第11話

中央のシエルには、駅から羽イルカ便を使うしかないのだが、実はクラリス達のように個人、ないし少人数で利用する者は、かなり少ない。

羽イルカ便の単価が高いせいもあるが、入国審査がほどほどに厳しい。つまり、入国手続きに時間がかかる。個人の入国手続きだと、丸1日かかることもある。

そのため、旅行客の場合はツアーを組んで、事前申告の手続きをした上で、大型のイルカゴンドラを利用する。それも、一週間に1便あればいい方だ。

商業便の方は更に審査が厳しいため、シエルの認可を受けた商会のみ、入国が可能である。商業便はその商会それぞれが羽イルカ便を持っているため、個人の利用はほぼ出来ない。

なので、二、三人乗りのイルカゴンドラを使うのはクラリスだけ、と言っても過言ではない。

身分からすれば、個人用の特別製を設えてもいいのだが、特に必要性を感じていないクラリスは、各国の駅に準備されている物を利用する。


「いつ見ても...ジャルダンのイルカゴンドラは、派手ね。」

発着ゲートに着いたクラリスは、ピンクと白を基調とした配色のイルカゴンドラを見て言った。

ゴンドラと言っても、滝を登る船である。

竜を模した舳先から船尾まで15尋ほど。真ん中に球状の船室がある。

中央のシエルから流れ落ちる滝を、羽イルカがゴンドラを牽いて登るのである、当然船は傾く。そのため、船室はその傾きに影響されず快適に過ごせるように作られている。つまり、どれだけイルカゴンドラが垂直になっても、球状の客室そのものが角度を調整し、床を水平に保つのである。

この技術が開発されるまでは、中央のシエルまでの羽イルカ便は、なかなかの苦行だったらしい。

羽イルカは、ルスルス湖固有の種で、ライラック色のイルカである。その背には水掻きのような皮膜の羽を持ち、水中でも空中でも自在に泳ぐ。水中では羽をとじ、水面から空中に飛び出す時に羽を広げて、風に乗る。

そうやって滝を登るのである。



「今から出たら、午後のお茶の時間はおうちで過ごせそうね。」

「はい。

昨日の夜会の件をサージェ様に報告してありますので、その話を聞かれるかと。」

「まぁ、それは仕方ないわね。」

二人は靴を脱いでから客室に上がり、絨毯の上に直接置いてあるクッションに座る。

万が一の事故や故障に備えて、イルカゴンドラの客室には椅子や背の高い机は無い。

低めの座卓が床面に固定されている。

黒髪メイドは、客室に備え付けられている茶器を使い、お茶の準備を整える。

マルタのサンドイッチを皿にに出し、おしぼりを添えて座卓に置く。

「ああ、本当に美味しそう~。

初めて食べるわ、ホワイトトマト。

ホワイトというか、少しクリーム色なのね。」

「聞いたところによると、トマトの実を日の光に当てず、月の光で育てるそうですよ。」

「まぁ、そうなの。

面白いわねぇ。」

のんびりと会話と軽食を楽しんでいると、ゴンドラが滑らかに動き出した。

羽イルカが、イルカゴンドラを牽き始めたらしい。

使役されるモノの中でも、羽イルカはかなり賢いため、直接操作する者は、必要ない。

特に羽イルカは中央のシエルへの移動にしか使役されないため、ゴンドラには乗客のみ乗船する。

二時間ほどの船の旅が始まった。

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