無垢の日
~ 六月九日(火) 無垢の日 ~
※
清らかなピュアピュアっ子
「えっと……、あのね? 保坂君に相談があって……」
「鈍感な俺でも、お前がそう思ってるってことはさすがに分かるっての。相談の内容まではピンと来ねえけどな」
ああ、そうさ。
さすがに分かる。
朝から数えて二十回もそのセリフ聞かされたらな。
「いいかげん本題言いやがれ」
「だ、だって……」
風もない昼休みの屋上は。
じっとり汗ばむ、うっとうしい暑さ。
ここに弁当持って上がってきてから三十分。
十分間隔で四回、聞き飽きたセリフしか口にしねえお嬢様。
俺はメロンパンかじりながら。
コロネ握りしめたまんまのこいつに拘束されたまま。
さすがに、いい加減にしろって言おうとした時に。
ふと気がついた。
これは、あれか?
舞浜のお願いとやらを。
俺が察してやらなきゃならねえのか?
そう考えれば。
ずっとぐずぐずしてるこいつの行動に合点がいく。
なるほど。
それが世界のルール。
男の器量ってことか。
「相談ってことは……、あれか? 夏木に呼び出された件か?」
俺の問いに。
舞浜は、びくうと体を固くさせたことで肯定を表現する。
なるほど、やっぱそうか。
でもここまでは推理ってほどのもんじゃねえ。
こっからが本題だっての。
結局こいつは。
何をお願いしてえんだ?
昨日、こいつはきけ子に呼び出されて。
誰にも知られないように。
こっそり何かをお願いされて。
そんなきけ子の願いを叶えるために。
舞浜が何かを俺に頼もうとしてる。
ふむふむ。
と、なると…………?
あれ?
まさか。
「ま、舞浜。それって、あの、すっごく言いづらい話か?」
「うん。……照れくさい、かも」
おいおい。
「俺がイエスって答えると夏木が喜んで、お前の肩の荷が下りる話?」
「そう、そんな話」
おいおいおい。
「それは、あの。……恋とか愛とかの件?」
「うん。ラブとかライクとかの件、かも」
おいおいおいおい!!!
それってまさか!!!
「ちょっ、ちょっと待て! 俺はあれだ、別にそういうのに矯味がねえ訳じゃねえけどなんて言うかどうしたらいいか分からん! そもそも夏木と似合うか!?」
「お、お似合いだと思うけど……」
「俺と!?」
「甲斐君と」
「うはははははははははははは!!!」
大笑いしながら。
どっと疲れて膝からガックシ。
わざとじゃねえんだよな、今の。
ほんとてめえってやつはよう。
「……え? 保坂君、まさか夏木さんのこと……」
「ああ、ねえねえ。だから安心しろ」
「そっか」
「で? 逆ならともかく、夏木が甲斐と付き合いたいって言ってるのか?」
「つ、付き合いたいとまでは言ってなくて、ね? 嫌われたって、どうしようって毎日悩んでたじゃない? そのうち、なんだか気になるようになったって……」
なるほど。
話の流れは理解できた。
んだが。
「
「わ、私は門どころか、国外……」
「そんな俺達で?」
「ふ、二人をくっつける……」
えっと。
うん。
「むりじゃね?」
「り、両想いだし、ちょっと突っつけば……、ね?」
そううまくいくもんかな?
不安ばかりだ。
結局、具体的には。
お互いがもっと好きになるように。
いいところをプレゼンしようってことに落ち着いた。
でも。
友達のためとはいえ。
なんだか気恥ずかしいことになっちまったぜ。
~´∀`~´∀`~´∀`~
で。
そんなことがあった直後。
五時間目。
体育の時間は、どういうわけか。
男子は野球。
女子は木陰で応援とか。
「おい体育教師」
「青春っぽくていいだろ?」
「どこが?」
俺の突っ込みに。
女子を指さす体育教師。
そんな木陰からは。
バッターボックスに入った甲斐に向けて。
黄色い声援が上がってる。
「青春っぽくていいだろ?」
「…………ただしイケメンに限る」
その他男子一同の主張を代弁しつつ。
四回のマウンドへのんびり登ると。
「遅いぞ武蔵!」
バッターボックスで待ってた甲斐に。
妙なこと言われたんだが。
……とりあえず相手してやるか。
「小次郎敗れたり。なぜバットケースを捨てた」
「わははっ! ケース腰に提げて打席に立てるかよ! さっきのリベンジだぜ、今度こそ打ってやる!」
「おお。じゃあその鼻っ柱、へし折ってやる」
俺は、スポーツならなんでも得意な方だが。
特にピッチングにゃ自信ある。
一打席目同様。
きゃーきゃー声援浴びてる、むかつくてめえを。
無様に三振させてやるぜ!
「げふんげふん!」
そんな話の腰をバッキリ折ったのは。
耳に入ったわざとらしい咳払い。
女子の方から聞こえたそいつは。
「……舞浜監督からのサインだったか」
そんな監督。
甲斐を見つめてボケっとしてるきけ子をくいっくい指差してるけど。
それって。
きけ子に、甲斐のかっこいいとこ見せろってこと?
しょうがねえな、了解。
俺は小さくOKサインで返事して。
「さあ来やがれ!」
鼻息荒くする甲斐に。
極力ふわっと打ちやすそうな玉投げてやると。
「おわっ!?」
一打席目で見た速球が来ると思ってたのか。
タイミング外した甲斐は。
空振りからの一回転。
そのまま尻もちついちまった。
「しまった。かっこいいどころか、この世で二番目に恥ずかしいかっこさせちまった」
「ちきしょう騙された! 意外とせこいやつだな保坂っ!」
「いや、文句ならベンチに言え」
「は?」
俺は舞浜を指差したつもりだったんだが。
そんな背中にそそくさ隠れたきけ子に気付いたんだろうな。
「……ぜってえ打つ!」
スポーツマンなら誰しも持つ超集中。
目の色変えてバット握りなおしてやがる。
おいおい。
どうすっかね、監督。
俺が目を向けると。
舞浜は、わたわたあわてて。
しまいに、グローブで顔隠して逃げやがった。
甲斐の真剣な表情見て。
卑怯な真似することに葛藤してるんだろうな。
決めかねてるならしょうがねえ。
俺の方からサイン出してやるか。
「お? 腕ぐるぐる回しやがって、また引っ掛けか?」
「いや、全力のまっすぐお見舞いしてくれる」
「ばかだな、ストレートって分かってたら誰だって打てるぜ?」
「……バットにかすらせやしねえよ」
意地っ張りの負けず嫌いは互角の勝負。
でも、勝つのは俺だっての。
今まで。
本気の八割も出してねえからな。
剣呑なやり取りに。
ウソみてえに静まったギャラリー。
そこで終業のチャイムが鳴ったんだが。
もちろん、決着を先延ばしにする気はねえ。
手加減無し。
渾身のストレート。
こいつを食らって……。
無様な姿さらしやがれ!
「ふんっ!!!」
「うおっ!?」
……そして、全身全霊をかけた白球は。
俺の宣言を二つ。
現実のものとする。
つまり、バットはボールにかすりもせず。
甲斐に、この世で一番無様なかっこさせることになったってわけだ。
「……わりい」
「ぐおおおおおお…………」
こいつが無様にケツ突き出して。
地面に突っ伏してるのは。
もちろんデッドボールのせい。
監督、この失敗に頭抱えてるだろうな。
そう思いながら。
おそるおそるベンチを窺えば。
いつからだろう。
監督は、グローブで。
きけ子の顔を塞いでた。
「うはははははははははははは!!! ナイスフォロー!」
「笑ってんじゃねえよ保坂……!」
「おっと、そうだったな」
仕方ねえから。
俺は俺なりの方法で。
責任を取ってやった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「……保坂はどうした。早退か?」
「甲斐君の代走として、一塁の上に立ってます」
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