第12話

「滝を登り始めましたね。

大丈夫かと思いますが、お気をつけくださいね。姫様。」

ゴンドラの傾きに応じて客室がゆっくり回り、中の乗客にも、多少の揺れが伝わってくる。

「私、この揺れがけっこう好きよ。

うふふ。

マヤ、ちょっとお昼寝してもいいかしら?」

クラリスは、黒髪メイドの返事を待たず、いそいそと大きめのクッションを引き寄せ、居心地のよい寝床を作り始めた。

「......。」

(まだ、寝ますか...)

黒髪メイドは、ため息を一つついて、座卓の上の茶器を片付け始めた。




中央のシエルの入国ゲートは五ヶ所ある。

コリエペタル五国それぞれの国専用のゲートである。

クラリス達が到着するのは、もちろんジャルダンからの入国ゲート。

そこには騎士シュヴァリエが、クラリス達の到着を待っていた。

入国ゲートと言っても、門や扉があるわけではない。

出入国の確認をする窓口や、各種手続きの担当部所、待ち合いロビーなどがある施設になっている。

滝を登り、水路を遡ってくる羽イルカ便が到着する場所も便ごとに決まっている。

ほとんどクラリス用と言ってもいい、個人便専用の桟橋に、たてがみのような豊かな金髪をもつ、壮年の美丈夫が静かに佇んでいた。

立襟のシャツに革のベスト、腰には短剣を差している。水面と同じ青い目で桟橋の先を見つめていた。

そして、遠くに飛沫をあげる影を見つけ、微笑んだ。

ライラック色の羽イルカの姿が次第に大きくなっていく。最後は滑るように桟橋に近づき、ゆっくりと停止した。

騎士シュヴァリエは、1尋ほどの幅の渡り板をゴンドラに渡し、フックを掛けて固定する。

固定されたのが伝わったのか、客室のドアが開き、黒髪メイドが顔を出した。



「ライオネルさま。

お迎え、ありがとうございます。」

そう謝意を伝えると、クラリスの手をとって、渡り板に導く。

桟橋側から手を差し伸べていた、騎士シュヴァリエライオネルの手にクラリスを預けると、確認のために再び客室に入る。


「お帰り、クラリス。

ジャルダンでは、なかなか愉快なことがあったらしいね。」

男らしいバリトンの声がクラリスを迎えた。

不安定な渡し板から桟橋に降りたクラリスは、支えられていた手を引き抜き、ライオネルに抱き付いた。

「ただいま戻りました。

お父様!

今回は滞在が一泊二日になって、ラッキーでしたわ!」

「詳しくは城に戻ってから聞こう。

次の順番まで、ずいぶんと余裕ができたからね。」

黒髪メイドの下船を待って、三人は入国ゲートに向かって移動をはじめた。




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