ロマンスの日


 ~ 六月十九日(金) ロマンスの日 ~


 ※喋喋喃喃ちょうちょうなんなん

  男女で小声で話し合ってる仲良さそうな感じの憧れのあれ



「あたしは、あきのん誘いに来たの! 男子となんか行くわけ無いし!」

「そう言うなよ~! デートなら俺と行こうよ~!」

「…………立ってろ」



 アシュラとパラガスが廊下送りになった自習タイム。


 今日は、数学の先生が病欠で。

 担任監視の元で、プリントと戦ってるわけなんだが。


 席は移動していいってことで。

 小さい声ながら、あちこちで談笑が聞こえてた自由な時間でも。


 さすがに今の大騒ぎには雷が落ちた。


「バカだなあいつら」

「で、でも……、ね? ちょっぴり助かった……」


 恋愛的な意味で。

 女子であるアシュラからしょっちゅうデートに誘われるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 いつも、断るのに難儀してるからな。

 心底ほっとして、でかいため息吐いた後。


 アシュラのせいで止まってた説明を。

 再び開始した。


「だから……、ね? 公式に当てはまる形に、式を変えるだけでいいの……」

「だけって言われても分からないのよん! どう変えるの?」

「そ、それを教えたら、全部解けちゃう……」


 さすがはバリバリの理系。

 教えるのヘタだな。


 プリントごと後ろに向いて。

 シャーペン握ったきけ子の困り顔。


 それに負けじと。

 眉を『八』の字にさせた舞浜。


 助けてやりてえとは思うが。

 友達もいなかった俺だ。

 他人に勉強教えるのヘタだから。


 多分同じことになる。


 ……そんな俺たちに。

 頼れる男の助け舟。


「……見てられないな、代わるよ。いいか、夏木。この式、右に寄せればこうなるし、左に寄せればこうなるだろ?」

「うんうん。無限に変形可能だからどうしたらいいかさっぱり!」

「公式ってさ、左に括弧二つ。右に数字一個だろ? そうなるようにしてみ?」

「こう?」

「すげえな、一瞬で出来やがった。じゃあ、答えは?」

「…………あ! ほんとだ、解けた!」

「同じやり方だから。次のは自力でやってみろよ」

「おっしゃやってみるのよん! …………こう?」

「合ってる合ってる」

「おっしゃ!」


 ……きけ子の横にしゃがみ込んで。

 課題の解き方教えてるのは甲斐なんだが。


 こいつ、俺と舞浜のケンカ止めるためにわざわざ来たのに。

 気が付きゃ、きけ子と喋喋喃喃ちょうちょうなんなん


 作戦と関係ねえ話で。

 くすくす笑ってたんだが。


 なんだか。

 俺の作戦、まったく進んでねえのに。


 仲良くなってねえか?


 ……そんで。

 役立たずだったお前な。


 しょんぼりしながら話しかけてくるんじゃねえよ。


「同じこと教えてるのに、何が違う……、の?」

「分かんねえけど。それよりケンカ中なんだから気軽に話しかけんな」

「あ! そうだ! ケンカの仲裁しなきゃ!」

「そうだったな。この作戦からは逃げられないぜ? 食らうがいい!」


 自信満々に、甲斐がポケットから出したものを。


「こら、ちょっとは警戒しろお前は」


 なんにでも興味深々な舞浜が。

 無警戒に受け取るなり。


「こ、これは……っ!」


 見えるはずのない尻尾を。

 ぶるんぶるんヘリコプターみてえに回してやがる。


 ――ああ、なるほど。

 行った事ねえんだな。


「ゆ、夢にまで見たこれは、映画のチケットと呼ばれる品……」

「やっぱり食いついたか」

「舞浜ちゃん、庶民的なものだとこうなるって読んでたのよん!」

「保坂と二人で行くならプレゼントするぜ?」

「行く!」

「勝手に決めるな。俺は行かねえぞ?」


 まったく、いつもの無表情はどうした?

 ががーんって効果音が聞こえてくるほどのびっくり顔すんじゃねえ。


「なんでケンカ中のお前と行かなきゃならねえんだ」

「じゃ、じゃあ、ケンカは店じまい……」

「店じまわねえよ何言ってんだ?」


 どうして片っぽが終了したら終わるんだ。


 そんでお前らは。

 舞浜に台本渡してるんじゃねえよ。


「こうしゃべれば、保坂ちゃんならOKしてくれるから!」

「ほら、保坂もちゃんと台本見ろ」

「バカなのか?」

「こ、これ通りにしゃべるの?」

「そうそう!」

「えっと……。両手を組んで上目遣いに、一緒に行ってくれたら素敵なプレゼントがあるよ?」


 読むなト書き。

 

「…………おい監督。この役者、素人にもほどがある」


 あちゃあって、天を仰ぐきけ子と。

 台本の読み方説明し始めた甲斐。


 お前らには悪いが。

 俺がその新人女優に首肯することはねえ。


 だって、そのチケット。

 ごりごりのラブロマンスじゃねえか。


 ケンカ中じゃなくったって。

 こいつとなんか恥ずかしくて行けねえよ。


「わ、分かった……。読むのは、ここだけ……、ね?」

「そうそう」

「ほ、保坂ちゃん」

「なるほど。台本書いたのは夏木か」

「かっこ一番保坂ちゃんが好きな夢かっこ閉じを叶えてあげるから」

「…………良かったな、俺が大御所役者じゃなくて」


 もしそうなら怒って帰るとこだ。


 ……いや。

 大御所って連中のうち一部の人だけだろうけどな、そんなことすんの。


「じゃあ、ここは自分で考える……、の?」

「そうそう!」

「保坂の夢、舞浜ならいくつか知ってるだろ? それ言えばいいんだ」


 手取り足取り。

 いちいち説明された舞浜が。


 しばらく首をひねる。



 ……俺の夢か。

 そんなのこいつに話したことあったかな?


 いくつか思い当たることがないことはない。

 でもそれを、こいつが叶えてくれるって?


 いやいや、バカな。

 そんなこと約束されたところで。


 俺が、舞浜とのケンカをやめるなんてことは……。


「ほ、保坂ちゃん」

「お、おお」


 来た!

 気をしっかり持たねえと……!


 でも、もしアレだったらどうしよう!

 いやいや、万が一あっちだった日にゃ、俺は……っ!


「次に、何かネタやった時、笑ってあげる……、ね?」

「みじめだな俺!? そんな情けねえ話あるか!?」


 意味も分からずに言うからそんなことになんだよ!

 ちきしょう、バカにしやがって!



 こうなったら、わざとじゃなくて。

 心底から無様に笑わせてやる!



「そんなに大人のロマンス映画見てえんだったら、見せてやる!」

「え?」

「俺だって、髪をオールバックにセットしたら大人の男性になれるんだっての!」


 仕込んでおいたヘアブラシ。

 机から出して、髪をひと撫ですれば。




 チョークの粉で。

 あっという間にロマンスグレー。




「ぷふふっ! それじゃ白髪だよ保坂ちゃん! 大人になりすぎ!」

「夏木、堪えろ! わ、笑うと廊下行きに……、くくくっ!」


 そうだよな、これ、おもしれえよな。

 凜々花つき合わせて、何度も特訓したネタなんだ。


 だってのに……。


「お、大人……」


 さっきの約束はどこへやら。

 こいつはいつも通り。

 慌ててネタ探して。


 長い髪をわたわた束ねて。

 それを耳の横で。



 『8』の字に結わえた。



「うはははははははははははは!!! そりゃ大人じゃなくて、昔に戻っただけだろうが!」

「わはははは! や、弥生時代……っ!」

「ぎゃはははは!」

「…………立ってろ」




 ――こうして、前代未聞。

 六人の生徒が廊下行きになったわけだ。




「ほれ、返却だ」

「うう……、二人で行って欲しいのに……」

「うるせえ。お前らがそれで研究でもしてくりゃいいだろ?」

「仲直り作戦のネタ……? よし! 甲斐君、明日行くよ!」

「まあ、研究ってことならやむなしか……」



 俺は、なんとかババを押し返すことに成功したんだが。


 まあ。

 そうなるわな。


「……髪はアラビア数字で。眉は漢字」

「なに……、が?」


 いつまでも。

 きけ子のポケットに収まった映画のチケット見つめながら。


 眉を『八』の字にさせてるこいつは。

 随分寂しそうに鼻をすすってやがった。

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