水事無しの日
~ 六月十七日(水) 水事無しの日 ~
※
心も体もきっちりかっちり。あるいは融通利かねえヤツって皮肉の意味も。
授業中だってのに。
しょっちゅう後ろ向くけどさ。
なんでお前。
今まで一度も注意されねえんだ?
「ねえ、舞浜ちゃん。仲直りしてあげなよ」
「ううん? 許してあげないの……、よ?」
「こっちだって許してやる気はねえ」
いくら説得されても。
頑として首を縦に振らないこいつは。
そんな頑固者と俺とのケンカを仲裁しようとして。
きけ子がしょっちゅう話しかけてくるが。
そう簡単に収まると思うなよ?
「もう……。二人がケンカしてるせいで、あたしが甲斐君とケンカできないわよ」
「十分ケンカ中だろお前らも。甲斐の奴、夏木が子供みてえだって呆れてたぜ?」
「そ、そうなんだ……」
「なになに~? あっちもこっちもケンカ中~?」
「うるせえ黙れ。お前ともケンカだ」
「それいいわね。あたしもパラガスとケンカ開始よん!」
「とばっちりだ~!」
お前が混ざるとややこしくなる。
排除だ排除。
……いや?
まてよ?
「まったくてめえは。甲斐と一緒で面白味ねえやつだな!」
「ひでえな~。俺、あいつよりは面白いと思うぜ~?」
「まあ、そうだよな。甲斐よりはましだよな」
「そうだよ~。あいつ、めちゃくちゃ頭硬いしさ~」
「融通きかねえし」
「そうそう、そうだよな~!」
よし。
パラガスとハサミは使いよう。
うまいこと甲斐の悪口引き出したところで。
きけ子に同意を求めたんだが。
「お前もそう思うだろ?」
「いや~? そこまで融通利かないかな、甲斐君」
「利かねえ利かねえ。なあ、パラガス」
「ああ~。女子マネのロッカー覗いてみようぜって誘ったら、あいつ竹刀持ち出してきてさ~。めちゃくちゃ叩かれた~」
そりゃあてめえが悪い。
しかし、さすが甲斐だな。
あいつの
俺は美徳だと思う。
でも。
ここはパラガスの話に。
乗っかっとくべきだろうな。
「あいつ、やっぱ頭かてえな。ぜってえ道端の花とか見ねえタイプ。彼氏とかにした日にゃ必ず後悔するっての」
「そうかな? そこまでは思わないけどね……」
「うん。そんなことないと思う……、よ? 前に、校舎前の花壇が綺麗って言ってた……」
「ポーズに決まってんだろ。舞浜にいいとこ見せようとしたにちげえねえ」
「と、友達の頃悪く言うの……、ダメ」
「別に友達じゃねえし」
そして始まる。
俺と舞浜との聞くに堪えない小競り合い。
きけ子とパラガスはあきれ顔で前を向いたんだが。
まだまだ俺たちのケンカは止まらねえ。
「……そうだ。ケンカ中だから、今日もおかず持ってきてねえからな」
「そんなの期待してない……、よ?」
「へえ? 今日は珍しく親父が作ってくれたんだが。ひょっとしたら意外なおかず出てくるかもしれねえのにな~?」
「き、気にしない……、もん」
こういう時のお前は分かりやすいな。
めちゃめちゃ気にしてんじゃねえか。
へっへっへ。
そういうことならこうしてくれる。
俺はこれ見よがしに弁当箱出して。
立てた教科書に隠しながら包みを開いて。
チラチラ様子を窺う舞浜に。
わざと見えるように蓋開いたら。
……中身は。
五百円玉と、紙が一枚。
『凜々花ちゃんのデコ弁作り終わったところで力尽きました』
「ふざけんなあいつ!」
弁当一つ作ったらあまりもんぐらいできるだろうが!
唖然としながら。
五百円玉がりがりかじってたら。
舞浜のやつ。
嬉しそうに可笑しそうに。
笑いこらえて頬膨らませたまま。
ぷるぷる震えてやがる。
ちきしょう、凜々花に続いて。
親父までこいつを笑わせるとは。
「あいつに炊事当番やらせるとろくな事ねえ」
「……当番? 炊事、三人で交代?」
「円グラフ当番表があるんだよ」
「ほんと? ……いいなあ」
お前のツボ。
毎度毎度、変。
よっぽど羨ましかったのか。
ノートにカッター入れて。
当番表作り始めやがったが。
「と、当番って何があるの?」
「俺んちのは三分割。炊事、掃除、親父」
「ぷふっ!」
おお。
舞浜史上最大級の笑いを拝めた。
でもな?
「い、今のは面白かった……」
「だろうな。当番表作ったの、凜々花だから」
「やっぱり……。おもしろいね、凜々花ちゃん」
親父に続いて、今度は。
凜々花が舞浜笑わせることになったわけだが。
ちきしょう。
俺のネタとどこが違うんだ?
「じゃあ、今日はお父様が炊事当番?」
「そう」
「保坂君……、は?」
「親父当番。つまり、テレビ見ながらソファーで携帯いじってる係」
ふむふむ、じゃねえ。
参考にすんな。
どんな当番表作る気だよ。
「ああ、そうだ。今日は当番ねえから、雨漏りの様子見に行ってやるよ」
「ほんと?」
「ちょうど水事無しの日だし」
「…………スイジ? しない日?」
ああ、言いてえこと分かる。
炊事じゃねえ。
「いや、水って書くんだ。……そういや、どういう意味だろ」
「……ありがと。凄く助かる」
「水事無しってことは、雨漏り修理もしちゃダメな日なのかな……?」
「そ、それ、困る……」
「ああ、心配すんな。またお前の部屋に入ることんなるけどそれは許……、せ……、なんだよ夏木」
すげえ気持ち悪いニコニコ顔して俺のこと見てやがるが。
なんだお前?
「……ワライダケでも食ったのか?」
「よかったのよん! ケンカ終わったのね!」
はっ!?
忘れてた!!!
「ちげえ! ケンカ中だケンカ中!」
「まったまたあ」
「ほんとだっての! なあ、舞浜!」
慌ててお隣見てみれば。
こっちを向いた舞浜の。
顔の前に、当番表。
その円グラフの。
外の枠が半分ずつに区切られて。
『ケンカ中』
『仲直り』
そして内側が。
『保坂君』
『私』
「うはははははははははははは!!! 一生出会えねえ、睡眠中に目覚める別人格!!!」
ちきしょう、このセンスな!
ケンカ中だろうが何だろうが。
悔しいけど勝てやしねえ。
俺は廊下へ出て、定位置になり始めた場所に立って遠くの山を見つめながら。
あいつの笑いについて分析する。
きっと。
『何を書いたらいいかわからない』とか聞いてきた時には。
このオチを思いついてたんだ。
なんて策士。
ケンカ相手ながらあっぱれ。
そこまで考えて。
頭がクリアーになった時。
初めて気が付いた。
「誰も立ってろなんて言ってねえ!」
俺は、自分自身の体の異変に。
ただひたすら恐怖した。
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