優しい世界だった。
そして、魔物も問題ではないのなら、何が問題なのかと言うと、
「シアン……ちゃん? さっきから俺の腕を折れそうなぐらい力強く握りしめているのですがこれは一体どういうことなのでしょうか」
「だ、だって! さっき出てきたのは魔物でも人間でもないぞ! シアンはあんなの見たことないぞ! 何か分からないなんてシアンはビクビクのブルブルだ!」
事の始まりは、今から約数分前、そして遺跡に入ってから一五分程度の頃だった。
「お前、やっぱり強いんだな。魔物をぶっ飛ばすのを見ると改めて感じるよ」
「だろうだろう! パパもママもシアンの力はいっつも褒めてくれたからな! シアンはゴリゴリのムキムキだ!」
「多分、その言葉の使い方は若干違うと思うぞ?」
「そーなのか? むむむ~。言葉って難しいぞ……」
こんな感じで魔物が出てくる遺跡で呑気に会話をしていると、ビヨ~ン! と俺たちを小馬鹿にするような音を立てて何かが飛び出してきた。それに一瞬で反応して悲鳴を上げたのはシアンだった。
「うぎゃぁああああああ!!??!?!」
瞬間、シアンの拳が俺の肩に強烈な一撃をぶち当て、ドスッ! という鈍い音を響かせた。攻撃がくるなんて予想してなかった俺は抵抗する間もなく横へ吹き飛ばれた。
「ぐっはぁ!」
遺跡の壁を一枚ぶち破り、続いて次の壁に自分の体がめりこんでようやく動きが止まり、俺は体に響く痛みを堪えながら立ち上がる。
なんという威力だ。さすが魔王軍幹部……。
ステータスがカンストしてなかったら命がいくつあっても足りねぇよ。
「おい、シアン? ついさっきまで魔物をフルボッコにしていたのにどうして君は魔物ではなく俺をぶん殴ってきたのでしょうか?」
「ち、違うぞ、ハヤト! び、びっくりしたんだ! シアンはビックリのドッキリだったんだ!」
「いやいや。騙されないぞ。俺はついさっきまで影から出てくる魔物に驚かずに瞬殺していく様を見てきてんだからな」
「だから違うんだ、ハヤト! あ、あれは魔物じゃないんだ!」
「はい?」
俺は周りの様子を窺いながら先ほど飛び出してきた何かを確認しに行くと、
「これは……ピエロ、か?」
見ると、丸くて白い顔のド真ん中にトマトのような鼻がついた不気味な人形のような物がバネに付いていた。よく分からないが、誰かが前を通ると出てくるような仕組みになっていたのだろう。
それが俺とシアンの横に突然現れたわけなのだが、
「んで、なんでこんなよく分からない奴を見てそんなビクビクと震えているんですかね?」
「よく分からないからだぞ! 魔物は知ってるし倒せるから怖くないんだ! でも、でもでもでも! このまんまるは知らない! 生きてないのに目の前に出てくるなんてシアンは怖いぞ!」
とまあ、そんなわけで、普通なら幸せなことこの上ない美少女との腕組みなのだが、何度も言うようにこいつは魔王軍幹部だ。
異世界最高峰の腕力で腕を掴まれてみろ。ほら、右ひじからミシミシと古びた木製の床の上を歩いた時と同じ音が出てるぞ。
俺はちらっと
【HP】 7800/9999
うっわ。ゴリゴリ減ってる。
しかもよく見ると今もジワジワとHPが削れていってるぞ。
美少女と命を削りながら腕を組んでいる男は俺ぐらいじゃないだろうか。
もしステータスが初期状態だったと思うと嫌な汗が出てくる。
「あの、シアンさん? 怖いのはわかったので、とりあえず俺の命のためにもひとまずこの腕を離してもらってもいいですかね?」
「い、嫌だ! シアンは離さないぞ! あんなまんまるがまた出てきたと思うと……」
「でもな、シアン。このままだと俺が先に死んじゃうんだよね。ちゃんと離れずに隣を歩くって約束するから、まずはこの腕を──」
ビヨヨ~ン!
「うんぎゃああぁぁぁあああ!!?!???」
「ぐぁぁああああぁぁぁあぁああ!!!」
再び顔を出したビックリピエロで、シアンが悲鳴を上げ、連動するように俺の腕が悲鳴を上げたその痛みで俺は叫び声を上げた。
本当に折れる。というよりも取れる。そもそもなんでステータスがカンストしてる俺の体をこいつは壊す寸前までいけるんだっての。
「シアン……。ガチで離してくれ。死ぬ」
「やだやだやだ! 離したらシアンが死んじゃうぞ!」
「そう言いつつ反対の手で魔物を木っ端微塵にしているのを見ている俺はどんな気持ちになればいいんですかね……?」
ちくしょう。一体この遺跡はどうなってやがるんだ。異世界のくせになんでこんなピエロが仕掛けてあんだよ。
もしかして、ギルドのお姉さんが言ってた最深部の封印された技術って、俺の世界の文明とかがあるってことか?
疑問を持ちつつ、腕の激痛に耐え忍びつつ、俺とシアンは遺跡の奥に進んでいく。
大体三〇分くらい(痛みを堪えていたので実際の経過時間よりもずっと長く感じたから本当は一〇分程度)だろうか。下に続く階段を見つけた。
途中でまたピエロが出てきて強烈なパンチをシアンからもらって歴史的な価値があるらしい遺跡の壁をさらに一枚ぶっ壊したのは、墓まで持っていく秘密となるだろう。
「ここを行けば、最深部ってやつかな?」
「さっさと行こう、ハヤト! シアンはこんな怖い所にはもう居たくないぞ!」
「俺もこのままだと確実にお前に殺されるだろうからその意見には大賛成だ」
カツカツと足音を鳴らしながら、俺とシアンは階段を下りていく。
そして辿り着いたのは、石で出来た扉だった。見た目的には明らかに扉なのだが、ドアノブもくぼみもないのでどうやって開けたらいいのかが分からない。
しかし、ここで止まっている時間も余裕もない。
「ステータスカンスト浪人生をなめんなよ……」
俺は拳を握りしめて、扉を全力で殴りつけた。
ドガンッ! という轟音と共に、石づくりの扉は炸裂した。
そして、目の前に広がっているのはいかにも最深部と言うような大空間。ただ、遺跡と言うには何か特別な文明の痕跡や、古代の文字なども何もない。
どちらかと言えば、何も置いていない新居と同じぐらいの殺風景さだ。そんな空間が大規模になったかのような空間。
違うところと言えば、今までと比べてやたらと明るい。一目でここが大空間だと分かったのも、明るさで高い天井も長い奥行きも見えたからだ。
そして、そんな殺風景な空間の真ん中に見えたのは、これまたこんな空間に似合わない光景だ。
なんと、長髪の女性が一人で優雅なティータイムを過ごしていた。
しかも他に何もない遺跡のくせに女性の周りには遺跡の石とは違う質感の白い椅子が数個と同じ色のテーブルがあり、どう見ても異質な雰囲気が漂っている。
そんな中で、女性は家でくつろぐかのようにティーカップを片手に椅子に腰かけていた。
俺は訳が分からずその場で女性が飲み物をのんびりと飲むのを見ていたのだが、そんな俺に気付いた女性は俺たちを見て微笑んだ。
「おやおや。お客さんなんて久しぶりだ。ゆっくりしていくといい」
大人っぽい色気を出しながら、余裕のある表情で足を組み、女性は俺たちを歓迎した。
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