パブリック・サービスデー


 ~ 六月二十三日(火) パブリック・サービスデー ~


 ※四鳥別離しちょうべつり

  悲しい、親と子の別れ



 期末試験までのカウントダウン。

 そろそろ学生が学生らしくなり始める今日この頃。


 せめて担任の教科だけでもまともな点を取らないとまずいってことになって。


 勉強会を開いた帰り道。


「夏木も相当だけど、舞浜には恐れ入った……」

「舞浜ちゃん、何匹作ったの?」

「じゅ、十五匹……」


 俺の説明、聞いてるふりして。

 机の下で、こっそり動物折り紙してたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 手元も見ずに。

 よくもまあ、折りも折ったり十五匹。


 犬、猫、兎、パンダ、ペンギン、ハムスター、イルカ、リス、コアラ、キリン、ゾウ、カメ、ラッコ、ライオン、羊。


「何のセレクトなの?」

「こ、子供の人気ランキング順……」

「勉強教えてやってんのに、どうして舞浜はそうなんだよ。あと、夏木はどこ行く気だよ」


 急に通学路から外れて路地に入ったきけ子が。

 携帯にらみながら、ぶつぶつとつぶやく。


「部活、先に終わっててさ……」

「だれが?」

「二人して、こっちにいるらしいんだけど……、ん?」

「……なんだありゃ?」


 ブランコ一つと、小さな滑り台。

 ゴミかごと水飲み場と、ベンチが二つ。


 小さいながらも、れっきとした公園。

 そんな場所で、甲斐とパラガスが。

 小さな女の子と遊んでた。



「おまわりさーーーーん!」



 さすがはきけ子。

 正しい反応だぜ。


「なんの真似だよ~。夏木~」

「いや、甲斐君は問題ないのよん? でも、パラガスからは下心しか感じない」

「大丈夫だよ~。ちゃんと我慢してるから~」

「なにを我慢してんのよ変態!」

「うはははははははははははは!!!」


 カバン振り回してパラガスを追いかける姿が楽しかったのか。

 女の子は、きけ子を追いかけて走り出す。


 そんな女の子を追いかける甲斐の姿に。

 思わずほっこりした舞浜と俺だった。



「ふふふ。ありがとう、あの子と遊んでくれて」

「いや、遊んでやってるのはあの三人だしな。あいつらに言ってあげてくれよ」

「あなた達も、遊んであげてくれる?」


 ベンチで日傘差してるお母さん。

 俺と舞浜に、笑顔で声かけてきたんだが。


「……舞浜が遊んで来いよ」

「あ、あたし……、ね? 子供、好きなんだけど、どうしたらいいかわからなくって……」


 へえ。

 妹がいるのに、珍しいな。


 なーんて思ってみたけどさ。

 返事はこれしかねえ。


「ミートゥー」

「……あら、小さい子は苦手?」

「苦手じゃなくて、俺の場合は加減が分からなくてさ」


 小さい頃の話だが。

 よく、凜々花をはしゃがせすぎて。

 熱出させちまってたから。


 小学校に上がるころまでは。

 なんだか、はれ物に触るみてえに接してたんだ。


 ……だから。


「さ、三人とも。すごいね……」

「いや、尊敬できるレベル。走り回った後は木陰で涼ませてるし」

「ほんとよね。……後から来た女の子、右の子の彼女さん?」

「いや? そうじゃねえんだけど……」


 きけ子の膝で、一緒に歌を歌ってる女の子が。

 草笛鳴らす甲斐に、楽しそうに拍手送ってる。


 なるほど、こうして見てみれば。

 きけ子と甲斐が、女の子を挟んですげえ良い感じに見えるな。


 ……あれ?

 パラガスはどうした?


 小さい公園だ、首巡らせるには及ばねえうちに。

 そのひょろ長を発見できたんだが……。


「うわ。お前、勇気あるな……」

「え~? 何の話だ~?」


 公園の水飲み場で。

 平然と飲んでやがるけど。


 ……いや?

 そもそもあの飲み口。

 水飲むためのものだし。


 俺が潔癖すぎるのか?



 ちいせえ頃。

 公園で水飲んでたら。

 クラスの奴にきたねえって言われて。


 次の日からしばらく。

 いじめみてえな目に遭った。


 だから、きたねえもんって決めつけちまってたけど。

 実際のとこ、どうなんだろ。



「あの、もしよかったら、その子にもお水を飲ませてあげてもらえないかしら?」


 え?


「構わないですけど~、衛生的じゃないって聞きますよ~?」

「飲んだやつが言うなっての」

「確かに~」

「ふふふっ。……この辺りはね? 公園管理のお仕事されてる方がよく掃除して下さるから、信頼してるの」

「いやいや。掃除の後、口付けて飲む人とかもいるだろうに」


 俺は、自動販売機で水を買ってこようと思って腰上げたんだが。

 舞浜の発した言葉のせいで。

 そのまま停止することになった。


「か、家族……」

「え?」

「家族なら、平気でしょ?」

「そりゃそうだけど」

「町内みんなが家族なら……、平気」

「あら素敵な考えね」

「石器時代かよ」


 いや。

 江戸時代くらいまではあったのかな、そんな考え方。


 共同の井戸。

 共同の農園。

 共同の風呂。


 子供はどこの親にも叱られて。

 親はどこの子供も等しく愛して。


 ……そういえば。

 そんな昔には、公共サービス的なものもほとんどなかったのか。


 井戸が壊れたら。

 自分達で直さなきゃいけなかったし。


 氾濫する川に。

 堤を作るのも自分達。


 おりしも。

 今日はパブリック・サービスデー。


 共同で飲める水が、安全であるために。

 公共事業に就く人たちが。

 手を、心を尽くしてくれているに違いねえ。


 ……でも、さ。


「そうは言っても、実の家族とは、やっぱちげえだろ」

「そ、そう、かな?」

「ふふふ、それはそうよね……。パパとひいおばあ様も、口喧嘩ばっかりしてるのにほんとは仲良しだし」

「ん? 何の話だ?」

「実の家族はやっぱり違うってお話。……お隣りのお家、あの子のひいおばあ様のお宅なの」


 そう言いながら、おばさんが見つめる家は。


「ホ、ホラーハウス……、ね?」

「言っちまいやがった」


 お世辞なんか言う術もねえほどの。

 見事なあばら家。


「……それが?」

「あのお家で雨漏りしちゃっててね。パパが直しに来たの」


 なんと。

 縁あるな、雨漏りに。


「でも、さっき話した通りね? パパとおばあ様、仲良しなくせに、顔合わせると必ず口喧嘩してるの。居心地悪いからここで時間潰してるのよ」


 なるほどね。

 あんな小さな子に見せるもんでもねえし。

 そりゃ納得だ。



 ――公共事業の話から。

 流れ流れて家族の話。


 それより気になるのは、雨漏りだ。

 やっぱプロじゃなくても直せるもんなのか。


「……不躾で済まねえ。お願いがあるんだが」

「なあに?」

「俺も雨漏り修理しなきゃならなくてさ。ちょっと様子を見てえんだが……」

「あらあら。お父さんに頼んだら?」

「ちょっと、そういうわけにいかなくて」


 親子の関係なんていろいろあるもんだぜ、おばさん。


 でも、正直なとこ。

 なんで舞浜が俺に頼まなきゃいけなかったのか。

 理由は知らねえけど。


「言ってみるだけ言ってみたら?」

「ん?」

「お互いに距離が測れなくなって遠慮し合ってるだけかもよ? 意外とあっさり直してくれるかも」


 親子なのに。

 距離を測れなくなる?


「……そんなもんなのか?」

「よくある話よ。……多分、パパとひいおばあ様も、ね」


 なにやら意味深な話をしながら。

 おばさんに連れられて。


 向かったお宅の玄関先。


 どうやら、件のお父さん。

 もう雨漏り工事を終わらせたみたいで。


 大工道具片手に。

 よぼよぼのばあさんと。


 引き戸を開けっぱなしで。

 何やらもめていた。


「いいってばあちゃん! 生活苦しいって言っても、なんとかなってっから!」

「ほなら、修理代じゃのうて! ここまでの足代や、手ぇ広げ!」


 見た目に反して頑固な声音が。

 少しだけ白髪が出始めたおじさんの手を無理やり広げると。



 そこに押し付けられたのは。

 雑多な小銭と。

 くしゃくしゃなお札が何枚か。



 困り顔のお父さんが。

 また様子見に来るからと出ていく姿に。


 面倒だからもういいよと。

 かける声には四鳥別離しちょうべつりなんて感じねえ。


 どこにいたって。

 孫とおばあ。


 腰が曲がって、顔をあげるのも難儀そうにするおばあさんは。

 孫が遊びに出かけるのを嬉しそうに見守る時の顔をしていた。



 ……ああ、そうか。



 いくつになったって。

 孫は一生、おばあにとっては孫。

 子供は一生、親にとっては子供なんだ。



「…………あの、ね?」

「ん?」

「やっぱり、お父様に頼んでみる」

「…………そうか」



 梅雨時に珍しく抜けた空の下。

 難儀そうに大工道具をぶら下げて歩くお父さん。


 その足に、娘が体の全部でしがみつくと。



 重たくなったから、敵わん。



 そんな言葉を。

 幸せそうにつぶやいていた。

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