無添加の日
~ 六月十日(水) 無添加の日 ~
※
奥ゆかしい女
昨日は失敗しちまったからな。
今日はうまくやらねえと。
俺の担当は。
甲斐に、きけ子のいいとこプレゼンすること。
そして、きけ子に甲斐のいいとこアピールする担当が。
「なあ、博士。お前は錬金術でもしたいわけ?」
「た、楽しい……、ね、実験……」
化学の先生のお気に入り。
舞浜博士には、様々な権限が与えられている。
つまり。
「お? マッドサイエンティストの舞浜博士がいるのにまだ課題終わらねえのか?」
「課題なら三分で終わってるよ。これは自由演技」
「…………なんか見た事ねえ器材使ってっけど。なにやってんだ?」
「ア、アセチルサリチル酸の合成中……」
「は?」
「気にすんな。考えたら負けだ」
甲斐の班も課題が終わったようで。
俺たちのテーブルに遊びに来たんだが。
多分お目当てであるところのきけ子は。
こいつと入れ替わるみてえなタイミングで席立つと。
他のテーブルに遊びに行っちまった。
「……なあ、保坂」
「なんだよ」
「俺さ、夏木に嫌われてんのかな」
にわかに飛び出した問題発言に。
俺は博士と目を合わせて。
二人でわたわた、脳をフル回転。
でもフル回転させたところで。
恋愛ど素人の俺たちにうまい対処なんか思いつくはずねえし。
ひとまず基本方針通りに。
きけ子のいいとこをアピールすることにした。
「ぎ、逆じゃねえの? お前のこと気になってるから照れて逃げたとか?」
「夏木さん、奥ゆかしいし……、ね?」
「奥ゆかしいだあ?」
「なに言ってんだよお前ら~。夏木のこと言うなら、奥ゆかしいってより湯沸し器のが似合う~」
「お? うまいな長野」
「だろ~?」
しまった、パラガスを排除してから作戦に移ればよかった。
逆効果になっちまったぜ。
しかし、
下手に添加物加えると同じ流れになっちまう。
ここは素材そのものの味で勝負だ!
「ま、まあな。でも湯沸し器みてえなとこが、元気でいいって言うか……」
「あいつ、うるさすぎ~」
「明るいから友達もいっぱいいるし……」
「すんげえ八方美人だよな~」
「いっつも走り回ってて可愛らし……」
「ばったばった暴れるから、たまにパンツ見えるんだよ~」
「ちょっとこっちこいパラガス!」
ああもう面倒だなてめえは!
俺は暴れるパラガスをトイレの個室に叩き込んで。
内側の鍵に荷紐巻き付けて外に思いっきり引っ張って。
「びくともしね~! 開けてくれよ~!」
そして小便器の手すりに紐をぎっちり結んで。
仕上げに、扉に張り紙だ。
『サスペンスホラー映画用音声素材録音中 声をかけないでください』
「助けて~! だ~し~て~!」
さあ邪魔者は排除した。
舞浜の方はどうなった?
慌てて化学室に戻ってみれば。
舞浜が、うまいことフォローしてたみてえで。
きけ子の株がストップ高になってやがった。
「へえ! じゃあ、勉強もできるんだ、夏木!」
「そ、そそ、そう……、なのよ?」
「学年で何位くらいなんだ? まさか一桁?」
「た、多分、そのくらい……、かな?」
「やめねえか。その株価、明日にゃ大暴落するぞ」
なんだそのバブル景気。
「あいつは勉強できねえよ。見りゃ分かんだろ」
「ん? ……ああ、なんだ! 冗談だったのか、分かりにくいぜ舞浜!」
やれやれ。
甲斐が良いやつで助かったな。
で、別に責めてねえから。
そんなにしょげるな、てめえは。
「で、でも……、ね? 奥ゆかしくて、かわいらしいのは、ほんと」
「さっき言ってた消しゴムのことか。でも今どき好きな奴の名前って……」
へえ、きけ子のやつ。
甲斐の名前、消しゴムに書いてるんだ。
なんだ、好きかどうかわからないとか言って。
可愛いことしてんじゃねえの。
そんな思われ人は。
夏木のペンケース。
ちらちら見てっけど。
これ、なかなか良いアピールになったんじゃね?
思わず舞浜と。
視線でハイタッチ。
しかし、消しゴムね。
いいこと思いついたぜ。
甲斐の消しゴムに。
夏木を連想させるような言葉書いとけば。
うまくいけば、何日か後にこれ見つけた時。
意識するきっかけになるんじゃねえか?
舞浜と話し込んでる甲斐の手元から。
ペンケース取って細工して元に戻す。
そんなスニーキングミッション無事に終えて。
ほっと胸撫で下ろしたとこに。
どえらい爆弾投げ込まれた。
「で? さっきの話はどこまでがネタだったんだ? ミスユニバースの候補に選ばれたってのはホントか?」
まあいはまああああ!
いや、でも今は怒ってる場合じゃねえ。
自然な形で目にしたら、恋のきっかけになるかもしれねえと思ってたこのネタ。
今、こいつ使って二人を爆笑させて誤魔化すぜ!
「そうだ。甲斐も好きな子の名前、消しゴムに書いてるんだろ?」
「は? 小学生かよ。もし書いてあったらあの頃に戻ってやるぜ」
「どう戻るってんだよ」
「半袖半ズボン」
「ようし、言いやがったな?」
俺は勝手に甲斐のペンケース取って。
消しゴムを外箱からゆっくり引き抜いていく。
舞浜と甲斐が見つめる白いキャンバスに。
浮かび上がったその文字は。
『な』
『つ』
「おい待て! これ、保坂が書いたんだよな!? それ以上はやめ……」
『めそうせき』
「わはははははは!!! ヒゲ生えてんじゃねえかばかやろう!」
「そんな突っ込み方あるか? そんで、お前はお返し探してねえで笑えっての」
「そういや舞浜が笑ってるとこ見た事ねえな。いつもおもしれえことやるくせに」
「言ってるそばから消しゴム構えてるんじゃねえ」
お前の消しゴム、自分の名前書いてあるだけじゃねえか。
まあ、甲斐は爆笑すると思うけど。
いや? 俺の消しゴムと同じの買い直したのか。
じゃあ何が書いてあるんだ?
いつもの無表情よりは多少真剣な顔で。
舞浜が、消しゴムをゆっくり引き出すと。
中から出てきた文字は。
『修正液め……』
「わはははははははははははは!!! 恨んでんじゃねえ!」
「うはははははははははははは!!!」
これだもんよ。
勝てやしねえ。
「で? 保坂の消しゴムには誰の名前が書いてあるんだ?」
「ねえねえ。もし書いてあったら小学生になってやる」
「わははっ!
「競争率めちゃくちゃ高い子じゃねえかふざけんな」
下らねえ冗談言って豪快に笑いながら。
甲斐が消しゴムをすぽんと引き抜いたんだが。
途端に真っ青な顔して。
俺の手に引き抜いたまんまの消しゴム押しつけてきた。
「わ、悪い……」
「は?」
何の真似だよ。
俺は、当然何も書いてねえはずの消しゴムに目を落とすと。
そこには、くっきりはっきり。
こんな名前が書いてあった。
『舞浜秋乃』
「お前! 俺のと入れ替えやがったな!?」
「だって、私のだと名前書いてあるから……」
「今の聞いてたよな、甲斐! これは舞浜のなんだよ!」
「あ、ああ。そうだよな。自分の消しゴムには名前書くよな」
「目ぇ泳がせてんじゃねえよ全然信じてねえだろ! ほんとにこれは舞浜ので……」
『あー、テステス。授業中だが重要な話なので、全員よく聞くように』
おいおい、校内放送だと!?
今はそれどころじゃねえってのに!
「どうせ俺たちには関係ねえ放送だろ! おい、聞けよ甲斐!」
「分かってる。分かってるから心配すんなって。それより放送聞かねえと」
「全然わかってねえじゃねえか!」
『今しがた、校内暴力が発覚した』
「ほらみろ関係ねえ! いいか? そもそもこいつが消しゴムに……」
『トイレの個室に生徒を閉じ込めた覚えのある者は』
「名前を…………」
『今すぐ職員室まで出頭するように』
「ふんも……………………」
「…………どうした保坂?」
「いや、そうだな。……ちょっと固定資産税納めてくる」
「固定? おい、どこ行く気だよ?」
そして俺は。
個室なんて上から出りゃいいって発想すら浮かばねえヤツのせいで。
「は、半ズボン……、ね? あ、消しゴムに名前書いてあったから?」
「言いてえことはそれだけか」
制服、下をめくり上げて裸足になって。
校舎内すべての男子トイレを掃除する羽目になった。
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