四つ葉を探して流星に願う
麻城すず
四つ葉を探して流星に願う
「まる、どこ?」
昔、私はかみさまを信じていた。神社や教会はもちろん、川や山、花や木々にもかみさまが宿る。そう言っていたのは母方の祖母。
その中でも、四つ葉のクローバーや流れ星、そんな、願いをかなえる有名どころには強いかみさまが宿ってるんだって。
「ねえまる、どこ行っちゃったの」
肺の病で亡くなった彼女が可愛がっていた犬のまるは、祖母が居なくなってから時折姿を隠すようになった。
大好きだった人の忘れ形見のまるが私には彼女の分身のように思えて、動物は飼えないと渋る両親を必死に説得し何とかうちに引き取ることを許してもらったのだけれども、困ったことにこの老犬は年の功なのか実に器用に首輪を外し、のそりのそりと気ままな外出を楽しむのだ。
「まぁるー、ご飯食べようよー」
それでもいつも次の日には帰ってきているまるに私は妙な信頼感を持っていたので、この日もさほど焦りもせずブラブラとまるのお気に入りの散歩コースを歩いていた。
クゥーン、と甘えるような犬の鳴き声。前方10メートル地点。
「あ、まる発見!」
大抵見つけられず捜索がただの散歩で終わる私の耳に聞こえたその鳴き声にニンマリ笑って駆け出して、いつも一緒に遊ぶ小さな公園の中に足を踏み込んだ時、空気が変わったのを肌に感じた。
夏の外気はむしむしと私を包み込んでいたのに急に、快適と言うよりはむしろ少しの寒さが体を取り巻く。
「局所的天変地異?」
こんなこともあるのかと、大して気にも止めずまるの方を見た時、そこに一人の女性が立っているのに気付いた。母と同じくらいの年の人。
「うわー、ごめんなさい。うちの犬が何か粗相を」
しませんでしたかと駆け寄りながら言いかけて、相手の顔をちゃんと近くで見た時。出た言葉は
「おばあちゃん?」
……って、そんな訳ないじゃないと慌てて手で口を塞いだ時、ザアッと強い風がきて、思わず目をぎゅうっとつぶった。
次に見た景色は、一面の草原。遊具も、隣家も道路も消えた、見渡す限り一面の緑。
「お、ばあちゃん、なの」
目の前でおこった超常現象に、思考能力を奪われた私が再び呟いた言葉に、見た目はまだどう見ても五十代の女性は笑って頷いた。
「え、と。まるは」
大きくヨボヨボの老犬がいた場所には、小さな子犬。元気に跳ね回る、可愛い子犬。
それで分かってしまった。
「まる、おばあちゃんがお迎えに来てくれたんだね」
この姿はきっと、祖母とまるが出会った頃のものなのだ。
私の声なんか聞こえていないのか、子犬は草に顔を埋めクンクンと鼻を鳴らす。
「見つかった?」
見た目は随分若がえっていたけれど、声は耳に残る祖母のものと同じでとても不思議な気分になる。
彼女はまるの顔をどかして、そこから一本の草をプチリとむしり、そして私に差し出した。
「あ、四つ葉」
綺麗に開いた緑の葉。
「これにも小さなかみさま。あれにも小さなかみさま」
天上を差す指に誘われ、見上げた先には流れる光。おばあちゃんの指先を中心に、星の動きを写した地学の教科書の写真のようにグルグルと星々が回っているのが見えた。
「天にかみ、地にかみ、木々にかみ、草にかみ、動物にかみ、人もかみ。私も、まるも」
「かみさまになるの?」
「いつもあなたの側にいる」
穏やかな笑みが胸を打つ。
おばあちゃんは、知っていた?
亡くなった夜、死に目に会えなかった私の後悔。携帯の充電をし忘れて、お見舞いに行ったきり帰らなかった両親からの電話に気付かず眠りこけていた。悔やみ切れない愚かさに一人になると涙を浮かべる、そんな私の小さな願いに。
再びザアッと強い風。
おばあちゃんを、まるを、見失ってはいけないと必死に目を開けようとしたけれど、痛くて我慢出来なかった。
目を閉じる直前。
「おばあちゃん、大好き」
伝えたかった言葉を叫んだ。
やがて凪いだのに気付き、そろそろと目を開ければ、いつもの公園、いつもの景色。足元にはくたりとなった老犬まるの大きな体。
「あんた、あんなにちっちゃかったのか」
一つ零れた涙がまた暖かいまるの喉に落ち、その毛を伝って地面に吸い込まれていく。
天にかみ、地にかみ、木々にかみ、草にかみ、動物にかみ、人もかみ。おばあちゃんも、まるも、みんなかみ。
いつでもあんたの側にある、だから寂しがるんじゃないよと優しい声が聞こえた気がした。
まるの体に添わせた手の中、さっき貰った四つ葉が揺れて、叶った願いに私は涙を浮かべたまま、それでも小さく笑っていた。
かみ≠神
四つ葉を探して流星に願う 麻城すず @suzuasa
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