ローションパックの日
~ 六月八日(月) ローションパックの日 ~
※
ヤバいレベルの美人
重要な相談があるからと。
放課後、きけ子が舞浜をどこかに連れてったせいで。
久しぶりに一人きりの帰り道。
のんびり地元駅前で。
探検と買い物を楽しんだ。
デパートの屋上に行って。
妙な着ぐるみに驚いて。
ショッピングセンターうろついて。
紫スーツのおっさんに絡まれて。
ついでに夕食の材料買って。
家にたどり着いてみれば。
「お? 来てたのか、美少女」
「……ごきげんよう、大してパッとしない兄の方」
ダイニングで、凜々花と一緒に勉強してたのは。
舞浜の妹なのに、まるっきり違う見た目。
フランス人のおふくろさんの血を濃く受け継いだ春姫ちゃんは。
金髪碧眼に陶器みてえな白い肌。
誰もが彼女を称するに。
フランス人形以外の言葉を見出せねえ。
「ずいぶん頑張ってんな」
「……私はさほど。頑張っているのは凜々花だからな」
「ありがとね、ハルキー!」
「……気にしない。それより、次の問いに手を付けるといい」
春姫ちゃんに促されるまま。
ペンを走らせる凜々花の姿。
なんというレアな光景。
こいつ、俺が教えても親父が教えても逃げ出すから。
まじめな友達が出来てほんと良かった。
……そうだ。
親父も珍しく出かけてるし。
たまにはいいかな?
「春姫ちゃん、晩飯食ってくか?」
「おお! ナイスナンパだよおにい!」
「ナンパじゃねえ」
「ねえねえハルキー! たべよたべよ?」
強引に誘っちまったけど。
困り顔でもしてるのか?
そう思いながら様子を観察してみたら。
指、もじもじさせて。
妙にきょろきょろして。
いつもの無表情な仮面の下で。
いぬっころが尻尾振って庭駆け回ってるようにしか見えねえっての。
「よっしゃ、うまいもん作ってやるからな。家にメッセ送っとけ」
「……メッセ? ああ、そうだな」
春姫ちゃんが、いつものバスケットからスマホ出してるのを横目にキッチンに入って。
手え洗ってエプロン付けてたら。
「……もしもし、春姫だ。お母様をお願いしたい」
え?
今時ウソだろとも思ったけど。
変なおふくろさんだったもんな、携帯持ってなくても不思議じゃねえ。
買い物袋からネギと玉子出して。
冷蔵庫開けて、週末に作ったチャーシューのタッパー引っ張り出して。
具材を刻んでるうちに。
電話が終わったみてえだ。
「……よし、許可をいただいた。それでは、大した腕も無さそうな兄の方。ご馳走になる」
「いちいち引っ掛かる言い方だが、手ぇ抜くような真似はしねえぜ」
玉子をボールに割ってかき混ぜながら。
甲斐の真似して爽やかに。
ニカッて感じに笑ってやったら。
多分、練習中なんだろうな。
不器用に、ひきつった笑顔を返してくれた。
「凜々花に勉強教えてくれてありがとな。マジ助かる」
「……客人へのもてなしの言葉、有難く受け取っておく。だが、友達だからな。当然だ」
「ハルキーすげえんだよ? 中間、百点のオンパレード!」
おお、そうか。
うすうす感づいてはいたが。
やはり俺と同じチームだったか。
「……実に悔しい。数学の引っ掛け問題と、英文和訳の漢字間違い。あれさえなければパーフェクトだったのだが」
「すげえな」
「……許すまじ。かの敵の名は、『忙しい』」
「ああ、『急』の字で書いちまったのか。分かる分かる」
こだわりの、鉄製中華鍋引っ張り出して。
チンご飯をあっためずに、大き目の皿に出してバラバラにほぐしながら考える。
姉の成績。
話さねえほうがいいよな?
「ねえ、舞浜ちゃんとおにいは成績良いの?」
おっと来やがったか。
「まあ、そこそこだ。平均よりちょっと上」
足して二で割ったらな。
舞浜よ。
今日のとこは一個貸しだかんな?
「じゃあ、凜々花の宿題も簡単だよね? 代わりにやっておくれよおやっさん」
「誰がおやっさんだ。宿題は完成品提出することに意味なんかねえ。何時間机に向かってたか見るもんだっての」
「……いいことを言う。ほら、頑張れ凜々花」
「ちえ~。でも、メシ食ってからね?」
――さて、ここからが勝負。
一瞬たりとも気は抜かねえ。
玉子を鍋に投入して速攻でかき混ぜて。
急いでねぎとチャーシューとコメ入れて。
箸をまわす手を休めずに軽く塩コショウ。
最後にチャーシューの漬け汁をちょっぴり多めに回しかければ。
「ほい完成」
あっつあつを皿によそって。
インスタントのワカメスープと一緒にはいどうぞ。
醤油風味の湯気にあてられて。
慌てて食前のお祈りを済ませた春姫ちゃん。
レンゲを口に運ぶなり。
珍しく漏らした感嘆の声。
「……美味い。ちょっと見直した」
「そうか?」
「……だが、二杯も食べるのはいただけない。腹八分にとどめるのが健康の秘訣」
春姫ちゃんが、俺と凜々花の前に並んだ三皿のチャーハン見ながら言うんだが。
「いや、間違いなく八分だから問題ねえ」
そう返事しながら。
自分の前に一皿。
凜々花の前に二皿置くと。
「おにい、ちっと足りない」
「これしかねえんだから我慢しろ」
「……ウソ、だろ?」
「ウソじゃねえ。八分だ」
いつもの無表情じゃねえ。
分かりやすく、唖然って顔して見つめる春姫ちゃんの前で。
こいつは軽々二皿平らげて。
……俺の皿に残ってた二口分をかっさらっていった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「そうだ! デザートあるよ! 駅前でもらった!」
「まだ食う気か」
食後のお茶でまったり。
春姫ちゃんとおしゃべりしてたら。
凜々花が冷蔵庫から何やら出してきたんだが。
「何貰ったんだっての」
「ローションパックのシート!」
「うはははははははははははは!!! 食えるわけあるかい!」
「……くくっ!」
春姫ちゃん、吹き出しそうになったのを何とかこらえると。
笑顔で大口開けて。
ゆっくり息を吐きだしてる。
自分らしい笑い方。
研究中なのかな。
「ほい、ハルキー!」
「……私もやるのか?」
「付き合ってやれよ、友達だろ?」
「ほい、おにい!」
「俺もか!?」
「……付き合ってやれ。兄だろ?」
いやいや。
しかしだな。
俺があからさまにイヤそうな顔してんのに。
凜々花は勝手に封切って渡してきながら。
「デザートだから!」
「なんだその理屈。そもそもこれ、肌がデザートになってから使うもんじゃねえのか?」
「……ぷっ!」
おお。
ダジャレ系なら吹き出してくれる春姫ちゃん。
姉貴と違って嬉しいぜ。
「お肌がデザート? プリンみたいにプリンってしてるってこと?」
「そうじゃねえよ」
「……やれやれ。では、デザートをいただこうか」
「よっしゃ凜々花も装着! うほうびっちょびっちょ! 超綺麗になりそう!」
結構見た目は可愛い凜々花に。
二人とも必要なさそうなのに。
そこは女子ってことか。
随分楽しそうだ。
……でも。
春姫ちゃんはマスクを顔に当てないで。
凜々花の顔見てきりっと無表情になると。
「……舞浜家の家訓。面白い事されたら倍返し」
そんなこと言いながら。
マスクの、目のとこからちょっぴり指出して。
アゴ部分を引っ張って腹話術。
そんなびっちょびっちょマスクが。
慌てて口走った言葉と言えば。
「チ、チガウヨ? コレハナミダジャナクテ、アセダヨ?」
「うはははははははははははは!!! だとしても濡れすぎだろうが!」
「きゃははははは! これ汗だとしたら気持ち悪っ!!!」
くそう。
さすが舞浜妹。
悔しいから。
こいつで反撃してやる!
「門を開けるもん!」
「ぷぷっ! ……ごほっ! くくっ……、ごほっ!」
「こらおにい! 大人気ねえ!」
いけねえ、わりいことしちまった。
春姫ちゃんは笑顔で許してくれたんだが。
凜々花はぎゃーすか怒りっ放し。
でも、言い訳するのもしゃくだから。
廊下に出て、立ってることにした。
……ちきしょう。
姉の方もこれくらい笑えばいいのに。
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