寿司の日


 ~ 六月十八日(木) 寿司の日 ~


 ※唇亡歯寒しんぼうしかん

  持ちつ持たれつお互い役立つ反面、どっちかがコケればもう一方も転ぶ。



 今朝は、甲斐ときけ子が。

 二人して舞浜を説得してたらしい。


 普通なら。

 いや、俺だったとしても。

 知り合いのケンカなんか。

 ぜってえ放っておくだろうに。



 ほんとお前ら。

 いいやつらだよな。



 そんなお前らに、くっ付いてもらいてえから。

 決行する気になった。


 『押すんじゃなくて、どんがらばったん引いてみろ作戦』


 でも、どれだけきけ子に甲斐の悪口言っても。

 全部否定されるから。


 一個も悪口言ってることにならねえ。


 ここは甲斐の方から先に。

 きけ子の悪口吹き込もうと思うんだが……。


「そっちはお前の担当だったのに。嫌がるから全部俺がやんなきゃなんねえ」

「??????? た、担当……、今日保坂君、炊事当番?」

「そうじゃねえ」

「お父様が当番? また、お弁当無し?」

「今日は凜々花が当番。あいつの手製だ」

「へえ……。いいなあ……」

「お? なんだ、ケンカ終わったのか?」


 きけ子はランチミーティング。

 そんなあいつに頼まれたんだろうな。


「いや、そう見えるとしたらどうかしてるぜ、甲斐」

「分かりづらい。仲いいようにしか見えねえよ俺には。あるいは、今日こそ仲直りさせる」

「そればっかだなお前」

「今日はここで飯食っていいか?」

「ご自由に」


 ずいぶん強気に来たな。

 でも。

 飛んで火にいるなんとやら。


 きけ子の悪口。

 ぶっこむチャンス到来だ!


「俺たちの事気にして、夏木と年中相談してるみてえだな」

「確かに。気付いたらいつも一緒にいる気がする」

「そりゃ難儀だな。夏木、お前のこと優柔不断で面倒なヤツって言ってたし」

「そ、そうなんだ……」


 甲斐が、腰を落ち着けかけたきけ子の席から移動して。

 パラガスの席で弁当広げてる間に。


 悪口をストックしておこうと頭をフル回転。


 ……でも。

 あいつのダメなとこ。


 結果、全部。

 このカタカナ二文字に集約されるんじゃねえの? 


「いくら相談したって、あいつじゃ役に立たねえだろ。バカだし」

「そんなことねえぞ?」

「そんな事、ない……、よ?」


 あれ?

 舞浜はともかく。

 お前、なんだよそのノータイムの否定。


「いやいや。だってあいつと相談しても変なことばっか言い出すんじゃねえの?」

「変じゃねえ。次から次へとよくあれだけアイデア湧いて来るって感心するぜ」


 おいおい。

 まじか。


「でも、相談中に同じこと何度も説明しなきゃなんねえだろ? 他人の話聞かないから」

「それもさ、面倒だけど可愛いとこでもあるだろ」


 おいおいおいおい。

 どうなってんだよ甲斐の奴。


 これじゃ悪口言ってる意味ねえよ。

 同意してもらわねえと。


 ……あと、さ。


 お前は首ブンブン振って同意してんじゃねえよ、ライブ会場か。

 ちょっとは手伝えっての。


「なんでお前らが意気投合してんだよ。打ち合わせ済み?」

「別に申し合せてねえけど」

「一般論……、的な?」

「いやいや。俺の話、間違ってねえだろ? あいつはバカ界のトップアスリート」

「そんなこと無いし、お前の話は笑えない」

「そんなこと無いし、保坂君のネタも笑えない」

「ネタは関係ねえだろ!」

「わはははははは!」


 爆笑する甲斐の前で。

 すまし顔してるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ああ、見えるぜ俺には。

 その仮面の下。

 すっげえドヤ顔。


 イジられ慣れてねえから。

 こういう時、どう返せばいいのか分からねえ。


 今後はパラガスを見習おうとか。

 ネガティブな反省しながら。


 何もリアクションできねえことを誤魔化そうと。

 弁当箱の蓋開けたら。


「わはははははは! お前の弁当、なんなんだよ!」

「ぷふっ! ……ふふふっ!」




 保冷剤の上に。

 刺身が六枚。




「舞浜が笑ってるの初めてみた気がするぜ。やったじゃねえか保坂!」

「いや。残念だが、俺が笑わせたわけじゃねえ。妹のネタだとこいつは笑うんだ」

「どういう意味だ?」

「これ仕込んだの。妹」

「なるほどね。しっかし、刺身って。梅雨時にチャレンジャーだな」


 ほんとだぜ。


「どうすんだこんなの。メシもねえし」


 そう呟きながら。

 舞浜の弁当箱の中身を見ると。


 今日は白米だけがぎっしり詰まってた。


「は、半分……、いる?」

「なるほど」


 唇亡歯寒しんぼうしかんとまで大げさなこと言わねえけど。

 こいつから、米半分貰って。

 そんで、俺がおかずを半分あげれば弁当として成り立つわけか。


「そういうことなら是非」

「あと、これもある……、よ?」

「……いや、いらねえよ。なんでお酢と砂糖」


 どうしろと?


「それと、これも……」

「調理場用の除菌スプレーかよ」


 お前。

 ぜってえ凜々花と結託してるだろ。


 しょうがねえな。

 肘のあたりから、爪の間まで。

 じっくりしっかり除菌して。


 舞浜の弁当箱にお酢と砂糖入れてよく混ぜて。


「へいらっしゃい。何にぎりやしょ」

「じゃ、じゃあ、トロ下さい。サビ抜きで……」


 さっきからずっと。

 腹抱えて笑ってる甲斐を放っておいて。


「わははははは! い、息できねえ……、くるしい……!」


 シャリを左手でしっかり目に握って。

 刺身を乗せて。


「へいお待ち」

「す、すごい……。学校でお寿司食べれるなんて、夢みたい……、ね?」

「言いてえことはそれだけか?」

「…………お醤油忘れた」

「わははははは! お前らほんと、ケンカ中なのに仲いいじゃねえか!」

「あ、忘れてた! ケンカ中だケンカ中!」


 つい忘れちまうぜ。

 てめえのせいだからな、舞浜。


 ……でもさ。


「お前と夏木だってそうじゃねえか」

「何が?」

「仲良くしょっちゅう話してるんだろ? 嫌い同士なのに」

「……嫌い、か。ああ、そうだな」

「そうだよ二人で悪口言い合っててさ。夏木のヤツ、結構我慢してるんじゃねえの? お前とじゃなくて他の男子と話してえだろうに」

「そ、そんなもんかな……」

「そりゃそうだろ。夏木、モテるから。あいつと話してえ男子だっていっぱいいるっての」


 そうだ、自分で言って気が付いたけど。

 お前ら、二人でいると悪口言い合ってるくせに。

 なんで俺が言うと全否定なんだよ。


 これじゃ作戦上手くいかねえじゃねえか。


「……もう、お前ら打ち合わせすんのやめろよ」


 なんとなく。

 そこを止めれば悪口も素直に聞いてくれるような気がする。


「俺と舞浜を仲直りさせんのは諦めろっての」

「そうはいかないぜ。お前ら仲直りさせるとっておきの作戦お見舞いしてやる。明日を楽しみにしてやがれ」


 甲斐は弁当かっ込みながら。

 スマホいじってメッセ送ってるけど。


 その相手。

 きけ子だよな?


 ちきしょう、どうにもうまくいかねえぜ。


 しかも。


 俺がこんなに苦労してるのに。

 舞浜が、ニコニコ笑い出したんだが……。


「何が可笑しいんだよ。ケンカ中だろうが」

「そう……、だよ?」


 肯定しておきながら。

 笑いっぱなしって。


「なんだよニヤニヤしやがって。言いてえことがあるならはっきり言え」


 そんな、俺の突っ込みに対して。

 舞浜は、間髪入れずに言いたい事を口にした。


「……ハマチ」

「……………………へい毎度」



 結局、六貫全部舞浜に食われて。


 俺の昼飯は。

 余った酢飯になった。


 まさに唇亡歯寒しんぼうしかん

 刺身無しじゃ。

 味気ねえっての。


 ちきしょう。

 明日こそ、二人にさんざん悪口吹き込んでくれる。

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