第7話

昨夜のような、アンリ三世のすがるような目に出会わないことを祈りつつ、主従は旅立ちの準備を整えた。



幸運にも、顔馴染みの外務官が通りかかったのを捕まえることができたため、めんど...もとい、煩わし...もとい、丁寧なご挨拶を受けることなく、主従はジャルダンの王宮を辞することができそうであった。

退去の言伝てを(無理矢理?)預けられた外務官の涙目から、そっと視線を外して二人は王宮の上階層を目指す。



「今日は何がいるかしらね。」

優雅に歩を進めながら、クラリスが黒髪メイドに声を掛ける。

「羽イルカ便には間に合うと思いますが...余裕がほしいので、空色ヒバリか、百合カラス辺りがいるといいのですが...」


花びらの国コリエペタル五国内では、様々な移動手段が発達している。

一般的なものとしては、中央のシエルから五国に流れる五本の大河を利用した水路が挙げられる。

そこでは、ヒレ持つモノを使役した多種多様な乗り物が発明され、活用されている。もちろん、経済活動もそれに支えられている。

ヒレ持つモノとは、言うまでもなく始まりの竜女神の僕、水の眷族である。

しかし、竜女神の直系の姫であるクラリスは、一般的でない移動手段を持っている。

コリエペタル五国の王宮の上層階、つまり屋上にはその血筋によって使用できる召喚陣がある。

素晴らしく血筋がよいクラリスは、その召喚陣を使うことが出きる。むしろ、クラリスが召喚を行う前に、様々な眷族達が使役されようと立候補してくるのが日常であった。

コリエペタル五国の王宮から、直接中央のシエルに渡ることは出来ない。コリエペタル五国から、中央のシエルへの直行便、羽イルカのひくゴンドラに乗船して、優雅に滝を昇る羽イルカ便を使う必要がある。

竜女神の直系であるクラリスにのみ、使うことが出きる手段もあるのだが、有事ならともかく、順番どおりの訪問にそれを使う気はないクラリスである。

ただ、羽イルカはその名の通り、白い翼を持つイルカなのだが、日の光が無いとその翼が使えないのである。つまり、日中便しか無い。クラリスにも、それを変更させることは出来ないため、出発時間に間に合うように羽イルカ便の駅に向かおうとしているところである。



「ああ、百合カラスの三本足がいますね。

あれにしましょう。」

屋上に着いたマヤは、召喚陣の周りにたむろしている...いや、使役を期待して待っている羽持つモノ達を見渡して、言った。

王宮の屋上から羽イルカ便の駅までは、羽持つモノの背に輿を設え、空を往く。

そのため、クラリスはマヤ一人を伴い、花とレースの国ジャルダンを訪れていたのである。

むしろ、血筋が高貴な者ほどこの手段を使うため、供は厳選された者が就く。これを知らぬ貴族達は、お付きの者をゾロゾロと引き連れていくことがあるが、知る者は冷めた目でそれを眺めるのである。



「三本足がいたのは運がいいわね。

駅に着いたらゆっくりできそう。」

クラリスの声に、選ばれた白いカラスがいそいそと近づいてくる。

百合カラスは、白百合のような真っ白のカラスである。二本足が通常であるが、稀に三本足の個体がいる。三本足は、速さも乗り心地も段違いなのだ。

「では、輿を装着しますので、少々お待ちください。」

右手に袋ウサギを召喚しながら、黒髪メイドが前に出た。

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