暑中見舞いの日


 ~ 六月十五日(月) 暑中見舞いの日 ~


 ※佶屈聱牙きっくつごうが

  かたっ苦しくてさっぱり読めねえ文章



「おにい! 暑中見舞い来たー!」

「やっぱ来たか」


 朝、出がけに凜々花から押し付けられた葉書は。

 毎年恒例、ばあちゃんからの暑中見舞い。


「何度説明しても分かってくれねえ。暑中見舞いの日は、暑中見舞い葉書発売し始めた日だってのに」

「ほんとはいつ出すの?」

「梅雨明けしてからって聞くけど」


 まあ、そんな決まり事だのしきたりだのに目くじら立てるやからがいたとしたら。


 俺はこいつを見せて。

 断固戦うがな。


 ……いた和紙の中に散りばめられた色とりどりの押し花。

 一体、どうやって作っているのやら見当もつかねえ手紙は、ばあちゃんからの心づくし。


 そして。

 こいつが届くのを毎年楽しみにして。


 まる一週間くらい踊りっぱなしになる孫の方は。

 お小遣いで買った額に入れて飾るのが恒例になってる。


 そんな手紙には。

 いつも格言じみたものが筆で書かれているんだが。


 凜々花の分かりやすいのと違って。

 俺のに書かれた文章は。

 いつも佶屈聱牙きっくつごうが

 意味不明なんだが……。


「お? 今年は読めるな」


 珍しく簡単な文章に一瞬喜んだものの。


 結局。

 すぐに、眉根寄せることになった。


『恋の指南

 恋とは、追うと離れてうまくゆかんもんじゃ。

 んじゃから好いとうもんの方をじゃ。

 追わせる側に仕向けりゃいいんじゃ』


 なに書いてんだあの人。

 恋だのなんだの言う齢か。


 でも、一理あるな。

 先週の一件からなんとか立ち直って。

 起死回生を考えてた俺の背中にあったけえ追い風。


 ただ、その先が達筆すぎて読みづれえんだけど。

 えっと……。


『んで、肝要なんは具体的にどうすっかじゃ』


「ほうほう、どうすんのさ」


『ばあちゃんは、よう知らんじゃ』


「…………役に立たねえんじゃ」


 俺は、葉書を下駄箱の上に置いて玄関から出て。

 すっかりしょぼくれてるだろう舞浜を迎えに行きながら。


 ばあちゃんの格言を実現するための具体的な方法を。


 自力で考えることになったのじゃ。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 週末。

 金、土、日の間。


 ずっときけ子に謝り続けて。

 ずっときけ子を励まし続けた。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 美人台無しの、くたびれた瞳を。

 一つ前の席に座った背中に向ける。


 そして失恋というか、ケンカというか。

 もやもやと胸に暗雲を浮かべるきけ子は。


 そんな舞浜に気をつかってか。

 つとめていつも通りに振る舞ってはいるんだが。


 ネガティブなオーラってやつはどう押さえつけようにも漏れ出すもんで。


 こうして、いらん言葉をかけられるわけだ。

 

「夏木~。なんか今日~、おかしくねえか~?」


 すげえなあお前は。

 なんでそう、やってほしくねえことばっかりできんだよ。


 お前のせいで、きけ子が頬をひきつらせて。

 むにゃむにゃ、歯切れのわりい返事してやがる。


 面倒なパラガスを排除してえけど。

 この間叱られたばっかだから。

 トイレってわけにゃいかねえし。


 ……よし、こうなったら。


 お前を無様に笑わせて。

 廊下送りにしてやる!


「……おい、パラガス。コンパス貸してやる」

「英語の授業だよ~? そんなのいらねえ…………、いやいや。薬用リップ括りつけてどうすんだよ~」

「こう、顔全体にだな……」

「針、鼻に刺す気かよ~」


 あれ? 鉛筆の代わりに薬用リップをテープで括った自信作。

 凜々花が大笑いしながら針を前歯で噛んで。

 唇を丸くさせて塗り始めたこの作品で笑わねえ?


 ……でも、慌てる必要はなさそうだな。


 隣の席で。

 舞浜がわたわたし始めたから。


 悔しいが、ここはお前に任せよう。

 そして、俺まで爆風に巻き込まれねえように。


 春姫ちゃん戦法。

 口をほげーっと開いて対ショック体勢を整えると。


「な、長野君。コンパス貸してあげる……、ね?」

「だからみんなしてなに~? ……うそ。なにこれすげえかっこい~!」


 いや、舞浜よ。

 既に爆笑しそうなんだが。


 こいつが、ものの三十秒で作り上げたのは。

 コンパス六つで組み上げられた。

 クモ型の多足歩行ロボ。


 四つのコンパスが足になって。

 二つのコンパスで出来た正方形のボディーにテープで括りつけられているんだが。


 そのうち一つの足に。

 むき出しのモーターがくっ付いてる。


「ス、スイッチ入れると、自動で円を書くの……、よ?」

「ほんと~? さっそく、スイッチオ~ン!」


 俺もきけ子も目を丸くさせて見つめる中。

 自動丸書きロボは、ういんういんモーター唸らせて。

 パラガスのノートに、見事な円を。

 くるりくるりと書き続けた。


「ぎゃははははは! 針の方が回ってる~! ノートビリビリに破けた~!」

「し、失敗……」


 あ、あぶねえ……。

 危うく俺も爆笑しそうになっちまったぜ。


 とは言えこれで。

 余計なこと言うパラガスは廊下へ排除された。


 でも、当然根本的な解決じゃねえし。

 なんとかしねえと。


 考える俺の目に映ったもの。

 それは、舞浜ロボが一瞬で粉々にしたパラガスのノートの破片。


「……あ、そうか」


 紙くずから連想された。

 和紙。

 ばあちゃんの手紙。


「なあ、舞浜」


 俺は、ロボの改修作業を始めた舞浜博士に。

 きけ子に気付かれねえよう。

 ひそひそ声で伝えた。


「押してダメならさ。押させればいいんじゃねえか?」

「…………どうやる、の?」


 俺の説明に。

 しばらく頷きを返して聞き入ってた舞浜が。


 話を最後まで聞いてから。

 しばらく首をひねってたかと思うと。



 ……クラスの誰もがすくみ上ったほど。


 とても、舞浜が発したとは思えないような声で叫んだ。



「もう、ウソなんかつきたくない! しかも、お互いの悪口言えなんて、酷い……!」

「いやいや、言いてえことは分かるけど! 台無しじゃねえかばらすんじゃねえよ、何やってんだよ!」

「そんなこと言う保坂君なんて、嫌い……」

「おお、嫌いで結構! ケンカだケンカ!」


 おおよそ授業中に耳にすることなどない。

 売り言葉に買い言葉。


 普段ならすぐに止める先生も。

 最初の舞浜の叫び声に仰天したようで。

 叱ることもできずに固まってやがる。


 そんな中でも、特に目ぇ丸くさせてるのは。

 すぐ目の前でおろおろするきけ子と。

 一番離れた席から立ち上がった甲斐の二人。


 こいつらに、いらねえ不安感じさせることになった俺たちのケンカは。

 意外な形で、俺に一つ目の黒星を付けた。


「ほ、保坂君なんて、こう……、よ」

「いてて! 背中に多足歩行ロボ乗っけんじゃねえ!」


 机に上半身押し付けられて。

 足のうち半分が針状のもん乗っけられて。


「うわ! なんかチクチクする!」

「あ、暴れない方がいい……」


 ひでえ脅迫だが。

 確かに暴れねえほうが良さそうだ。


「お前、こんなことして何が望みだ!」

「……スイッチ……、オン」

「うはははははははははははは!!! くすぐってえ!」

「暴れない方が、いい……、よ?」

「いててて、コンパスの針がささっ……、うははははは! 首の後ろがこしょばゆい!」


 むき出しの首で。

 なんかこそばゆいものがクルクル回ってやがるんだが。


 体を起こそうとすると背中の針が。

 ロボを掴もうと腕を反らせれば肩の針が。


「いてててて! 刺さる! こ、こりゃひでえ拷問うははははは!」

「…………ほさ、いや、舞浜。立ってろ」

「こら舞浜! こいつをどけてく……、うははははは!」


 ちきしょう、覚えてやがれ?

 明日は俺が勝ってやるっての。



「……保坂。うるさい」

「無理だよ静かにするなんうはははは! こしょばゆい!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る