和菓子の日


 ~ 六月十六日(火) 和菓子の日 ~


 ※焦心苦慮しょうしんくりょ

  心配して苦しい



 何年も、何年も。

 長い間、ずっと。

 心から欲しかった。



 友達。



 俺のことを友達と呼んでくれるやつがいれば。

 それがどんな性格してようが。


 文句なんか言うつもりはねえ。



 ……なのに。



「悪いな、俺たちのせいで。まさか友達に迷惑かけることになるとは……」

「舞浜ちゃん、今日は早退しちゃったし。友達としちゃ心配なのよん!」


 キャラじゃねえから。

 聞こえなかったふりしてごまかしたんだが。


 危うく涙が出そうになったっての。


 友達と呼ぶには。

 俺の方が気後れしちまう。

 

 焦心苦慮しょうしんくりょを顔に張り付けて。

 校門を出た俺に慌てて駆け寄って来た二人。


 甲斐ときけ子が。

 優しい言葉をかけてくれた。


「お前ら、優しいな……。駅前の甘味処寄ってくか? おごってやるぜ」

「いや、別におごってくれなくていいけど……」

「ご馳走様っ!!!」


 さすがきけ子。

 妙な遠慮とか無しで気持ちいいぜ。


 でも、そんな直球女に。

 まじめ野郎が文句言いだした。


「お前はさあ。この状況でよくそんなこと言えるな」

「う。……そ、そりゃそうか……」

「いいっていいって。夏木らしくて嬉しいぜ」

「そうよねやっぱ! ほら、この方がいいって!」

「こいつ……!」


 舞浜と一日半もケンカし続けて。

 疲れ切ってた俺に清涼剤。


 無遠慮なところを叱り続ける甲斐と。

 そんな甲斐の言葉を話半分で聞き流すきけ子との会話。


 どういうわけか楽しくなっちまう口喧嘩をBGMに。

 先週舞浜と一緒に寄った甘味処の扉を開いた。


「いらっしゃいませ」


 俺たち同様。

 学校帰りの女子グループ二組と。

 ご近所の婆さんたちでにぎわう店内。


 いつも笑顔のお姉さんが手の平で勧めるテーブルに腰かけて。


 メニューを二人に渡して。

 俺も逆さ向きにのぞき込む。


「おいしそ! ちょっと待ってね、厳選しねえと……」

「やめろって、あんみつでいいだろ。それより舞浜のことを……」

「やだやだ勝手に決めないでよ! 舞浜ちゃんのことはきっちり全力で何とかする! あたしが食べたいもんも厳選する!」


 うはは。

 さすがはきけ子だ。

 ちょうおもしれえ。


「わかったわかった、怒るなよ。……じゃあ、俺もじっくり選ぶか」

「そうそう、じっくり選ぶのよん!」


 肩すくめて呆れた甲斐が。

 メニューをちらっと見てつぶやくには。


「……白玉セットでいいや」

「ダメダメ! よく金額見なきゃ。これとこれとこれ!」

「ん? ……ほんとだ。何十円か足すだけでもう一品増えるんだな」

「そうそう! ってことであたしは野沢菜付き!」

「ちょ、ちょっと待て。えっと、そしたら……」


 ははっ。

 気づいたら立場逆になってんじゃねえか。


 しかも、悩む甲斐を放っておいて。

 きけ子が俺に寂しそうな顔向けて本題始めやがった。


 すげえマイペース。


「ごめんね。そもそもはあたしが舞浜ちゃんに相談したのが悪いんだよね……」

「ほんとだっての。散々甲斐に迷惑かけてるうちに気になったとか。そんでお膳立てしてやったのにめちゃくちゃにしやがって」

「う。ご、ごめん……」

「いや、そう言わないでやってくれよ。夏木は別に悪くねえだろ」


 ようやく注文が決まった甲斐が。

 店員さんに手をあげて呼びながら、きけ子をかばう。


 そしてオーダーからの。

 三人そろってお姉さんへのお辞儀を挟んで。


「……夏木は悪くねえってのには俺も賛成だぜ。てめえが一番悪いだろうが、なんなんだよ」

「一番? そこまで言うか?」

「そうそう! 悪いとしたら半々よん!」

「いいや、そうはいかねえ。キブリー騒動ん時、こいつ夏木に抱き着かれてよろこもげっ!?」

「な、何でもねえからな!」


 馬鹿め、甲斐よ。

 慌てて俺の口塞いだところで無駄な抵抗。


 普段は鈍くてちょろいきけ子だが。

 こういう事には鋭いやつだかんな。


「……慌てなくてもいいわよん。そんときどう思ったかなんて関係ないから。今は嫌い同士なんだし」

「確かにそうだな。ファンクラブとか、デマ流さないでくれよ?」

「言わないわよ。そもそも甲斐君の話なんか誰ともしないし」


 会話の内容に、妙にそぐわないほど気軽な口調で。

 しかも笑顔で口喧嘩する甲斐ときけ子なんだが。


 でも、嫌い同士って言ってるのは今のとこ本心なんだろうな。

 


 手ごわいぜ。



 舞浜とのケンカはともかく。

 この二人をうまい事くっ付けねえといけねえ。


 そのためには。

 さっきくらいの攻撃じゃ足りねえか。


 もっともっと。

 二人の悪口言わねえと。


「ねえ、舞浜ちゃんが怒った時さ。悪口なんか言いたくないとか言ってたじゃない?」

「そうだよ。どっちも褒めまくってたらケンカになったんだから、今度は逆にウソついて悪口言えって言ったら怒り出した」

「その理屈は意味分かんねえけど、舞浜に言ってあげてくれよ。もう俺たち付き合う気ないから、嘘もつく必要ないって」

「そりゃ関係ねえだろ。ウソをつけ、悪口言えって俺が言ったこと自体を怒ってんだからよ」

「ま、まあな……」


 だったらどうしたら舞浜の機嫌が直るか。

 そんな解答あるはずねえんだ。


 でも、この男は。

 責任感をエネルギーに変換して。

 頭をフル回転させてやがる。


 で、それに対して。

 きけ子はきけ子で優しい言葉をかけてくる。


「ねえ、保坂ちゃん」

「ん?」

「あたし、甲斐君と付き合わないからさ。舞浜ちゃんにウソつかなくていいよって言ったら仲直りできるんじゃない?」

「今の話まるっきり聞いてなかったのかよお前は!」

「へ?」


 きょとーん、じゃねえぞ!

 呆れたやつだなホント!


 だが、それでいい。

 思いっきりぼろくそ言ってやるっての!


「こいつほんとにさ、まるっきり人の話聞いてねえんだ」

「ああ。俺もそれ、感じてた」

「なによ! なんであたしがディスられる流れになってんの!?」

「それはなるだろ。お前、人の話聞いてなさすぎだ」


 甲斐の突っ込みに。

 怒ったきけ子が椅子から立ち上がりかけたんだが。


「あんみつきたー!」


 一瞬ではちきれんばかり笑顔んなって。

 お尻でぴょんこぴょんこ跳ねながらお姉さん見上げるとか。


「わははははは!」

「うはははははははははは! すげえや。夏木の悪口、言う方がバカバカしいっての!」

「なに? それも悪口!?」

「だから、なんで聞いてないんだよお前。保坂は悪口言う気にならなくなったって言ったんだ」

「うはは! 結局悪口になった!」


 他のお客様に迷惑だからって。

 お姉さんに柔らかく叱られる男子二人に笑われながら。


 あんみつに浮いた白玉みてえにまん丸に膨れたきけ子は。

 ムッとしたまま臙脂と白を半々、スプーンにすくって口に放り込むと。


「すげえ美味い! いやあん! これあたし、毎日食べたい!」


 喜怒哀楽、コロコロ転がるサイコロを。

 全面『喜』の字に変えちまった。


 俺も甲斐も大笑いしながら。

 きけ子につられて程よく冷えた甘味を口に運ぶ。


 ……そういや、舞浜も。

 そんな感じで、目ぇ丸くさせてたっけな。



 さて。



 そんじゃ、ばあちゃん直伝の。


 『押すんじゃなくて、どんがらばったん引いてみろ作戦』


 再開だ。


「わりいなお前ら。ケンカ別れしたばっかなのに一緒にいさせて」

「いや、それは構わないけど」

「ほんと、付き合わなくて良かったんじゃねえか? 仲悪すぎ」

「ん? お前、まだ俺たちの事くっ付けようとしてたんじゃないのか? 悪口作戦的な……」

「だって、面と向かって付き合わねえって言われたんだし。もうちょっかい出さねえよ」


 凜々花みてえな早さであんみつ平らげてくきけ子を男二人で眺めながら話してたら。


 ふと。

 甲斐の奴が楽しさと寂しさがない交ぜになったような顔した。


 これはどっちなんだろ。

 ちょっかい出さねえって言ったことへの安堵か。

 それとも、素のきけ子に、も一度恋し始めてんのか。

 まだ分からねえな。


「そうだ! それよか、保坂ちゃんは舞浜ちゃんと付き合わないの?」

「なに言ってんだお前? 話、変わりすぎだろ」

「いや、確かに。どうなんだよその辺」

「冗談じゃねえ。俺の夢は、あいつ授業中に笑わせてひでえ目に遭わせてやることだっての」

「いっつも逆じゃん」

「ぐ」


 ああ、そうだよ。

 どうせいっつも負けてますよ。


「なんでお前ら笑わせ合ってるんだ?」

「……もともとは、舞浜に友達作るにゃ堅っ苦しくねえとこ見せんのが一番だって思ってよ」

「は? だったらなんでお前が笑わせられてるんだよ」

「言うな! てめえには武士の情けってもんねえのか!?」

「ぎゃはは! 保坂ちゃんのおもしろも好きだけどね、あたしは!」


 きけ子が俺の肩叩きながらフォローしてくれてはいるが。


「じゃあ、舞浜と俺のネタ、どっちがおもしれえ?」

「舞浜ちゃん」

「ほら見ろひでえ」

「……まあ、確かに。保坂より舞浜の方が面白いよな」

「これでもか?」


 癖って言うかなんて言うか。

 ついつい仕込んでたネタ。


 俺が、手で唇を摘まんで広げると。

 そこに現れたのは。




 上下前歯に。

 これでもかと刺さった白玉八個。




「よくこれでしゃべれてたと思わね?」

「ぎゃはははははははははは!」

「わははははははははははは!」



 ほら見ろ、俺だっておもしれえ。


 でも、まあ。

 こうして店外に追い出されることになるわけだがな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る